126.帰って来た心苗たち
のぞみたちと同じ、第二班のチームがダンジョンを出発してから12分が過ぎた。
第一班のチームが続々と課題の最終地点に辿り着き、戻ってくる。綾も、チームメイトのライ、フォラン、悠之助の三人とともに転送ゲートから現れた。
続く第三班のチームがほとんど準備室へ移動し、閑散としたダンジョンの入り口に綾たちが戻ってくる。すでにクリアしていた修二が、泥まみれの服のまま、白い歯を見せて笑った。
「お~い、待ってたぜ~!お前ら、思ったより時間がかかったんだな?」
「サードステージで行方不明になったパレシカを探すのに、時間がかかってしもたんや」
綾の話を聞きながら、修二はニッコリ笑う。
「今回は俺様の勝ちだな」
しかし綾は、修二の周りにチームメイトがいないことを確認すると、両手を組み、涼しげに笑った。
「どやろな?チーム行動も課題のうちや。こっちは4人生存してのクリアやけど、あんたのチームは?まさかやけど、あんた一人か?」
「俺様のチームは3人でクリアしたぜ!な?モリジマ、モクトツ?」
自信満々で振り返った修二だが、そこには誰もいない。
「あれ~?さっきまでいたんだけどなあ?」
そう言いながら、あっちこっち振り向き、キョロキョロとチームメイトを探している。
普通のチームであれば、ダンジョン攻略を経て信頼関係が築かれる。にもかかわらず、課題終了直後に解散したとは、どんなチームだったのか、綾は違和感を抱いた。
「あんたのチームのリーダーは誰や?」
修二は頭を掻いた。
「リーダー?そんなものはないぜ!各々が自分のスキルを存分に繰り出すっていうのが、俺様のチームの、最大の策だぜ!」
予想通りの返事に綾は溜め息をつく。
「はっ、やっぱりそうか」
ともに話を聞いていた綾のチームメイトたちが、つまらないジョークでも聞かされたように呆れた顔をしている。
「今回はうちの勝ちやな」
綾はバッサリと言い放ったが、修二はまだ自分たちの落ち度に気付いていない。
「俺様のチームは最速でクリアしたんだぜ?」
「最速かもしれへんけど、課題の内容を考えたら話にならんな」
「何でだよ~?」
「この課題はあくまで、戦術実行論やからな。スピードより、チームの生存率と計画性が評価される。あんたのチームの策は、無策ですって言うてるようなもんや」
綾の説明を聞いても、修二の頭には入らない。考えるよりも先に体が動いてしまう修二にとって、戦術を練り、そのとおりに攻略するというのは、魚が木を這い上がるように難しい。
「こっちのチームは最初っからメンバーの考え方が合わなくて、まとめ役になってくれる奴がいなかったからな~。下手に策を練るより、実戦でそれぞれが自分の得意分野を活かす方がいいじゃんかよ~!」
修二としては精一杯の苦肉の策を聞いて、ライが薄笑いを浮かべる。
「なるほど。個性豊かな心苗に細かい約束をしても無駄だね。あえて縛らない方が、それぞれが最大の力を出せるかもしれない……」
修二は、自分の意見に同調してくれるライに強く頷いた。
「よくわかったな、ライ!俺様たちみたいなパーティーなら、頭で考えるより行動で示した方がいいんだぜ!」
だが、ライの評価には続きがあった。途中で言葉を切られてしまったライは、一秒ほど止まってから、続きを述べる。
「しかし、半人前のスキルしかないパーティーでは、アタッカーとサポーターの境界線が曖昧になり、タイミングが外れはじめるとバランスが崩れる。最悪の場合には仲間を庇うどころか、技が衝突しあい、敵を攻撃したつもりが味方まで巻き添えを食らうなんてことにもなりかねない。そう考えると、リスクが高すぎる策だね」
「そんな不利な状況なのに、最速でクリアしたってところは凄いッスね」
ライは「ふっ」とニヒルな笑いを漏らす。
「さすが、純然たる戦士もどき」
さりげないライの皮肉には気付かず、修二は満足げだ。
「ま、寄せ集めのパーティーにしては結果オーライだぜ」
