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ウイルター 英雄列伝 戦場のガーベラと呼ばれた巫女  作者: 響太C.L.
日常鍛錬に隠す殺意篇 中
147/345

146.命を守るための罪と罰

「君たち。魔竜ベルティアートを打ち倒したこと、まずは礼を言う。依頼を受けた君たちには、相当の報酬を送りたい。5人全員に、来月50000ポイントが送られることになっている」


 知らぬ間に任務を引き受けていたらしいことに、4人は戸惑いの表情を浮かべる。


「でも、あれは正式な依頼なんでしょうか?」


 藍が細い首を困ったように傾げた。


「そうだよ。口頭で依頼を行い、君たちは引き受けた。その後、こちらで書面データを任務依頼管理機関に送らせてもらっている。急託依頼という、よくあるやり方だ」


 急ぎの事相が起きてしまった場合、正式な書類を作成し、依頼を立案していては間に合わない。そのため、双方が口頭により依頼を成立させていれば、進行中、または完了後に正式な書類を機関に送ることで、正式な依頼として認められる。

 このシステムは、ダイラウヌス機関の上位幹部や、英雄の玉号を持っている者しか使えない、裏技的な方法でもあった。


 高報酬なだけでなく、レアな実績を得られたのは嬉しいことのはずだが、クラークも藍も、難色を示している。不穏な空気の漂う病室では、誰も声を上げることができなかった。


「単刀直入に話す。神崎、お前は宝具密造罪を犯した」


 義毅がそう告げたのと時を同じくして、窓外に光が迸った。厚い雲が圧力に耐えきれず、雷を落としたのだ。

 のぞみは表情をなくし、言葉も持っていなかった。


 機関や生徒会、指導教諭は、ルールを犯した心苗(コディセミット)を取り調べる権限を持つ。義毅は阿吽の面のような表情で取り調べを続ける。


「神崎。ダンジョン攻略中に宝具を創ったのは事実か?」


「……はい。創りました」


「詳しく聞かせろ。ライセンスもないお前が、何故、宝具を創った?」


 のぞみは藍たち3人の方を見る。義毅のことは直視できなかった。それから目線を膝に落とす。体が震えていた。


「私たちは、ダンジョン攻略中、魔竜ベルティアートに遭遇しました。宝具を創ったのは、5人で考えた戦術を行うためです。……もしそうしなければ、私たちだけではなく、ダンジョンにいたほかの心苗の命も危ういと判断して、私が創りました」


 窓外では雷の爪が、二度、三度と繰り返し、雲に走っていた。

 ジェニファーに命じられて創ったと取られないように、のぞみは自分が創ったことを強調した。


「神崎、お前はこの罪を犯したことを後悔しているか?」


 もう一度、仲間の顔を、目を、見る。罪悪感を共感できないヌティオスは、蚊帳の外にいるような表情で、目を泳がせていた。

 のぞみは、はっきりと首を横に振り、義毅とまっすぐに向き合った。


「いえ、皆の命を守るための罪です。罰は受けます。でも、後悔はしていません」


 のぞみの回答を聞き、義毅は口角をぐいっと吊り上げる。ふぅーっと軽く息を吐くと、義毅は中空に向かって話しかけた。


「以上が神崎本人の証言だ」


 義毅の話しかけた先に、星雲のように映像が展開した。ルールを犯した心苗の証言を直接、審判長に聞かせるため、テーラキントをミュートにしていたのだ。映像に映る男は、無愛想な表情で義毅に応じる。


「全ての状況を把握しました。後の判断はMr.トヨトミに任せます」


「了解。では」


 義毅が言うと、映像は気化するように散った。


「先生、私にはどんな判決が下りますか?」


 不安げなのぞみの顔を見て、義毅は口調を和らげた。


「んーまあ、そうだな。これから一ヶ月間、ものを創ることを禁じる」


 思いがけない判決に、のぞみは目を丸くし、戸惑ったように義毅を見た。


「……そんなことで良いのでしょうか?」


「ああ、ルビスちゃんに助けられたな」


「え?」


 意外な言葉に、のぞみはルビスを見た。


「あぁ……。君たちの依頼書を書くときに、対象を確実に倒すための手段は選べないと、条件を明記しておいた。そもそも、この課題ではどんなアイテムやスキルを使ってもいいと言っていたからな。それにしても君たちの戦術は予想外だった。まったく、この師匠にこの弟子ありというところだな」


 ルビスの言葉を聞いて、(ラン)は問いかけた。


「え?トヨトミ先生も何かしでかしたんですか?」


「知らないのか?君たちの担任は、そのほかの12人の英雄たちとともに千年戦争を終わらせたが、その間には酷い手段を何度も選んだ。ルール違反など山ほどの事例がある。だが、それでも種族戦争は終戦を迎え、こうして平和の日々が取り戻された」


「そんな話、初めて聞いたぜ」


 痛いところを突かれた義毅は、軽く話をはぐらかした。


「そんな昔の話、今しなくてもいいだろ。それに、そのうちのいくつかは、ルビスちゃんも加担しただろ?」


「それはそうだが、あれが最適な手段だったとは思わない。今でもね」


 それは、歴史の教科書にはない史実であり、彼らの黒歴史でもあった。

 藍はそれよりも、義毅の判決を酷だと感じていた。


「先生、そんなに長い期間、のぞみさんから操士(ルーラー)の技を禁じるなんて、あんまりじゃないでしょうか?」


可児(コール)ちゃん、大丈夫です。私の犯した罪であれば、最低でも半年は禁じられてしかるべきですから……」


「つまり、斟酌判決だってのか?」


「そうですね。状況によりけりですが、最も重い罪であれば、錬成(フォーイング)系のスキルが一生禁じられることもあります。ですから……それに比べれば一ヶ月なんて、羽のような軽さです」


