135.五人の思いを一つに
ルビスが去ると、5人は寄り合った。
「魔竜ベルティアートを倒す方法はありますか?」
のぞみの質問に、ジェニファーは浮かない表情をした。
「さっきの戦術で続けてみよう」
しかし、その案を聞くと藍は、「そんな!」と異議を唱えた。
「あんな大きなドラゴン、いくらツィキーさんでも、一人で戦うなんて無茶です!」
「下手に動くよりマシだ。一度ミスれば石化される。万一このステージで石化し、落下したら、体が粉々になるだろうな」
ジェニファーの深刻な言葉に、藍とヌティオスが顔を真っ青に染めた。
「たしかにリスクは高いですね……。それでも、ツィキーさんが優位に立って戦えるよう、私たちは応援しましょう!」
「うむ。Ms.カンザキ、君には盾を創ってもらいたい」
自分にしかできないことでジェニファーに求められたので、のぞみは喜び、真剣に聞いた。
「もちろんです!どんなサイズの盾がいいでしょうか?」
「腕にピッタリと付けられるサイズだな。軽さと耐久性にこだわりたい」
のぞみは物作りに気合いを入れたように訊ねる。
「すぐにできます。ほかに、特別に入れたい性質はありますか?」
「鏡だ。それも普通ではなく、『章紋術』を反射できる鏡を創ってほしい」
のぞみにはジェニファーの要望が理解できる。だからこそ、難しい表情で応えた。
「それは……宝具を創るということですね。学んだことはありますが、ライセンスがありません。私が勝手に創ればルールを犯すことになってしまいます」
ルールに縛られ難渋な顔をするのぞみに、クラークが噛みついた。
「カンザキさん!今さらそんな硬いこと考えてんなよ!魔竜が倒せなきゃ、俺ら全員死んじまうぜ?!」
クラークの言い分もわかる。だが、のぞみはやはり心細かった。
「……わ、わかりました。……でも、宝具を創るためにはいくつかの条件があります」
のぞみはその条件を挙げていく。
「一つ、『章紋術』を反射できる術式を付けること。二つ、宝具の基礎物質に、相当量の血と源気を注入すること。三つ、宝具の性質・効果を上げるために、対価となるモノを注入すること。四つ、宝具の力を解放するための条件を付けること」
そして、条件を全て言い終えると、のぞみは落ちこんだように続けた。
「最後に決定的なことですが、私は『章紋術』に対応できる術式を一つも知りません」
自分の能力を最大限に生かせるこの場面で、不勉強が祟るとはと、のぞみは悔しさと恥ずかしさでいっぱいだった。のぞみはまだ一度も宝具を創ったことがない。
するとジェニファーが、自分のポケット納屋から何かを取り出した。それは、一枚のルーン石だった。透き通る碧色の結晶石のなかに、小さな円形の章紋が輝いている。空気に触れると、石の外側に3つの術式が輪状になって現れた。ジェニファーはその石をのぞみに見せる。
「これがあれば創れるかい?」
「これは、魔導士が術式を長期保存するために錬成した『契紋石』!?……たしかにこれなら宝具の素材になりますが、なぜツィキーさんが……?」
「友人からもらったんだ。『契紋石』は一度しか効果を発揮しない。だから、一度きりの宝具を創るのはどうだ?使ったあとは『章紋術』とともに霧散するから証拠にも残らないだろう」
ルール破りの宝具創りは、のぞみには考えたこともない悪魔の囁きのようで、とても刺激的だった。
「それは、なんちゃって宝具だな」
「一度きりの宝具ということは、対価を抑えることができますね。代わりに血と源気の量を多くしましょう」
のぞみの話を聞いて、藍も身を乗り出した。
「なら、あとは血と源気を注入すればいいのかな?」
「はい。軽さと耐久性にこだわりたいということですから、源気はたくさん必要です。でも……あまり大量の源気を使ってしまうと体力が落ちるリスクもあります」
「俺ら闘士のパーティなら問題ねぇだろ?」