綾たちの次に転送ゲートから現れたのは、ティフニー、ルル、そしてE組の男子心苗3名からなるパーティーだ。このチームは5人全員が生存のうえ、クリアしている。
5人はまるで遊園地のアトラクションが終わり、出口から出てきたような満面の笑みをこぼしている。しばらく楽しげに会話をすると、E組の3人は親しそうに手を振りながら去っていった。
「ただいま戻りました」
ルルとティフニーが、綾たちの会話に加わる。
「おかえり。あんたらのチームは全員生存したんか?」
ティフニーは淑やかな笑みを浮かべて綾に応える。
「ええ。少し頭脳の必要なダンジョンでしたが、実技授業で培ったスキルがあれば難なくクリアできますね」
「ヒュ~!さっすがハヴィーッス。同じチームになれたら安心ッスね~」
「パーティーの皆で応援しあえたおかげだよ」
ルルはE組の心苗たちが戦闘中に見せた対応を思い出す。パーティーとしては頼りになる一方で、ライバルとしては危機感を覚える心苗たちだった。
過剰評価とも取れるルルの言葉に、修二が疑問を呈した。
「あの3人、E組の中でも対して評価の高くない心苗だよな?」
「いや、成績評価は下位でも、侮れない奴らだったよ。普段の授業では見せないような技も繰り出してたからね」
それを聞いて綾も頷いた。
「ルールに制限されると発揮できへん能力があるんやな」
「そうだね。成績評価や順位は、野心のない実力者には通用しない。彼らみたいな心苗がいるなら、いずれクラスの評価順位で、E組はD組を超えてくるよ」
学園では絶対評価である個人の実績が重視されるが、一方で、クラスや門派、結社といった組織内での順位もある。挑戦闘競、宣言闘競や恒例闘競、また、公式に認められたバトルなど、心苗たちは月間のバトルの勝敗数を基準に、クラス順位を決められている。
ハイニオス学院では、全クラスの成績が平均的になるようにクラス分けされるため、ひとつのクラスに優秀な心苗が集められているわけではない。その後、心苗たちが修業を受け、スキル研鑽を積むことで、クラスそのものの評価は変わっていく。前学期終了時のA組の順位は、アテンネス・カレッジの7クラスの中では3位。ハイニオス学院全体の9つのカレッジの121クラスの中では45位だった。
ルルの話を聞いても、ライは涼しい顔をしている。
「ふぅん、来月の中間テストの結果が楽しみだね」
「うちのクラスも怠けてれば、ほかのクラスに追い抜かれるで」
綾の指摘に、ルルは真剣に答える。
「そのとおりだね。今までA組は、バトル本数も勝率も、上位者に頼りすぎてる。皆がもっと積極的に闘競するべきだよね」
「どうだろう?闘競本数を上げるのは厳しいよ。未熟者を無理やり戦闘に駆り出しても、黒星を増やすだけ。下手なことをすればかえってランクを下げるかもしれないよねぇ」
達観した表情のライを、ルルは不愉快げに見た。
「まるで自分とは無関係みたいに言ってるけど、あんたこそ実力があるんだから、もっとクラスに貢献してよ」
「さぁ。私はクラスの問題解決が先決と思うがね。例えば、担任教諭が放任型で、自由な個人主義の方針を進めている以上、君のようにクラス全体の評価順位のために闘競参加を強制するというのは如何なものかね」
義毅の方針を盾に取る言い分に、綾は溜め息をついた。
「あのダメ教師には期待できんけどな。うちら自身が何とかせんと、クラスの評価順位は下がる一方やろな」
「課題はそれだけじゃない。クラスの一部の者が下位の者に対して威張り散らすことも問題だね。ほかにもいくつかの問題を抜本的に解決できなければ、どんな手も無意味に帰するだろう」
「ライはもっと闘競回数増やしたってええんやない?そんだけの腕があれば、A組の勝ち数はかなり稼げるやろ」
ライは少し首を横に振った。そして、穏やかに言葉を紡ぐ。
「ふふ、焦ってはいけない。私は勝てる闘競しか受けない主義でね。一本一本の闘競に対して、情報収集を入念に行っている。勝機があるものは必ず掴んでいるさ」
