132.石化の暴君
第四ステージを攻略中ののぞみたちは、鎧を着たトカゲ怪人の兵士を倒しているところだった。
先鋒のジェニファーと藍が、各自の武器で現れた兵士を斬り捨てていき、ヌティオスも拳を使って敵を粉砕していく。最後尾のクラークは、偃月刀を返り払いして、後ろから追ってくるトカゲ怪人が撃つ爆発矢を払い落としていった。
のぞみのポジションは、一番敵からの攻撃を受けにくいところだったが、気を引き締め、チームを囲うように守っている盾陣で敵の奇襲を防いでいた。のぞみの盾に食いとめられた敵たちは、クラークの追撃で掃討された。
「おらおら!姫君のお通りだ!邪魔はさせないぜ!」
前を行くのぞみは、クラークの熱情的な発言が恥ずかしかった。
(不本意だけど、こんな熱いティソンさん、初めて見る……)
雑魚相手の雑用に見えるクラークだが、どうやらのぞみに惚れてしまったようで、親衛役を楽しんでいるらしい。
藍はジェニファーに問いかける。
「そういえば、先ほど石板に書かれていた「凶獄の番人」はまだ見えないですね……」
「きっと第四ステージのボスだ」
「しかし、目を合わせずに倒せというのは、ボスには何か厄介な力があるのでしょうか?」
「まだ現れてもいない相手のことを考えるのは無意味だ」
5人はそのまま一分ほど走っていた。そして、一本道の回廊に出口らしき光が見える。進んでいくと、出口の先、一気に視野が広がった。
その先には、巨大な地下洞窟が広がっていた。天井からは数え切れないほどの鍾乳石が垂れており、遙か下に地下水路が見える。
足下には折れた水道橋が見えており、宙に浮いた無数の踏み石が、エスカレーターを逆走するように無数に飛んでくる。踏み石が飛んでいく先には崩れかけた橋が見えており、その橋桁のあたりに大きな裂け目がある。石はその裂け目の中へと消えていく。どこへつながるのかもわからない穴だ。
今度は踏み石の上流を見る。目を細め、遠くを眺めると、ラストステージへと繋がるゲートが見えた。
『章紋術』を活かし、奇妙な空気感を醸成したダンジョンの様子にのぞみは驚いた。
「ここからが第四ステージのラストパートだな」
「アクションスキルの授業にもこのような仕掛けはありますが、スケールが凄いですね」
「踏み石が流れていく穴に落ちるとアウトだ。足を止めないよう注意してくれ」
ジェニファーの忠告を聞きながら、のぞみは時速50キロほどの速さで飛んでくる踏み石を見た。
「ここにボスも現れるんでしょうね。進みながらボスを倒すのは難易度が高そうです」
動き続けなければ踏み石に流される。下の穴まで流されれば、その先がどこと繋がっているのかはわからない。
「Ms.カンザキ、君は盾に乗れば何とかなるだろう?」
「そうですね……。ところでツィキーさん、このステージを熟知されているようですが、以前にも攻略した経験があるんでしょうか?」
のぞみの指摘に藍も追随する。
「そうなんですか?ツィキーさん」
二人の質問に、ジェニファーは浮かない顔をした。
「ああ。メビウス隊は高度な戦力を要求される。そのために所属隊員は時折、強化稽古を行うんだ。このヘルマティヴダンジョンには複数のルートがあり、コントロール核を使ってコンセプトの改造ができる。以前来たときとは地形など若干の変化はあるが、ここはたしか、3つのルートが交差する共通ルートだ」
クラークもジェニファーの話に興味を示した。
「なら、ここのボスもわかってるのか?」
「石板のヒントから考えれば、おそらくは魔眼を持つ魔獣だろうな。だが、魔眼を持つ魔獣はそれなりに数がいる。実際に現れてみなければ、魔獣によって攻略法が異なるだろう。今言えるとすれば、魔眼を持つ者のなかで一番厄介な者は、化石の暴君と呼ばれるベルティアートだということくらいかな」
魔獣についてはのぞみも授業で学んでいる。
「歴史書に記載のある4つの帝国の一つ―ベッゼンルンク帝国の、最後の女帝であるベルティアート・カウロウフェト15世ですね。彼女は英雄のフェリア・ダルク・フェンクスの『章紋術』の呪を受けて魔竜化し、凶暴化。ベルティアートは一晩でベッゼンルンク帝国を自滅させ、最期は英雄・ヘンリオス=ティンネート=ロキンヘルウヌスに始末されました」
帝国を滅ぼすほどの残忍な魔獣が、このダンジョンにいるかもしれない。藍はそれを思うと恐ろしくなった。
「そんな伝説的な魔獣も再現できますか?」
顔を青くしている藍とは異なり、クラークは興奮気味だ。
「それでもダミーなんだろ?先人が倒した魔獣なら、俺だって倒してやるぜ」
