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ウイルター 英雄列伝 戦場のガーベラと呼ばれた巫女  作者: 響太C.L.
日常鍛錬に隠す殺意篇 下
156/345

155.火種情報

 基礎拳法演習の授業にも、警護の先輩二人がついてきていた。大型の広場を30のブロックに分け、それぞれ心苗(コディセミット)たちがフリーバトルをしている。観覧席は2割ほど埋まっており、担当のロム師範は腕を組んであちこちのバトルに目を光らせていた。

 なかでものぞみには、何度も目を走らせていた。学院全体が警戒を強めていた。


 その時のぞみはステージを離れ、(ラン)やメリルとともに他の心苗のバトルを観戦していた。

 ステージではヌティオスが気を張って、両拳を打ち合わせ、戦闘態勢を取っている。


「かかってこい、ジャッコパート!」


「食らえ!ジャックナイフ!」


 ジャッコパートと呼ばれた男がヌティオスの足を蹴り、上腕で胸元と首を狙う。

 炭色の肌、230センチを超える筋肉マニアの巨体と、これまた巨体のヌティオスがぶつかりあう。


 ヌティオスは蹴り技のダメージを耐え、体の向きを横にそらしてジャックナイフを避けた。そのまま踏みこみ、右肘を突き出す。


「オラ!!」


 反撃技を受けても、彼はしっかりと足を踏んばり、衝撃に耐えた。


「なんの!」


 彼、デュク・ジャッコパートは、A組のなかに五人いるオーガ級心苗の一人だ。タヌーモンス人とハルオーズ人のハーフで、その証拠に普通の人類よりも発達した太い犬歯や大胸筋の濃い毛、斜め30度に生やしたコウモリの耳が見えている。


 デュクは両手を握りあい、槌のように振り下ろしてヘッドアタックをかます。


 ヌティオスはその技が真正面から打ちこまれようとするのを見ながら、興奮した顔つきになった。そして、タイミングを合わせて一歩引き下がる。攻撃を躱すと、ヌティオスはその瞬間を逃さず背中から体当たりした。


 デュクは足を釘のように地面に刺し、骨と筋肉の力で衝撃を受け流した。


 そのまま投げ技を展開しようとするが、ヌティオスの下の二本の腕と取り組みになる。単純な力では互角な二人は、どちらも押されず拮抗していた。


「ハハ、お前は完全復活したな!」


「ああ、リハビリも自主強化鍛錬も受けたざ!今度こそ、ネヨーロヴァを潰すつもりだざ」


「奴にリベンジしたいのか?オレに勝てなきゃ話にならねぇぞ?」


「まだここからだざ!」


 デュクが力を込める。過剰になった力にヌティオスはわずかに背を反らせた。が、『豻刃脚(かんはきゃく)』で左の脛を狙い、デュクは体勢を崩す。そのままヌティオスに両手で掴まれ、投げ倒された。


 ドン!と大きな音が響き、地面が揺れた。


 ヌティオスは上の二本の手を挙げて勝利のポーズを決める。倒れたデュクは悔しげに座った。オーガ級の心苗相手に勝利したヌティオスに、藍が拍手を送る。


「ヌティオスさん!凄いですよ!」


 一緒に戦術実践課題を受けてから、藍はこれまで以上にヌティオスと親しくなった。一方、のぞみはA組の武操服を着たデュクの存在が気になっている。


可児(コール)ちゃん、お相手の方はどなたでしょうか?彼もA組なんですよね?」


「あ、彼はデュク・ジャッコパートさんです。うちのクラスで二番目に大きい方ですよ」


「ううん、特化状態なら三番目だヨン」


 メリルの発言に、藍はしばらく考えてから頷いた。


「たしかに、ネヨーロヴァさんが巨人状態になると、クラスで一番ですね」


「ネヨーロヴァさんというと……前学期にハイニオス学院内で無差別に心苗に暴力を振るったというニュースを見たことがあります……。彼もA組の一員ですか?」


 藍は顔を見上げ、彼にまつわる事件を思い出す。


「そうですね、前学期に二人は大喧嘩をして……」


 恐ろしげな顔をしたのぞみに、藍は目を合わせた。


「暴走したネヨーロヴァさんが、ジャッコパートさんに命の危機を与えるほど怪我をさせました。ネヨーロヴァさんは無断殺生罪の常習犯で、軟禁・禁修の刑罰を受けているんです。……しばらくは、戻ってこないでしょうね」