「皆さん、クラスの評価順位も大切ですが、クラスが仲良くいることも忘れてはいけませんよ」
ティフニーの発言を受けて、悠之助が気楽に言う。
「そッスね、ボクはハヴィーさんの意見に同意ッス。でも、そういうハヴィーさんは他クラスとの挑戦闘競でも全勝してますよね?ミーラティス人って、どんな戦術訓練を受けてるんスか?」
「先祖代々から積み重ねられた知恵と経験を、私たち若者は直接、意識として授かります」
悠之助は、のほほんと笑った。
「ってことは本人の努力なしに、全ての知識とスキルを習得できるってことッスか?羨ましすぎるッス」
「いえ、それだけでは足りませんよ。知恵や経験を取り入れても、私という個体が独自の体験をし、さらに実践していかなければ、個人的にも一族全体としても進歩できませんから」
「それにしても、いつでも最高のコンディションで戦っているように見えるが、何か奇術でも身につけているのかい?」
「激しい感情や欲を捨て置き、つねに「琉璃に芯」を保つことです。そうすれば、どんな者を相手にしても恐れず戦うことができます」
悠之助はどれだけ説明されてもピンと来ないようだ。
「難しいッスね……」
「地球界にはたしか、平常心という言葉がありますね?それに似ていますが、それ以上に自分の感情を無にし、相手の思いをトレースすることに意識を向けます。そうすることで、自らの持つ力をもっと引き出すことができます」
ティフニーの言うことは理解できても、戦闘時は感情の高騰が原動力になる。かえって力が制御されるのでは、と思いつつ、綾は価値観の差を認めようと努力した。
「実績を見れば、何も言えんな。ハヴィーさんの意見、尊重するわ」
実際のA組の勝利数の三割は、修二によるものだ。彼はひたむきな意欲のみで何度も挑戦闘競を申し出ており、本人も気付かぬうちに莫大な実績をクラスに与えている。
だが、本人はクラスの順位など気にしたことがないため、話題からは完全に蚊帳の外に置かれていた。そして、そのことすら気にせず、修二はダンジョンの状況に気を配っている。
「神崎さんは大丈夫かなあ?」
修二の不安に対し、ライは冷静な分析を下す。
「彼女のチームには、友好関係にあるランさんとヌティオス君がいる。性格も従順な彼女なら、すぐにパーティーになれるだろう。アクションスキルも普通レベルにはこなすようだし、ツィキーさんのペースに食らいついていければ大丈夫だろう」
「へえ、あんた最近、えらい神崎に熱心やな」
「闘競で連敗し続けてるだろ?あんな精神状態で、この課題にちゃんと対応できるのか~?」
「ダンジョンでは対人戦のステージはない。エロ猿のチャレンジ課題の時を考えても、あれだけの剣術スキルがあり、加えて操士としてのスキルもあるのだから、チームの切り札的存在にもなれる。だが、ツィキーさんが主導権を握っているとすれば、ラストステージに辿り着くのは厳しいかもしれないねぇ」
ダンジョン内にいた間に、ティフニーはのぞみの思いの一部をキャッチしていた。それを思い出すと、目を細め、柔らかい笑みをあふれさせる。
「あの子なら、最後までクリアできる気がします。彼女の温かい心が、課題をクリアする鍵になるでしょう」
のぞみへの評価に、修二と綾だけでなく、ルルまでもが驚いた。そしてライは、ティフニーの感受スキルを不思議に思う。
「さすがはミーラティス人の見習い巫。ダンジョン内でルートが遠く離れているというのに、よく別のチームメイトの思いまでキャッチできるな」
ライの言葉に、ティフニーは朗らかな笑顔を見せた。
「サポートの必要な心苗を見守るのは、クラス委員長としての役目ですから」
「いやー、ボクもそんなスキル身につけたいッス」
何も読むことのできない悠之助は、呑気にそう言った。
ティフニーは柔らかい微笑みでアドバイスを送る。
「スキルの習得も大事ですが、まずは周りにいる人たちと仲良くしましょうね」