124.セカンドステージ《重の間》 ①
セカンドステージに入ったのぞみたちは、400メートルほど先に石の歩道橋があるのを確認した。道幅が急に3メートルほどに縮まり、橋は未完成なのか、急に途切れている。橋の突端から先を見ると、10メートル向こうの絶壁に、文字と数字が投影されていた。
途中で途切れた歩道橋と、その先の壁を見て、藍が声をあげた。
「行き止まりですね」
のぞみは橋の下を見下ろす。そこに見えたのは、今、のぞみが立っているのと同じような石橋だった。さまざまな方角から、下へ下へと橋が架かっており、底は見えない。
「マップの情報から考えると、下にある空間へ進むようですね?」
ジェニファー、藍、のぞみが立ち位置を変えると、壁に書かれた文章の数字が変わった。
「文字が現れたぞ!」
ヌティオスが声をかけた。
「何かのヒントでしょうか?」
藍が問いかけると、クラークが壁に映る文字を読んだ。
「岩の重さは173キルグラトの20倍。《重の間》を通る者は、岩を背負い続ける。暴れる者はより速い岩を背負う」
クラークとヌティオスが動くと、点滅する数字がいきなり跳ねあがり、1989となった。
「数字が増えたぞ!」
クラークは一歩、退く。数字は1903に減った。
「わかったぜ!この橋の決まった石を踏むと、体重が加算されるんだな!」
クラークはパチンと指を鳴らした。
女子3人は、クラークの言葉を聞くと体を硬直させた。
「あの……それは……」
のぞみは苦笑いをした。
「ヌティオスさん、絶対に動かないでくださいね……?」
女心などわかるはずもないヌティオスが首を傾げる。
「お?何でだ?」
「いいですね?」
「どうしたカンザキ?いつもと気が違うじゃねぇか?」
「そうでしょうか?」
のぞみはいつもと変わらぬ笑顔だ。しかし、ヌティオスは妙に肌寒いような、謎のプレッシャーを感じていた。
近頃のぞみは基本の鍛錬をしっかりとやっているため、筋肉量が増している。藍はそのことを理解していたため、のぞみの代わりにヌティオスに忠告した。
「ヌティオスさん、それは人間の女の子に対して、あまり深追いしない方がいい質問ですよ」
ヌティオスは上の右手で頭を掻いている。きっと、藍とのぞみが何を言っているか、ちんぷんかんぷんなのだろう。
「そうか?分かった……」
その時、ジェニファーの源気に変化が起きた。青い光は強くなり、気配は重くなった。そのことにのぞみも気付く。
「ツィキーさん?」
「何だ?」
のぞみはハッとした。そして、トラブルにならないよう、急いでジェニファーのフォローに回る。
「あ、いえ、わ、私たち、何も見てないですよ?ね、ヌティオスさん、ティソンさん?」
クラークは陽気に言った。
「ん?あぁ、数字が変わったんだろ?最初のもちゃんと覚えてるぜ!」
クラークの返事を聞き終わるよりも早く、ジェニファーの源気の気配が爆上がりした。
ジェニファーは源を集めた拳でクラークに向かい、問答無用でぶん殴った。
「ぷぅわ!!」
頬に衝撃を受けたクラークは、そのまま体を一回転させる。クラークは右足で踏んばり、体のバランスを整えるとジェニファーに食ってかかった。
「おい!いきなりぶん殴りやがったな!!どういうつもりだよ」
真っ赤に腫れた頬をさすりながら、クラークが怒鳴った。
「ふん、不要な記憶を消すための、必要な処置だ」
「理不尽すぎるだろ!」
周囲に同意を求めるように手を広げたクラークだが、のぞみは目を逸らし、藍はゆっくりと何度も首を振った。
「今のはティソンさんが悪いですね。女の子に対しては禁句です」
それでもクラークは、あまりの理不尽さに文句が止まらない。
「いやいや今のはおかしいぜ!そっちが聞いてきたから答えただけだろ?それに、あんまり軽すぎるのも、闘士としてヤバくねぇか?」
「貴様に言われる筋合いはない!」
もう一度、頬を殴るつもりだった拳は、クラークに受け止められる。
「ハハッ!二度もパンチを食らうなんて御免だぜ!」
クラークがパンチを受け止めたのと同時に、のぞみが助言する。
「ティソンさん。たしかに闘士としては、自分の目標のランクに達するための重量というものがあります。ですが、女子闘士としては個人的な問題もあるんです。ですから、あまり体重には触れない方がお互いのためですよ」
クラークはのぞみを一瞥し、それからまたジェニファーに目線を戻した。
のぞみの説明には一理あった。だが、クラークの指摘はさらに鋭い。
「わかるけど、もっと課題に集中してくれよ、リーダー?」
珍しくまともなことを言うのでジェニファーもばつが悪く、両手を組んで背を向く。
「わかってるさ。今行くところだ」
5人は改めて歩道橋の下を眺めた。10メートルほど下には、2時の方向にもう一本の歩道橋があるのが見える。そして、そのさらに10メートル下には4時の方向に、そのまた10メートル下には8時の方向に……と、一定の高さごとに橋が架けられている。
そして、その橋が架けられた空間のあちこちに、キューブが浮かんでいた。一同が眺めていると、橋の上やキューブには、赤い魔石の付いた鉱石系の魔獣―クロオントムが多数、確認できた。
クラークはそれを見て、普通のアクションスキル授業でもよくある訓練項目だと思った。
「サードステージに繋がるゲートはこの一番底だな。キューブを踏み石にして降りていけば簡単にクリアできそうだな?」
「そう簡単なはずないだろう?」