「そんなことが……」


「ジャッコパートさんが戻ってこられたようなので、また凶暴事件が起こらないといいんですが……」


「でも、ジャッコパートさんは見た目は少し怖いですが、ヌティオスさんと仲が良さそうなので、案外良い人なのではないですか?」


 楽観視するのぞみに対し、藍は首を横に振った。


「うーん、彼もヌティオスさんと同じハルオーズ人とタヌーモンス人のハーフですが、性格は違って、人間に対して非友好的なんです。あまり刺激すると急に襲われるかもしれません」


「非友好的というよりは、人間を警戒してるヨン。種族戦争が終戦になって、一般のハルオーズ人ハーフに対しても対等な人権を持たせる法律ができたけど、長年の間に劣等感を抱いてる人も多いからヨン……。種族の歴史は今でも揉め事を生んでいるんだヨン」


 メリルは切なげに語る。その口調には、決して他人事ではないというニュアンスが含まれていた。

 藍も話を続ける。


「一発目はジャッコパートからだったようですが、それはネヨーロヴァさんが、差別的な言葉で挑発したのが原因のようです」


「きっと不器用で、不安がいっぱいなんでしょうね、ジャッコパートさん……」


 地球(アース)界にいた時も、ハイニオスへ来てからも、異質なものとして扱われることのあるのぞみには少し、デュクの気持ちがわかる気がする。


「のぞみさんも用心した方が良いですよ。仲間だと思っていた心苗同士でも、本性を隠している異端犯罪者(ヘラドロクシー)がいるかもしれません。仇討ちや名人狩りのように、狂った理由で人命を狙う者もかならずいるんです。闇討ちに遭って行方をくらます心苗もいますよ」


「闇討ちですか?」


 五人の命がなくなるという予言を連想させる恐ろしい言葉に、のぞみはゾッとした。


「うちの学生寮でも聞いたヨン。最近、別のカレッジで心苗が次々に行方不明になってるんだヨン。……その心苗たちの共通点は、地球界から来たことだそうだヨン?」


「とはいえ、のぞみさんは今、『尖兵(スカウト)』の先輩たちの警護を受けていますし、心苗の身元安全ルールもきちんと守っているでしょう?であれば、闇討ちされる危険性は低いはずです」


 心苗の身元安全条例にはいくつかのことが書かれている。


 一、闘競(バトル)管理部の認定外の場所で、一人でバトルを受けないこと。

 二、人の少ないエリアに立ち入らないこと。

 三、国や学園、公の組織による認可がされていない闘競イベントに参加しないこと。


 基本的に学園の方針は、心苗の言動に対し最大限の自由を与えている。交友関係に口を出すこともないし、自由闘競(フリーバトル)はどこで行っても問題ない。

 ただ、非公式に誰かと会うことはリスクでもある。それを理由に呼び出し、闇討ちが行われることはよくあった。そういう場所の多くは、治安風紀隊のパトロールの死角になっている。

 条例に従い、非公式の場に出向かないことは、自分のリスクを大幅に抑えることに繋がるのだ。


 条例を破る気もないのぞみだが、気持ちは晴れない。


「それはそうですけれど……」


「のぞみさん、またそんな顔をして……。まさか『尖兵』の先輩に毎日36時間ずっと警護されていても、まだ不安なんですか?」


「いえ……。ただ、闇討ちをしようとする人は、どんな気持ちでするんでしょう?」


 自分を含め、五人もの命が亡くなる。ホプキンスの予言は重くのぞみの心にのしかかっていたが、この場で話すことはしなかった。日常生活を普通に送ることが一番安全。寮長先生とハウスメイトの皆のアドバイスを無駄にしないためにも、人に話すことは避けたい。大きな騒ぎになれば余計な刺激を与え、さらに厳しい状況に自分で自分を追いこむことになる。


「ノゾミちゃん、そんなこと、考えたって無意味だヨン」


「そうですよ。他人の命を取る理由なんて、100人いれば100通りあります。知ったところでロクなことはありません」


「そうなんでしょうか……」


 のぞみはそれきり黙ってしまった。


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