129.雷火の牙 ①
朦朧とする意識のなか、藍の思考はスイたんを初めて手にした時まで遡っていた。
それは、藍はまだ13歳で、聖光学園の入学試験を受ける前のことだった。
地球界アジア大陸、湖南州にある衡山の藍家の敷地内で、藍は同い年の従兄弟との手合わせに敗北したところだった。
その後、藍は藍家私有の広場で、剣を片手に演武をしていた。身軽な動きで宝剣を宙に泳がせている。だが、鋭く円滑なはずの剣法は、重く、淀んだように時折、停滞を見せた。
休憩中、藍はカゼボの欄干に寄りかかり、しょんぼりと肩を落として何度も溜め息をついた。その様子を見ていた痩せた男が、髭に触り、藍に近付く。
「可児」
深刻な表情で、藍は男に顔を向けた。
「お父さん、どうしたんですか?」
彼の名は藍灃、藍家に五人いる家長の一人だ。
「ああ、話したいことがある。心を整えたら華灎の窟に来てくれたまえ」
その洞窟は、幼い頃から何度も「決して入ってはいけない」と両親から教えられていた。幼少期、遊びに夢中になったまま洞窟に立ち入ったことがあり、その時もメチャクチャに叱られたことがある。それから藍は、洞窟を遠ざけ、一度も考えることすらしなかった。
そこは、藍家の者にとっては聖地であった。余所者が入ることを固く禁じ、また、血脈の者であっても閉関の修業を受けるのでなければ入ることは許されない。そのため、今になって突然、洞窟へ来なさいと命じられたことに藍は驚いた。
優れた才能を持つ者、または基礎スキルの上達した者でなければ入ることは認められない。わずか13歳の藍は、『章紋術』の才能にも恵まれず、入門レベルの術すらできない。兄弟や同世代の従兄弟と手合わせをしても負けてばかり。こんな出来損ないの自分が、なぜ修業の地に入ることを許されたのか、藍には疑問だった。
緊張と興奮を携え、藍は華灎の窟に入る。窟の最深部には地底湖があり、そこに父がいた。
灃は宝具を持っており、何らかの呪文を唱える。すると、湖に渦が巻き起こり、水が絶壁のように周囲に張りついていく。しばらくすると湖の底が見えた。これは『章紋術』の効力だ。そして、湖の底に一本の道が現れ、その先に石龕が立っているのが見えた。その中では、5本の剣が鎖で封じられている。
「付いて来なさい」
藍は灃の後に付いて石龕の前までやってきた。
「剣の石龕……。まさか、これは先祖代々に受け継がれるという宝具ですか?」
「いかにも。我が藍家は、先祖の代で五つの分家に枝分かれしている。それぞれの分家が授かった宝具がここに揃っているわけだ。可児、あなたは『気合術』の作法を身につけているはずだから、その状態で石龕の封印に向け、己の全てを開示してご覧なさい」
藍は体の力を抜き、源気を引き出した。紫蘭色の光を右の手のひらに集め、そのまま石龕に触れようとしたとき、藍の気配と共鳴したかのように鎖が解け、中から一本の宝剣が眩い光を放ったまま、可児の手に飛びこんできた。その様子はまるで、源気と宝剣に、磁石でもついているかのようだった。
灃は目を軽く閉じ、重い息を吐いた。
急な展開に、藍は実感もないまま宝剣を手にしていた。
「これは?!一体、どういうことですか?」
「可児、よく聞きなさい。君は今、七星翠羽の主として認められた」
「……どうして私が?兄や姉の方が、相応しいのではないでしょうか?」
慌てている藍に、灃は厳かな面持ちで話しはじめた。
「彼らは三人とも、すでに失敗している。もし君も失敗したなら、主と認められる者の現れるまで、先の世代を待つしかなかった」
「でも。『章紋術』の才能もない私が、なぜ?」
急に主と言われても理解できず、藍は動揺している。全身が熱く、宝剣を握る手だけがひんやりと冷たい。
「才能よりも重要なのは心の素質だ。君はたしかに『章紋術』の才能には恵まれなかった。だが、剣術に関してはどうだ?兄や姉より秀でている。君は剣術を稽古するとき、いつも石や樹木がない解放的なところでやっているようだが、あれはどうしてかな?」
「無駄に石や木々を傷つけては、切なくなるからです」
娘の答えを聞くと、厳しい目をしていた灃が、まなじりを弛ませた。
「七星翠羽はあらゆる自然現象を凝縮した器だ。傲慢な者を拒み、自然に畏敬を示し、好ましい心を養う者しか認められることはない。そのことは今、君が証明しただろう?」
「未熟者の私に、こんな大器が使いこなせるでしょうか?」
「心配ない。剣はもはや君の手中にある。堂々と胸を張り、遠慮なく使いなさい。アトランス界へ行ってからも、きっと君の力になるだろう」
低く大きな声の激励は、深く藍の心に響いた。そして輝く宝剣を見て、藍は決心した。
「……いえ。私だけではなく、皆の力になるように使います。その時まで、私はもっと強くならなければなりません」
灃は、藍の純粋な言葉に少し驚きつつも、まだ13歳の娘がそれだけの了見を持っていることが誇らしく、嬉しく感じられた。
七星翠羽との巡り合わせを思い出しながら、藍の意識ははっきりとしてきていた。小さな手を強く握りしめ、細い声で唸る。
「強くなるって誓ったのに……足手まといになって、情けない……」
ぼやけた視界のピントを合わせ、藍は力を振り絞り、四つん這いのままで宝剣のところまで這い進む。無意識のうちに源気を解放していた。
「……こんなところで、負けるもんですか!」
源気に反応するように七星翠羽は妖しく光り、刀の方から藍のところまで飛んできた。
ぴったりと収まる刀の柄を握り、藍は体を翻す。
まずは座位になり、足に絡まった赤い舌を斬る。切り口は鋭く、魔獣の叫びが反響した。
スイたんは、まるで藍の手の一部のように馴染んだ。闇の中、刀は美しい軌跡を描く。