122.もう一つの武器
のぞみは両方の掌を合わせ、金毬を創った。そして宙に浮きあがらせると、金毬に温かな光が灯る。光は4メートルほどの高さまで届いた。
「その玉、便利だな。こんな使い方もできんのか」
「はい。金属素材を使って、電球の特性を与えました。私の源気がエネルギー源なので、数十時間は光り続けますよ」
クラークは光の中で視線を泳がせる。4畳ほどの空間に白いものが見えた。クラークはそれを凝視する。
「ウワアアっ!!」
いきなりクラークが叫びだしたので、のぞみの心臓は跳ねあがった。
「どっ、どうしたんですか?いきなり叫ばないでください。心臓に悪いです」
「こ、ここここれは……っ」
取り乱すクラークの様子に、のぞみも周囲を見回す。そして、あちこちに散らばっている白いものが、人骨であることに気付いた。
「なるほど、骨ですね」
「ほ、本物じゃねぇよな?ただの、ダンジョンのデコレーションだよな?」
「いえ。ほんの少しですが、人間の源が付いています。本物の人骨のようですね」
大量の人骨を前にしても落ち着いているのぞみを、クラークは不思議に思った。
「……カンザキ、お前よく落ち着いてられるな?」
「生家ではよくお化け退治の仕事を引き受けていましたから。凶暴な妖怪を相手取ったことが何度もあります。魂の抜けた骸骨は何も怖くないですよ」
普通の女子でも怖がりそうなものだが、ましてや対人戦で気弱な態度を見せているのぞみが骸骨には何の恐怖も感じないということが、クラークには思いがけなかった。
「意外に肝が据わってるんだな」
可愛らしい女の子が怖さのあまり抱きついてくる、というような妄想をしていたクラークは、現実とのギャップに少しやる気を失った。
一方、褒められたと感じたのぞみは少し嬉しげにしている。
「このダンジョンは数千年の歴史があるということですから、骸骨くらいあるでしょう。ティソンさんだって、恐竜の化石を見て怖いとは思わないですよね?」
得意げなのぞみの様子に、クラークは溜め息をついた。
「たしかに、そう考えたら何も怖くねぇな」
「でしょう?それにしても、ティソンさんはアクションスキルに長けていますね?ペースも速いです」
可愛いのぞみからの質問に、クラークは自分をよく見せようと格好つけて答える。
「ああ、俺はガキの頃からパルクールが大好きだったからな。アクションスキルには自信があるぜ」
「ツィキーさんと一緒で、北アメリカ州の州都出身でしたっけ?」
「そうだ。俺は北ロッキニアズ州の海辺の町で育ったんだ。地元の町ではよく、ビルに登ったり、大通りの上を飛んだりして遊んでたぜ」
透明感のあるまっすぐな瞳が、クラークの目に映った。
「どうしてパルクールを?」
「北ロッキニアズ州のウィルター養成施設では、入学試験にアクションスキル項目が多かったんだ。だから、俺たちの地元の源使いは、ガキの頃からパルクールをやってるやつが多かったんだぜ」
「たしかにその辺りが出身の方は皆、アクションスキルが上手ですね」
クラークは気楽に遠くを見るように、視線を泳がせた。
「まーな。結局俺は、アクションスキル以外が平均点取れなかったから、入学できなかったんだけどな。狭き門ってやつだったぜ。養成施設に通えなかった俺にとって、町が修行場みたいなもんだった。だから、毎日、体の限界に挑みつづけて、アクションスキルを磨いた。夢中だったな」
街のあちこちを、アクションスキルを使って走り回る。遠い昔のようにも思える自分の姿を懐かしみ、クラークは高揚していた。
「そうやって自分の限界に挑みつづけてる間に、気付けば高度の高い空を飛んでる飛行艇を掴めるようにまでなってたんだ!俺にとってはルールに制限された施設に通うのは、オオカミが犬の学校に通うみたいに息苦しかっただろうから、我流でスキルを覚えていく方が合ってたんだなって思うぜ」
クラークの生き方は、少しだけ光野遼介に似ているとのぞみは思った。彼もまた、地球界のウィルター養成施設に通ってはいない。光野宗家の修業を受けていた。都市型のクラークとは違い、ヒイズルの山々と大自然を相手にしたものだったが、道場に籠もりきりの修行ではないところに共通点がある。
厳しい教諭たちに迎合せず、自由に振る舞うクラークの言動が、のぞみにはようやく少しだけ理解できる気がした。
「ティソンさんの気持ち、ちょっとわかりました」
「俺の気持ち?」
日頃、言われ慣れない言葉に、クラークは表情を硬くする。