「こ、このヒントとはどんな関係があるんでしょうね?」
すぐに乱気流のような空気になるチームメンバーを軌道に戻すように、のぞみは話の糸を引いた。
しかし、のぞみがそう言った次の瞬間、数字の点滅が止まった。そして、ここへ来たときの道が、石のゲートで閉ざされ、引き戻すことはできなくなった。
ゴロゴロと、重い物の動く、低い音が響く。
「何だ、この音?」
ヌティオスの問いかけに、のぞみも不安げに答える。
「不気味ですね……」
5人の視線は散り散りになって、音源を探っている。音は重く響き、部屋全体が揺れはじめた。
「地震ですか?」
ジェニファーが「違う」と断言した。
「セントフェラストは『ケルティオンの王冠』の加護を受けている。自然災害は永久に鎮められているはずだ。とすると、この振動は人工的に発生しているものだな」
一番に違和感に気付いたのは藍だった。
「あの……。天井が、近付いているような気がしませんか……?」
藍の顔は真っ青だ。
「さっきの文章ってこれのことかよ!」
チームメイトたちも、壁に書かれた文章を思い出していた。
「つまり、早くこの部屋を出ないと天井に押しつぶされるってことですか?!」
「くっ。全員、最速で底まで降りるぞ!」
簡潔に指示を与えると、ジェニファーは一番に歩道橋から跳び降りる。頭を下に向けて跳んだジェニファーを追って、藍もヌティオスも跳んだ。
4番手ののぞみも飛び降りた。10メートル下の橋まで行くと、近くのキューブに飛び移る。しかしのぞみは、地上へ戻るように、5メートルほど上にあるキューブに向かって跳びあがった。
せっかく下降していたのに、また上へ戻っていくのぞみを見て、藍は不思議がった。
「のぞみさん、どうして?」
のぞみはバク転し、頭を下に向けると、狙ったキューブの底を着地点に定める。そこまで行くと足を踏んばり、バネの要領で一気に跳び進んだ。
ただ降りるのではなく、バネの仕組みを使ったのぞみは、ブースターを使ったように速かった。両腕や掌の角度を調整することで、ジェット機のように旋回し、目の前に迫るキューブを躱していく。そのペースは時に、藍を超えるほどのものだった。
「なるほど。私だって負けませんよ!」
藍は次の橋を見定める。頭を下に向けながら、石でできた欄干に近付くと、両手で這うように欄干を渡り、橋の底を掴む。そのまま両手に源を集めると、橋に向かって光弾を撃ち、反作用を使って降下の速度を上げた。
最後尾につくクラークは、天井に潰される直前の歩道橋を蹴り飛ばす。源を溜めた足の裏で蹴り出して、一直線に飛び降りた。
歩道橋は天井が落ちてくるとその重さに耐えきれず、簡単に崩壊した。潰した発泡スチロールのようになって、無数の瓦礫が5人を追撃する。
ヌティオスは、一つ一つの踏み場を階段のようにして飛び降りていった。
5人はそれぞれのペースで降りていく。それを阻むように、魔獣の攻撃が加えられた。全身が黒雲母の原石の塊のようなクロオントムは、空間の光を鋭く反射している。そして、中央の赤魔石に源を集中させ、光弾を撃ちこんできた。
禍々しい赤色の光弾が、対空砲火のように幾度も撃ちこまれた。総員、全身に源をまとい、ダメージの軽減を図る。生身で受けることもできたが、のぞみは光弾を丁寧に避けながら降下していった。
藍もほとんどの光弾を回避しつつ、近くにいた魔獣にパンチを打ちこんでいく。
降下しながら避けなければならない魔獣の攻撃が鬱陶しく、クラークが叫んだ。
「蚊みたいな攻撃だな!あ~~うるせぇ!」
クラークは一直線に進みながら源を凝縮させ、刃の形にした両手で、ルートにいた全てのクロオントムを斬り捨てていく。攻撃されたクロオントムたちは、連続で打ち上げられる花火のように散っていった。
ヌティオスはその巨大な全身に源をまとめ、まるで彗星が落ちていくかのように落下する。そして、その道中で魔獣の頭を踏み潰していった。
5人は順調に進んでいると感じていた。しかし、またも藍が違和感に気付く。
「ツィキーさん!天井の落ちてくるスピードが速まりました!」
先鋒を行くジェニファーは、藍の声を聞くとバク転し、次の歩道橋に着地した。そして、天井を見上げる。
後ろにいるメンバーたちの様子を見ながら、ジェニファーは天井が落下速度を上げた原因を考える。
最速で底部に辿り着くたまに魔獣をスルーした自分と、魔獣を倒しながら進むクラークたちの様子。そして壁に書かれていた「暴れる者はより速い岩を背負う」という文章を思い出した時、ジェニファーの頭の中で閃光が走った。
「皆!魔獣を倒すな!!」
恫喝するような大声の指示を聞いて、のぞみと藍はクロオントムを避けはじめる。
「わかったぜ!」
クラークも返事をすると、キューブの側面を蹴って方向転換した。稲妻のようにあちこちの踏み場を移り、魔獣を躱しながら降下していく。
困ったのはヌティオスだった。その巨躯を加速度的に動かそうとすると、器用に方向を変えることができない。避けようとしても、いくつかの魔獣を潰してしまう。そうすると、ヌティオスは速度を落とすことでしか、対応できない。
対策を取っていても天井の落ちるスピードはさらに速くなっていく。暴走する大型飛行艇のように迫る天井が、上方にある橋とキューブを次々に崩壊させていった。
「ツィキーさん!」
のぞみが悲鳴のような声を出す。
「急げ!速くゲートを開けないと!!」