クラークは任せておけとでも言わんばかりに、楽天的に言った。
ヌティオスはもう随分前から、頭が焼けきるように熱く、情報量の多さに翻弄されていた。下の二本の腕を組み、太い首を傾けて、上の右手で頭を掻いている。
「ど、どれくらいの源気がいるんだ?」
のぞみは源気でお盆を作った。高温で熱したガラスのように柔らかい、塑性のあるお盆を4人に見せる。
「みなさんから源気と血を分けてもらえれば、一人ひとりの量は少なく済みます。できれば、体力のある方は少し多めに源気を入れていただけると助かります。血はこのお盆に入れてください」
提案を聞くとすぐ、藍は源で創ったナイフで自分の人差し指に傷をつけた。浮かびあがった血の玉を、反対の指で絞り出す。そして、手に全身の源気を集中させた。
「のぞみさん!私はのぞみさんの創るものを信じます!」
クラークも、鋭い刃物で腕を切った。藍と同じように源気を湧き出させ、熱っぽい口調で言う。
「5人の力を集めるんだな?すげぇぜ」
話に追いつけず、ヌティオスは困惑している。
「オッ、オレはどうしたらっ」
「じっとしていろ」
ジェニファーが釵を取り、スッと一振りした。熊のように大きなヌティオスの右胸からゆっくりと血が流れ落ちる。見事に急所を避けた技だった。
「そのまま手に源気を集めてみろ」
ヌティオスの右胸からはかなりの血が流れていた。だが、猛牛のように逞しいヌティオスは失神することもなく、痛みにすら気付いていないようだった。
「わ、わかったっ!」
ジェニファーも軽い一振りで自分の血を出し、4人分の血と源気が集まる。
「これで創れるかい?」
「はい!条件は満たしています!」
のぞみは深呼吸をして、『契紋石』を盆の中に入れた。石は宙に浮かび、5人の源気に反応すると、氷が溶けていくように中の章紋が解放される。のぞみは粘土でも練るようにお盆を円盤形に変形させると、錬成の唄を唱えた。
「創造神プロメタウスの権威と名にかけて、今、ここに示す。知恵と祝福を込め、神業の逸品が如く施せ!」
「ེཇསཨཧཙསབཝཀ」
のぞみは神の言葉を唱えた。
地球界にもアトランス界にも知られていない、それは古来より操士が口伝のみで伝えてきた、宝具錬成のための呪文だ。
宙空の不思議なエネルギーが円盤に集まり、激しい光を放った。
光が散り、できあがった金属の盾には、神格化した光が、拍動や脈動のようにチカチカと明滅している。ジェニファーの腕にピッタリと嵌まるよう創られた円盾は、綺麗なカーブを描いた表面に八芒星の鏡が付き、そこに章紋が映っている。8の端には円形の、6の角には麻の葉の装飾文様が施された、精緻な出来映えだった。
のぞみの中にはルール違反をしている罪悪感と、宝具を創ることができた達成感とが混在している。複雑な気持ちのまま、落下してくる盾を手に取った。実際手にすると、やってしまったという気持ちから放心状態になり、しばらくはぼうっとした表情で盾を見つめていた。
「おお!できたのか!?」
「神々しい光が輝いてるぜ!これはまさしく宝具だな!」
ヌティオスとクラークが喜びの声を上げている。
鏡には、藍たちの興味津々という表情が映されている。
「のぞみさん、こんな綺麗な宝具を創れるなんて凄いですね!しかも、みんなの源気が付いているなんて……何だか不思議です」
「この盾なら、『石化術』も反射できるんだよな!?」
クラークの言葉を聞くと、藍は盾を珍重がるように見た。
「でも、こんなに完成度の高いものがたった一度きりしか使えないなんて、もったいない気がしますね」
藍の言葉にハッとして、のぞみは気を取り戻す。軽く溜め息をついてみても体は硬く、表情筋の強張った笑顔を見せた。
「あはは……、こんなものを創ったのが先生にバレてしまったら、叱られるだけでは済みませんね……」
