128.コールちゃんのピンチ
ヌティオスは下の両拳を握り、腰に当てて源を集中させている。
その時、あちこちから縄のような舌が撃ち出され、ヌティオスの四本の腕と足に絡みついた。そのまま舌がヌティオスを四方に引っ張る。しかし、ヌティオスは力を込めて暴れ、前方にいたヘルメトロンを手前に引き、強く地面に打ちつけた。
次に、逆方向にいた魔獣の舌の根を、下の二本の手で握りつぶす。
シャー、シャーという悲鳴が、風穴のような迷路に反響した。ヌティオスは腰をねじ回し、その勢いで両側の魔獣を引っ張ると、宙に飛ばす。長い縄の先に取りつけられた錘石がかち合うように、二匹の魔獣がぶつかりあった。
その衝撃で魔獣は気絶し、ヌティオスの足を締めつけていた赤い舌も力を緩めた。
ヌティオスはさらにその二匹を目の前に引き寄せたかと思うと、一瞬で空に打ち上げ、すぐさま自分も跳びあがると、上の二本の腕を使って肘鉄を食らわせた。
瞬く間に四匹の魔獣が小山のように積み重なった。ヌティオスは間を取るように三歩身を引くと、右の手足を前に出す。巨躯から湧き出す源気が、右肘の先に一点集中していく。
解放された足で強く蹴り出すと、全身で突進した。そして、さらに加速するように足を踏ん張ると、源気の集まった右肘を突き出し、魔獣の小山に衝突する。魔獣たちは一瞬で粉砕したのか、衝撃波で粉々に吹き飛んでいった。
魔獣の消滅した地面を見ると、扇状に窪みが出現していた。肘の先端を頂点にして、源気と突進力を使い、巨躯全体を砲弾のように撃ち出したからだ。
窪みを踏みしめ、ヌティオスは自画自賛した。
「『頂心豻破拳』。初めて実戦で必殺技を使ったが、練習の時よりもすっきりしたぞ!」
金毬をうまく作れず緊急回避したのぞみも、ヌティオスの必殺技の衝撃波を受け、金の盾を二枚破られた。のぞみは衝撃波の方向を振り向き、気を引き締めながら源気の気配を読む。
「……さっきの技、ヌティオスさんの気配がついてる。瘴気のような闇の空間では、魔獣だけではなく、仲間の姿も見えないんですね。味方の技にも気をつけないと……」
お化けを祓う仕事を思い出しながら、のぞみはすぐに気を落ち着かせ、目を閉じる。
「目で見ちゃいけない。敵だけじゃなくて、皆の気配も心で感じるようにしないと……」
その時、ヘルメトロンの舌が頭上から撃ち出されるのがわかった。
盾で弾くことはできなかったが、のぞみは金と銀の刀を翳す。左の刀で舌を受け止め、右の刀で斬り払った。
爪で襲いかかる魔獣に向かって、のぞみは跳び寄る。右手に持った金の刀で斬り払い、銀の刀との合わせ技で6連撃を食らわせ、敵を確実に斬った。
気を張ったまま、のぞみは左から襲いくる新たなヘルメトロンに振り向く。爪が接触する寸前、金と銀の刀を同時に振った。魔獣は飛びかかってきたときの姿のまま散った。
(……倒せない相手ではないけど、早くボス魔獣を倒さないと、いつまでも終わらない……)
ヘルメトロンの発生する仕組みはわかっていたが、果たしてどれがボスなのか見抜けない。どの魔獣も、気配の強度が同じなのだ。
一方、ジェニファーにも背後から魔獣が襲いかかっていた。ジェニファーは上半身をわずかに前屈させ、背を丸くすることで軽やかに躱し、同時に左手の釵の石突きで魔獣の腹を打つ。すぐさま振り向くと、右手の釵で突き刺し、刃の形にした源気を使って魔獣の腹を両断した。
ジェニファーは2本の釵を駆使し、攻守無敵の領域を作っていた。その空間に入った魔獣は例外なくすべて倒す。まだ余裕を保っているジェニファーは、空間内の魔獣の動きから、ヘルメトロンのボスを見抜いた。
ターゲットに向かい、ジェニファーは跳んだ。右手の釵の刃をランスのように伸ばし、ターゲットに到着するまでのルートにいる魔獣を串刺しにしていく。しかし、ボスを守るように数十匹の魔獣が集まり、肉の壁となって進路を阻んだ。
攻撃力とスピードを抑えられながらも突き進んだが、ジェニファーが目的地に辿り着いた時にはもう、ボス魔獣は姿をくらましていた。
「くっ、子分がボスを庇ってダメージを受けるとは、惨めな生物本能だな」
