127.闇の迷路
サードステージ《闇の迷路》をすでに半分以上、踏破したのぞみたちは、迷路状になったダンジョン内を進んでいた。大きな風穴のような道の両側には、ところどころに岩と一体化した牢屋が見えている。
5人は周囲5メートルを光の結界に包まれながら進んでいる。結界の外の空間はすべて、闇に染まっていた。クラークは歩きながら、頭上を飛んでいる光源を見上げた。
「いや~、カンザキさんと同じチームでラッキーだったぜ。その金色の鳥がなかったら、暗闇だったんだよな。これなら一瞬でクリアできそうだな」
《罠の間》での一件から、クラークはのぞみのファンになったように、ことあるごとにのぞみを褒めた。
「いえいえ、あまり油断しすぎると危険かもしれませんよ?」
のぞみは苦笑いして応じている。
トラップがあるたびに、チームは速度を落とし、応戦した。だが、現れる魔獣は低レベルのものが多い。退屈していた藍が金色の鳥の話題を膨らませた。
「八咫烏と呼ばれるものですよね。のぞみさん、これって実在する生き物なんですか?」
「アマテラス様の使い手です。私は実際に見たことはないですが、三本の脚を持ち、全身に漆黒の羽を生やし、空を遮るほど大きな烏だと母から聞いています」
「この可愛らしい鳥さんからは、なかなか想像できないですね」
「この子は八咫烏をヒントに、金属と照明の性質、そして道案内の役割を与えました」
ヌティオスも、興味津々で烏を見ている。
「オッ、オレにはわからないけどよぅ、操士は思いさえあれば何でも創れるのか?」
のぞみは首を軽く横に振る。
「そんなことありませんよ。発想力と知識だけでは駄目なんです。たとえば、性質を入れすぎると矛盾造物となってしまいますし、目的やコンセプトを整えておかなければ失敗します。それに、悪い組み合わせや、リスクの高い性質を加えてしまうと『魔具』になる恐れもありますから、実績の少ない操士が手当たり次第に創作するのは控えるべきです。無責任な創造は罪に問われることもあるんですよ?」
効果や性能によるメリットよりも、遙かに大きなリスクを伴うのが『魔具』だ。使用に大きな対価が必要になったり、悪用されたりと、危険性のあるものが多い。それらの危険物はタブー視され、封印管理されるか、即時処分が科される。
未知の領域に触れたように、藍は感心した。
「へぇ~。操士も大変ですね?」
「君たち、雑談はそこまでだ。次の分岐点に差しかかった」
五叉に分岐した地点へと到達し、八咫烏が滞空しはじめる。翼をパタパタさせながら、小さな首と嘴を動かし、道の探索をしているようだ。4秒ほどが過ぎ、八咫烏は細い鳴き声をあげると、右から二番目の道を進んでいった。
「今度はこちらですね」
5人は八咫烏の後に続いた。ジェニファーの素っ気ない顔を覗きこみ、藍が訊ねる。
「ツィキーさん、道が違いますか?」
「違わない」
「でも、さっきからずっと不機嫌そうに見えますよ?」
ジェニファーはまっすぐに前を向いたまま、ぶすっとしている。
「気を緩めるな、Ms.ラン。Ms.カンザキが襲われれば光を失う。そうなれば、一気に魔獣に襲われるかもしれない」
クラークは偃月刀を手にしながら歩いている。
「カンザキさん。道の探索のためには、どんな性質を入れるんだ?」
「この先のステージには地下水路がありますよね?この子の芯部には、その水流へと流れる空気のある場所へ連れて行ってと伝えてあります」
「それって無機系操士のスキルだよな?」
火打ち石が火花を散らすように、のぞみは反応した。
「ええ。よくご存じですね、ティソンさん」
「いやいや、ただ、金属の外見から推測しただけだぜ」
「そうなんですね」
気まぐれの推測が当たったのだとしたら凄いと、のぞみは内心驚いた。
先に進むと、来た道は真っ暗になる。