「上出来だな。フミンモントルでは『玉苗』と評価されていたと聞いたが、ただの噂話ではないみたいだね?」
セントフェラストでは、教諭からも心苗たちからも、才能に恵まれた心苗と認められた者を『玉苗』と呼ぶ。
珍しくジェニファーに褒められ、のぞみは嬉しくなった。盾を渡し、胸を高鳴らせる。
「ツィキーさん、着けてみてください。オルコン合金の50倍の硬さで創りましたから、一番硬い鱗を持つというドラコンホロンバトラよりも硬いはずです」
ジェニファーは盾を肘に装着すると、軽さと耐久性を試すように何度も素振りをした。そして、盾で柱や地面を叩く。柱は折れ、床はシフォンケーキのように沈み、裂け目や窪みができた。
「翅のように軽いな。だが、耐久性まではわからない。ドラゴンの鱗は建物よりも硬いからな」
ジェニファーはのぞみの創ったこの盾を、完全に信用しているわけでもなかった。
「もっと硬度の高いものがあればいいんですが……」
それを聞くと藍は周囲をきょろきょろと探し、あ!と閃いたようにクラークを見た。
「ティソンさんの偃月刀で試してみませんか?」
「それは妙案だな。この遺跡の柱は通常の5倍密度のコンクリートでできている。だが、現代の技術で作った合金武器で試した方が参考になるだろう」
「待て待て。だからって何で俺の武器なんだよ」
「ティソンさんの武器よりふさわしいものが、ここにはありません」
二人から強引に言われると、クラークも弱った。
「わ、分かったよ」
クラークは偃月刀を振り、穂先でジェニファーの盾を捉える。
三度の刺撃を、ジェニファーはすべて避ける。
「おいおいリーダー!避けちゃ盾の試し打ちにならねぇだろ?」
挑発するようなクラークの声を聞きながらも、ジェニファーは回避の体勢を崩さない。そして、眉根を寄せてクラークを睨んだ。
「どうも君は本気でやっているように見えないんだが?」
「ほ……!言いやがったな!!」
反対に挑発されたクラークは、刀に源気を込めて思い切り薙ぎ払う。ジェニファーはその技を読み切った様子で、盾の面で受けた。
パキン。
鋼鉄の折れる音がした。それは、偃月刀の穂が根元から折れた音だった。
「お、折れたぞ!」
単純に盾の丈夫さを喜ぶヌティオスの声が、クラークに現実を知らせた。
「うわああ!!俺のジャベリンがああああ!!!」
クラークは心を枯らしたように涙目になった。
「大事に……してた、のに……」
藍は慰めるようにクラークの背を叩いた。
「ティソンさん、私の出身地には、古いものが壊れなければ、新しいものは来ないという意味のことわざがあります。きっとこれで運が変わって、新しいものが入ってきますよ?」
「来月のAPポイント……全部使っても……。は、はは、エンターテイメント用の小遣いまで、全部パーだぜ……」
大事なものが壊れかわいそうなクラークにのぞみが言う
落ちこむクラークに、のぞみも慰めの言葉をかける。
「ティソンさん、愛用している武器が壊れてしまった切なさは理解できます。私でよければ、この課題が終わったあとで新しい武器を創りましょうか?」
金の斧、銀の斧の女神に出会った大工のように、クラークはのぞみを拝み見た。
「カンザキさん……それは本当ですか……?」
のぞみは柔らかい笑顔を見合わせて言った。
「でも宝具ではないですよ。それでも構いませんか?」
「もちろん!お願いします!!宝具でなくてもカンザキさんの創ってくれたものなら大切に使います!」
崇拝するようにのぞみを見つめるクラークに、ジェニファーはクールに言い放つ。
「ふん、逸話どおりになりそうで良かったじゃないか。さて、これで盾の耐久性は確実だ。君の犠牲に感謝する」
「クソッ!ボス魔竜の始末はしっかりやれよ!」
「ああ、君は黙って見ていろ」
どうやっても気の合わない二人は睨みあった。だが、そこに激しい化学反応でも起こるかのように、ジェニファーは気を引き立たせられた。