闇の中、ジェニファーはもう一度、ボス魔獣の居場所を探り直さなければならない。
持久力を削られる戦闘ではあったが、ヌティオスもクラークも、魔獣の群れを次々に掃討していく。
だが、あるとき彼らは気付いた。ヘルメトロンが自分たちを襲うのをやめたのだ。ヌティオスのパンチが外れ、近くにいた2、3匹の魔獣もじりじりと退いていく。
「どうした、終わりか?」
クラークはどんどん源気を上昇させており、全身が光っていた。源気を注いだ偃月刀を、何度も大きく振り回している。やはり、ヘルメトロンの群れは怯えるように身を引いた。強力な武器を手に大暴れしているクラークは、魔獣の行動を皮肉るように笑った。
「お~っと?逃げやがるのか?まさか、俺の強さに怯えたか!?」
のぞみもジェニファーも襲われることはない。1秒、1秒と時間ばかり流れていき、しばらくすると、戦闘で熱くなっていた体もクールダウンした。
だが、ボスを倒さないかぎり、ゲートは開かない。魔獣との戦闘が引き伸ばされるほど、無駄な時間が過ぎていく。気を荒げたジェニファーは我慢ならず、自ら魔獣の群れに飛びこんだ。散開した群れの中の2匹を掴み、連続の刺撃で木っ端微塵に引き裂いた。
「くっ、違ったか……」
下手にクールダウンの時間を取ったせいで、ジェニファーの頭に中には成績のことが浮かんだ。焦ったジェニファーは冷静さを欠き、さっきまではできていたボスを見抜く力も鈍くなっていた。
魔獣の作戦変更を不気味に感じながら、のぞみは金銀の刀を構えつつ、戦況を俯瞰して考えていた。
「これだけ待ってもまだ襲ってこない。一体どういうつもり……。っ!まさか、一人ずつ集中的に攻撃する気?」
のぞみがそう呟いた時、つんざくような悲鳴が響いた。
「ぎゃあああああーー!!!!」
「可児ちゃん!?」
のぞみは魔獣の作戦に気付くのが遅れたことを感じながら、慌てて声のした方向を探る。
闇の中、藍は一人、多勢に無勢の魔獣によって襲撃を受けていた。
最初の急襲により、藍は投げ飛ばされ壁に衝突した。初撃で気を乱した藍の攻撃は外れるばかりで、気力も下がる。
魔獣たちはそんな藍を一点集中で攻撃することに作戦変更したのだった。
藍は闇の中で心を乱しており、集中力も長くはもたない。どちらかを向くと、その背後にいたヘルメトロンに激突される。そのダメージに耐えながら何とか体勢を整えても、また別の方向を向くと、また後方から別の魔獣に爪で襲われる。何度か攻撃を受けているうちに藍の防御は完全に崩れた。源気を湧かし、生身で受け止めることしかできなくなっていたところ、源で創った右手の剣さえも、執拗な襲撃の間にどこかへ消えてしまった。
「きゃあ!」
(痛い……。何とかしないと、やられる……)
藍は源気を上昇させ、体外に発散しないようにした。『綱体術』と呼ばれるこのスキルは、肉体の強化を目的としている。初等レベルのスキルであれば、生身で受けてもダメージや痛みを軽減させることができた。強靱な肉体は、肉弾戦では敵を弾き返し、実体のある武器なども、丈夫でないものは破壊した。さらに、スキルの上級者であれば、防御技をしっかりと繰り出すだけで敵の物理攻撃を無効化し、格闘技などは反作用で吹き飛ばすこともできる。
『綱体術』を使い強化された藍の体に、魔獣の爪攻撃は封じられ、攻撃したはずの爪は逆に折れた。ヘルメトロンの捨て身の衝突も効果がなく、藍は体勢を整えながら、大切に帯に差していた宝剣を鞘から抜きだした。
だがその時、藍の両足に魔獣の舌が絡まった。背後から引っ張られ、藍は顔から地面に倒れる。キャキーンッと耳障りな音を立て、七星翠羽も地に転がった。
魔獣はシャーシャーシャーと何度も叫びを上げながら、カエルのようにぴょんぴょん飛び回り、まるで藍を嘲るような振る舞いをしている。
砂を噛み、泥と血にまみれた顔を上げながら、藍は四つん這いになって1メートル先に落ちている七星翠羽を見た。油断をし、魔獣に弄ばれる自分が情けなく、腹立たしい気持ちだった。怒りをはらんだ涙が目に浮かぶ。宝剣を見る視界は少しぼやけていた。
「何で私は、こんなに慌てん坊なの……?ねえ、お父さん……」