 ともにダンジョン攻略をしてきたクラークは、拳を空で振り下ろした。


「あんのクソアマ!ルールを知ったうえであんな戦術を練りやがったのか!課題のために罰を受けさせるなんて、卑怯なやり方だぜ!」


 のぞみはクラークをなだめるように首を振る。


「違います。ツィキーさんのせいではありません。たとえ彼女がリーダーで、彼女の戦術に従ったのであっても、宝具を創ることを選んだのは私です。ルールを犯した事実は変わりません」


 唆した者ではなく、実行した者が罪に問われるのがタヌーモンス人の法律だ。もちろん、断ったのに意思や身体を操り、強制的に罪を犯させた場合には、操られた者は無罪である。だが今回の場合は、あくまでのぞみの自由意志に従って宝具を創った。だから、裁かれるべきはのぞみなのだ。


「あの時、もしも私が宝具を創らなければ、ティソンさんの言ったとおり、皆の命はなかったかもしれません。命に比べれば、この程度の罪、私は喜んで受け入れますよ」


 惚れ惚れするようなのぞみの言葉に、クラークはもはや敬意すら感じていた。


「カンザキさん……優しすぎるぜ」


「たしかにあの時は、のぞみさんの盾がなければ私もヌティオスさんも殺されていたかもしれません。……でも先生、誰かに狙われていることが明らかになった今、さらにスキルを制限する罰が課されるなんて、のぞみさんは自分を守ることすらできなくなってしまいませんか?」


「藍、それとこれとは別問題だ。神崎、辛抱してくれ。お前のことは機関が4人体制で安全を保障する」


「わかりました。……ティソンさん、ごめんなさい。新しい武器を創るって約束、一ヶ月待っていただけますでしょうか?」


 のぞみは笑顔を見せたが、操士のスキルが封じられることが寂しい気分だった。もちろん、のぞみ自身が厳しい状況に立たされていることに変わりはないが、クラークとの約束を守れないことに対する申し訳なさもあった。


 沈痛な面持ちののぞみに対し、クラークは目を細め、爽快に言った。


「そんなことは後の話だろ?今はカンザキさん自身の、身の安全を考えようぜ」


「ティソンさん……」


「神崎、腕を出せ」


 義毅(よしき)に言われ、のぞみは右腕を差し出す。義毅はポケットから細い帯を取り出した。白い文様の縫い付けられた帯だ。義毅が自分の水晶札に判決を記入すると、その白い帯は、黒く染まりはじめ、紋様を浮かびあがらせた。強い(グラム)を移した封印の縄ができると、義毅はそれをのぞみの腕に付ける。


「この帯が解けるまでは操士のスキルを封じること、いいな。ま、この機会に闘士(ウォーリア)の修行に集中するのも悪くねぇな」


 のぞみは義毅の指導を大人しく受け入れた。


「分かりました」


「藍、お前ら、あとは頼んだぜ。俺はまだ用事があるから、先に出るぜ」


「はい」


「私もこれで失礼する。では君たち、また次の授業で会おう!武運を祈る!」


 義毅が踵を返し、ルビスもその後に続いて病室を去った。藍、クラーク、ヌティオスは頭を下げ、二人に敬礼した。


 のぞみの病室を出てすぐ、扉の両側には、機関が手配した若い男女二人が見張りをしている。近未来的な廊下は塵一つないほどに清潔だ。義毅が歩くペースに合わせ、ルビスも肩を並べている。医療センターの外苑まで出ると、人通りが少なくなった。


「どうした?ルビスちゃんが俺に付いてくるなんて、珍しいな」


 ルビスは両手を組み、真剣な表情をしている。


「お前、よく落ち着いていられるな。完全に嵌められたじゃないか」


「ルビスちゃんは何か知っているのか?」


 ルビスは、授業中には見せることのない感情的な顔をした。


「授業のプログラム内容を勝手に改ざんされたり、空間の歪みから現れた異形に攫われそうになったり、挙句にはMs.カンザキが罰を受けて操士のスキルを封じられるなんてな。偶然とは言えないほど、相手に都合の良い条件ばかり揃っている。最悪のシナリオ展開だ。……このままじゃ、あの子はきっと、殺される」


 深刻なその表情を見ても、義毅はいつものように涼しく笑うだけだった。


「あぁ……わかってるさ。……それにしても、ルビスちゃんがご立腹のところなんて久しぶりに見たな」


「あの子は神崎天衣(あい)の子だよ。落ち着いてなんていられないだろう?」


 義毅はそばにあった木の幹を、軽く拳で打ち、そのまま体重を加える。そして、俯いた口元に笑みを浮かべていた。それはまるで、挑戦状でも受け取ったときのような、ゾクゾクとする高揚感からくるものだった。


「わからないことがたくさんある。だが、俺の教え子に手を出して、このまま思い通りにはさせないぜ」


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