5人が歩みを進めるなか、5つの分岐のうち、のぞみたちが選んだ道の、隣の道から、個性的な帽子を被った人影が現れた。その人物は、のぞみたちの後ろに立ち、八咫烏のわずかな光を見ている。
のぞみたち5人は、八咫烏の導きに従い、クルドサックやトラップを見事に回避しながらダンジョンを進む。
間もなく、フォアステージに繋がるゲートが見えた。
藍は気を緩めて嬉しげな声を上げる。
「これでサードステージはクリアですね」
と、そう言った途端。八咫烏が後方から未知の何かに奇襲を受け、串刺しとなった。一瞬で辺りは闇に包まれる。
「光が消えたぞ!?」
ヌティオスの声に被せるように、ジェニファーも甲高く叫んだ。
「奇襲だ!討つぞ!」
クラークも、興奮した顔をしている。
「何だか知らねぇが、俺が倒すぜ!!」
少し先すら見えない闇の中に、5人の体から湧いている源気だけが光を放なる。夜道でケミカルライトを持っているみたいに、体と顔の一部が闇に浮かんで見えた。チームメイト同士の居場所の確認にもなるが、それは深海魚が餌を見つけるみたいなもので、敵に自分たちの存在を知らせてしまうことにもなる。
未知の何かは次々に、目に見えぬほどの速さで5人を襲ってくる。生身で衝突してくる何かから距離を取るため、5人は分散させられた。
気が乱れた藍が、無防備になった瞬間に襲われる。
「ぎゃあ!!!」
体制が崩れた一瞬、何かに掴まれ、投げ飛ばされ、壁に衝突した。
「くぅ!!」
相手の正体がわからないため、ジェニファーはわずかな源気の流れや殺気の気配を先読みし、釵で攻撃を払う。
ヌティオスも襲われたが、その巨躯の安定感は高く、軸がぶれることはなかった。右拳に源を集め、地面を強く打つ。その衝撃で床は砕け、周辺に石が飛び散る。
「どうだ!次は外さねぇぞ!」
獣のような叫びと反撃が効いたのか、敵はヌティオスを避けるようになった。
警戒していたクラークは、偃月刀の柄に赤い糸のようなものが絡まったことに気がついた。
「ふん!」
武器を取らせまいと、クラークは反対側へ飛び出し、踏ん張って跳びあがる。そのままバク転し、敵を自分の方へ引っ張り寄せようとした。相手は危険を察したのか、糸が解ける。
クラークが偃月刀を宙で振り回す。先端の穂を下向きにし、気配を感じたところへ向けて突き下ろす。だが、当たった感触はなかった。
「クソッ、逃げ足の速えー奴だな!」
のぞみは金の盾を5枚創り、自衛させるようにゆっくりと周回させた。盾は敵の攻撃を弾いてくれる。
盾と敵が衝突した瞬間、のぞみはその正体を見た。
全身は黒く、ぬめりのあるツブツブの皮ふ。その頭のてっぺんには大きな目を一つだけ持っている。彼らに立ちはだかっていたのは、二足で立つカメレオンのような魔獣だった。
「これは、ヘルメトロンです!」
「なるほど、この《闇の迷路》に相応しい魔獣だな!」
のぞみは何度か、金毬を創ろうと試みていた。だが、ヘルメトロンは光に敏感なのか、創るそばから、槍のように細長い舌で突かれ、破られてしまう。
攻撃を邪魔されながらも、のぞみは全員に聞こえるように叫んだ。
「しかも数匹います!」
「オーケー!正体さえわかれば倒すのはイージーだぜ!」
クラークは偃月刀をぶんぶん回してヘルメトロンの攻撃を振り払う。相手の攻撃パターンが見えてくると、今度は両手で大きく振り払い、まず一体の魔獣を斬り捨てた。そして、残心の構えを取り、次の敵の動きを探るように目線を泳がせた。
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次回、無双状態のランがスイたんと舞う。
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