130.雷火の牙 ②
立ち上がった藍は宝剣を構え、剣先で魔獣を捉える。源気を七星翠羽に注ぎ込むと、刀に刻まれた紋様に光が走った。宝剣を中心に青い光が強く輝き、闇を吹き払うように空間が照らしだされる。
突然の強い光に、ヘルメトロンは硬直した。藍は一瞬で連撃を繰り出し、6匹の魔獣を斬る。
急な光に驚いたのはチームメンバーたちも同じだった。
「この光はなんだ!?」
ヌティオスは目を痛めている。
クラークも目を細めながら源気を読んだ。
「ランさんの必殺技か?」
のぞみは一旦、光に背を向ける。そして、目が慣れてくると、藍の姿を確認した。
「可児ちゃん!?」
「これからが本番です。スイたん、無礼者を斬り払え、『易経雷火剣』!」
周囲から電気の素でも集めるように、刃が橙色の電光を帯びた。宝剣を翳し、電光石火のごとく走り出す藍は、躍動感のある身振りで斬撃と刺撃を組み合わせ、魔獣を駆逐していく。雷火の牙に噛みつかれ、ヘルメトロンたちは体を焼き尽くしていった。
数秒の間に藍は十数匹のヘルメトロンを倒した。残りの群れのなかにいたヘルメトロンのボスは、戦況が急変したことに気づき、逃げ場を探すような素振りを見せる。
藍は宝剣を左から右へと振り払う。オレンジ色の電光が走ったあとには、動けなくなった魔獣の子分たちがいた。その中へと藍は飛びこんでいく。魔獣と魔獣の間のわずかな隙間を、藍は縫うように走った。
ボスは足掻くように口を開けた。口内に毒の水玉を集めると、背筋を伸ばしてそれを吐き出す。
「させない!」
藍はボスの目前まで跳び寄ると、思い切り口を斬り払った。それから胸元に剣を刺し、ボスを仕留める。
攻撃を受け、ボスは吹っ飛び、岩壁に埋まる。それから光になって辺りに散った。ボスの姿が消えるのと同時に、ゲートが開いた。
藍はボスを倒したその場所をしばらくじっと見ながら、荒い呼吸を整え、源気を弱めた。高温の鉄が冷却されるように、剣の刃に走る光が消えていく。
「やりましたね!可児ちゃん!」
親友の声に、藍は放心状態から解かれる。
「のぞみさん?皆?」
振り向くと、チームメンバーたちが藍を見ていた。
クラークが目を丸くして藍に話しかける。
「さっきの技は何だよ?その武器の効果か?」
意識を取り戻しながら、藍は軽く首を振る。
「はい、力を解放させたスイたんの必殺技です」
のぞみも目を輝かせて藍とスイたんを見ていた。
「可児ちゃん、それは、スイたんに秘められた力なんですか?」
藍は細い首を横に振った。それから藍自身も七星翠羽を見る。試したのは自分だったが、冷静になると不思議に感じられる。
「うーん。さっきのは、ほんの少しです。易経に書かれているんですが、この剣に秘められた力は強大で深く、六十四式の技があるということです。それらの技、一つ一つの真髄を隅々まで会得するには少なくとも十年、いや……二十年はかかりますね」
藍の説明を聞きながら、ヌティオスは上の右手の人差し指で、ポリポリと頭を掻いている。
「オレにはよくわからないぞ?その剣は電気を集められるのか?」
「電気だけではありません。父の教えでは、スイたんはあらゆる自然現象を凝縮した刀ということです。手を翳せば、火・風・水・土などを招き寄せることができます」
「それは魔導士のスキルと似てないか?」
クラークの疑問を聞いて、のぞみがさらに発展させる。
「たしかに、魔導士は『法具』を使って『章紋術』をかけますよね。もしかして、スイたんも法具なんでしょうか?」
「いや待て、無詠唱で術式を綴る効果なんて、普通の『法具』じゃできねぇよ」
一連の会話を聞き、藍よりも先にジェニファーが結論を下す。
「なるほど、それは普通のアイテムというよりは、もはや宝具の類いだな?」
「私の生家では、幼少期からじっくりと時間をかけて魔導士の修業を受けるんです。なので、兄や姉は皆、『法具』を持っていますが、スイたんはまた別なんです。スイたんは、先祖代々が大切に扱ってきたものですが、藍家の者であれば誰でも主になれるというものでもありません」
一族の伝統をすべて凝縮した大器に主と認められることの凄さを、のぞみは誰よりも理解できる。
「ご先祖様の知恵や先人たちの思いを託されるなんて、やっぱり凄いですね!可児ちゃん!」」
「Ms.ラン、素晴らしい実力だ。これまでに鍛錬を怠らず、技量を積んできたからこそ、いざという時に宝具の力を引き出すことができるんだ」
実際、藍はセントフェラストに入学して以降、剣術だけでなく、アクションスキルをはじめ、体力、筋力、源気と、総体的な能力を磨いてきた。七星翠羽は、そんな藍の努力に応えてくれたのだ。そのことは、藍を大きく激励した。
「スイたん……。私、これからもっと頑張らなきゃいけないですね!」
普段の実技授業で見せない技を次々と繰り出す藍に、ヌティオスは期待を寄せ、興奮した。
「こんなチャンスでもないと皆の隠れた実力が見えないからな。中間試験も楽しみだな!」
藍の実力やスイたんとの絆を感慨深く感じる一方で、のぞみは傷だらけの藍を案じた。
「可児ちゃん、ジュースは飲めますか?」
重体というわけではなかったが、藍はのぞみのポーション瓶をありがたく受け取る。
「のぞみさん、ちょうど飲みたいところでした!」
お礼を言うと、中栓のキャップを開けてレイフィントを一口飲む。藍の顔にようやく柔らかさが戻った。
「本当に助かります。ブースタータイプの弱みは、必殺技を使ったあと、一時的に全体的な力が落ちてしまうので、回復にけっこう時間がかかるんですよ」
藍が少しリフレッシュできるまで、のぞみ、クラーク、ヌティオスもしばらく休みを取った。だが、気持ちが焦るジェニファーは、すぐに第四ステージへと顔を向ける。
「君たち、そろそろ行くぞ。さっきの魔獣に小賢しいマネをされて振り回された時間を取り戻さなければ。次のステージは一気に踏破する!」
「っしゃ!ラストステージまで一気に行ってやるぜ!」
士気高く、5人は次のステージへと進んでいった。