144.未知からの襲撃
その時だった。
のぞみの背後の壁に、空間の歪み現象が起こった。前回のものよりも激しいその現象は、誰の目にも明らかで、禍々しい赤い光を放つトンネルの向こうから、80センチはあろうかという異形のものが何匹も現れた。それらは蜘蛛のような体に、蛾のような翅を羽ばたかせている。
異形は迷うことなくのぞみを襲った。のぞみは間一髪、糸玉を避ける。垣から離れ、戦いやすい場所へ移動すると、金と銀の刀を創った。
「どういうこと?!」
最初に気付いたのはヌティオスだった。
「お、おいみんな、カンザキが襲われてるぞ!!」
藍は真っ青になり、信じられないというように首を振った。
「……どうして?課題はクリアしたのに。どうしてまた、新たな魔獣が現れるの……?」
ジェニファーが目を細くしてのぞみを襲う魔獣を見た。
「違う。あれはプログラムの魔獣じゃない。誰か、別の気配がある」
「んなことは後だ!とにかく助けねぇと!」
クラークが飛びだし、光弾を投げ出す。
二、三匹の蜘蛛がクラークの攻撃に対し、受け身を取った。
「邪魔だ!どけ!」
クラークは『鎌星拳』の構えを取り、両手の指先に源気の刃を作る。蜘蛛が飛び、糸玉を撃ちこむと、藍がスイたんで斬り払った。
ヌティオスは糸玉を食らったが、そのまま攻め寄り、『吼門頂肘突』で蜘蛛を打ち飛ばす。
ジェニファーは二本の釵を剣に変え、前衛にいたほかの2匹を斬り捌いた。
4人はのぞみを助けようと連携して攻撃したが、新たな蜘蛛が現れ、食いとめられる。
「皆?!」
それでものぞみはしっかりと戦っていた。だが、一匹の蜘蛛を斬ると、そのパターンが読まれたかのように、ほかの蜘蛛たちはのぞみの技を躱した。のぞみは蜘蛛の口から吐き出される糸玉に当たってしまい、ネバネバした糸が動きを封じる。
「きゃあ!何これ?手足の自由が……」
身動きの取れないまま、体にも糸玉を受ける。拘束されたのぞみに、背後から一匹の蜘蛛が飛びついた。
「いや!何のつもりですか?!」
蜘蛛は何とか抵抗しようともがく、のぞみの首筋を噛んだ。
すぐに毒が回り、のぞみは意識を失った。
「のぞみさん!!」
藍が叫んだ時、彼らの間を一人の女性が俊敏に駆け抜けた。その頭には、個性的な帽子が乗っている。
女性は蜘蛛たちのバリケードを強行突破するように、手に持った武器を三度払った。そして、すぐさまのぞみに近寄ると、その背中に付いている3匹の蜘蛛を、それぞれ一撃で倒した。
「この虫どもの使い手、あんたのことは知らないけど、私の目の前で警護対象を奪うなんてことはさせないわよ!今のうちに手を引かないと、痛い目に遭うのはどちらかしら?!」
リュウの周辺を、8匹の蜘蛛が囲んだ。リュウは源気を一気に放ち、衝撃波で蜘蛛の糸玉や動きを食いとめた。その衝撃波は結晶化し、オレンジ色のガラス天幕のように、ドーム状になって、蜘蛛の攻撃を封じている。
「「祝杯を断って罰杯を飲む」という諺を知らないのね。ならば、消えなさい」
リュウ・ゲンペイの武器は、鉄の鞭からガリアンソードに変形した。一枚一枚の刃は、同様に結晶化した源気でできている。リュウは自分を円の中心点として、思い切りソードを振った。
「舞い散れ!『華蛇円璃剣』!」
数十回に渡る連撃のたび、一枚一枚の刃は天に舞う花弁のように走った。華麗な捌きの剣が停止すると、刃は大人しく収まる。その後には、木っ端微塵となって蜘蛛の残骸のみが残っていた。
「あれは!【翼宿・王蛇門】の必殺技の一つ!初めて見ましたが、格好良いですね!」
華麗な剣術で敵を一網打尽にする姿に、藍は身震いするほどの感動を覚えた。
「これが……三年生の実力なんですね……」
リュウの美しさと強さにうっとりとしている藍に、ジェニファーは冷静に応えた。
「忘れたか。彼女は第四ロキニアス・カレッジのミョルニル隊副長だぞ」
蜘蛛の群れが消えると、新たな敵は現れず、空間の歪みも消えた。
「なるほど、用心深いのね。残念だけど、源紋パターンはすでに読み取ったわよ」
地に伏しているのぞみを見て、リュウは深く考える。
「どうしてこんな、アマチュアの後輩が狙われているの?」
通知音が鳴り、リュウはベルトの水晶札を取る。そこにはダイラウヌス機関のエンブレムが投影されていた。