「たしか、女帝ベルティアートは『特化章紋術』に長けています。彼女の目を見た者は石になると言われていますよ?」
「石化か。厄介なスキルだな」
普通の闘士には、性質変化の術に耐える術がない。それでもクラークは楽観的だ。
「石化させられる前に倒すまでよ!」
「……そんなに強い魔獣を、日常課題に出現させるでしょうか?」
「可能性論だが、それは最悪のパターンだ。とにかく、向こう側のゲートまで進もう。途中でボスが現れたら、可能な限り少人数で対応。できれば必殺技を使い、短時間で決着をつけたい。Mr.ヌティオス、Ms.ラン、そしてMs.カンザキ。君たちは早めにゲートへ向かってくれ。Mr.ティソンは槍の決め技で私の応援に回れ」
「分かりました」
クラークだけは皮肉な笑いを浮かべた。
「お前、俺の応援が必要なのか?」
ジェニファーは不愉快げな顔をして、クラークに背を向ける。
「できないなら私が一人でやる」
そう言い捨てると、ジェニファーは踏み石の流れを見て、飛び移る。高速で移動するジェニファーの姿はすぐに小さくなった。
「ツィキーさん……」
「あの女、マジで可愛くねぇ」
のぞみはクラークにも悪意があると思った。
「ティソンさん、今の言い方では、ツィキーさんに責任を押しつけるような形になりませんか?」
「けっ、あの女、人をこき使うわりには特攻隊長らしい活躍も見せねぇじゃねえか」
「……でも、ツィキーさんなりに、チームのことを考えていると思います。私たちは、最後までツィキーさんを信じましょう?」
のぞみは自分の想いを込めるようにクラークを見つめた。クラークは少し照れたように目を逸らす。
「……っ、しょうがねぇなぁ!」
「のぞみさん、ティソンさん、私たちも行きましょう!」
藍がほかの3人を促し、動きはじめる。
のぞみたちもそれぞれにとっての最速のペースで跳び進んでいく。全員が飛び石の道を3分の2ほど進んだ時、
「ガーオオーー!!」
と、獣の吠える声が聞こえた。
そして、魔獣が姿を見せる。
神木の根のように太い爪を持つ足が、踏み石を飲みこんでいく穴の裂け目から這い上がった。長い首を伸ばし、禍々しい赤い瞳を光らせる。体躯には玄武岩のごとく硬質な漆黒の鱗を持ち、首から腹にかけてと、尻尾の鱗は溶岩のように赤い。頭には6本の角を王冠のように生やし、背には二重構造の翼を広げている。
飛行機のような巨躯が穴から飛びあがった。目で追うまでもなく、巨獣は踏み石の上空を飛び、5人を追ってくる。
最悪の魔獣が現れ、藍は軽いパニック状態になった。
「そんな!ワイバーン型の魔獣!?まさか、本当にボスは魔竜ベルティアート?!!」
のぞみはペースを上げ、藍とほとんど並行して跳躍する。目を合わせてみるわけにもいかず、ドラゴンの正体は判別できない。
「可児ちゃん!絶対振り向かないで!目線を合わせたらおしまいです!」
「で、でも、敵に背を向けたままでどうやって戦うの?このステージには遮蔽物もないし……どうやったら倒せるの?!」
魔竜は高熱のエネルギー波を吐き出す。
狙われたクラークは、エネルギー波が当たる前に飛んで逃げおおせた。
「くそ……ゲートに辿り着くまで逃走戦を強いられるのか?」
しかし、魔竜は4人を飛び越え、前方に回る。そして、正面からのぞみたちを見た。のぞみはその背中や飛び回る姿に悪夢のような恐ろしさを覚える。
「皆さん、間違いありません。あれは魔竜ベルティアートです……」
「に、逃げろっ!」
ヌティオスはそう叫ぶとベルティアートに背を向け、逆走を始める。踏み石に流されるまま逃げると、ベルティアートの攻撃は回避しやすいようだった。
魔竜の右足の爪に章紋が現れる。爪に『章紋術』を綴っているのだろう。川の水が鋭い爪に集まり、氷の刀刃となった。
ベルティアートはそのままのぞみの方へと飛んでくる。
のぞみは踏み石での移動を諦め、宙を落下する。氷の刃は200メートル先の踏み石を破壊した。
落下しながらのぞみは緊急の盾を創り、踏み石に戻る。
のぞみが狙われている間にほかの4人が魔竜を背後から攻撃した。
少し大きめの光弾に被弾したベルティアートは空中で動きを止める。そして、翅をバタバタさせて、自分を攻撃した相手を探すように俯瞰した。
ゲートの方を向いたベルティアートは、その入り口に辿り着いたジェニファーの涼しい笑みを見る。
「駄竜!君の相手は私だ!」
挑発が効いたのか、ベルティアートは吠える。ジェニファーは魔竜を直視しないようにしながら走り、ベルティアートのエネルギーブレスを跳び避け、さらに右手で光弾を追撃する。
ジェニファーが時間を稼いでいる間にのぞみたちはゲートに近付いた。