「ツィキーさんの指示に従わなかったのは、ティソンさんにとってその方が実力を発揮できると思ったからなんですね。マイペースな行動は気楽です。チーム戦ではすれ違いの原因にもなってしまいますが、私はティソンさんが、きっとチームの力になってくださると思います」
のぞみのまっすぐな眼差しに耐えきれず、クラークは目を逸らした。ジェニファーの指示に従いたくないと思った気持ちを思いだし、機嫌も悪くなった。
「それは……」
のぞみはクラークとの会話を打ち切り、脱出方法を探りはじめる。
「さぁ、ティソンさん。皆のところへ戻りましょう!」
天井の高さ、垣柱の深さ、外の階段の様子などを、のぞみは窺う。そして、椿色の水晶札を取り出し、マップを宙に投影した。しかし、立体図のマップは現れず、UNKNOWNという文字と、二人の源気反応しか出てこない。
「……この絶壁を素手で這い上がるには時間がかかりすぎるし。ここの出口から脱出するとコースアウト……。うーん、困りましたね。このまま迷子になってしまうと本当に脱落してしまいます……」
クラークは項垂れた。か弱い女子に対して、頼りになるところを見せてやりたいと思っていたのに、展開はまったく違った。脱出方法を考えているのぞみの姿を見ていると、クラークは自分のミスを思い出して、その失敗に対する無力感や面目なさに襲われる。のぞみのまっすぐな視線を思い出すと、余計に恥ずかしくなった。
これ以上の恥を重ねる地獄から早く抜け出したい一心で、クラークは水晶札を取り出す。その性急な動きを、のぞみは察知した。
「ティソンさん、脱出の方法を見つけましたか?」
「あ、いや、俺は……さっさと棄権しちまおうかと……」
のぞみはクラークの提案に目を見開く。
「ティソンさん、それで良いんですか?」
クラークは肩をそびやかし、虚勢を張った。
「所詮、課題だろ?棄権くらいなんでもないぜ」
「私は諦めませんよ」
「ふん、お前よくあんな女王様にこき使われて平気だな」
「ツィキーさんのことですか?私は彼女のやり方は理にかなっていると思っています」
クラークは目線を逸らし、激論する。
「お前は何も知らないだけだろうけど、あいつは最初っからリーダーを狙ってたぜ。遅れてきたお前らに圧力をかけて多数決で優位に立った。リーダーになったあいつに、チームメンバーは全てを牛耳られたようなもんだろ」
「たしかに人使いは荒いと思いますが、チーム全体のことを考え、リスクを減らすような戦術を練っていましたよ。ダンジョンをクリアするためなら、従うべきだと思います」
クラークはのぞみのことをおめでたい奴だと思った。
「お前はうわべだけの綺麗な言葉に惑わされてるだけだろ?」
「どういうことですか?」
クラークは堪忍袋の緒が切れたように暴言を吐き出した。
「お前はあいつの本性に気付いてないだけだ。あいつは自分の意に沿わない俺のような奴をチームメイトと認める気なんてさらさらねぇんだ。だからお前だって同じように、考えがすれ違った瞬間に捨てられる。そんなリーダーに従う必要なんてあんのかよ?」
ただの愚痴ではなかった。のぞみとて、ジェニファーの性格から考えれば、その可能性は否定できないと思う。だがそれよりも、クラークのことが気になっていた。
「……ティソンさんも、リーダーになりたかったんですね」
自分の失敗がチームをミスリードしているとわかっている以上、今さらリーダーになりたかったと本音を晒すのは、クラークにとって屈辱でしかない。しかめた顔を逸らし、小声で答える。
「くっ。そんなこと、今さらどうだっていいだろ。俺はもう、こんな雑用を押しつけられるのはごめんだ」
クラークの言い草に、のぞみもつい声を大きくした。
「雑用!?ティソンさん、全てのポジションに役割があります。ルビス先生も講義で仰っていましたよ?」
「最後尾に大人しく付いていくだけの役割が、雑用でないなら何だってんだ!」
「ツィキーさんが先鋒に立ち、アタッカーとしての責任を負ったのは、他のメンバーよりも経験と実力があるからです。アタッカーには進行方向の確認、そして前方の障害物を排除する役割があります」
でも、とのぞみは続けた。
「ツィキーさんは明言していませんでしたが、ティソンさんのポジションはリーダーの次に重要な役割ですよ。最後尾というのは、チーム全体がよく見えるポジションです」
それを聞くと、課題開始から初めて、クラークの心の苛立ちが少しだけ解消された。クラークはのぞみと目を合わせる。
「ツィキーさんが特攻隊長なら、ティソンさんのポジションは、後方応援要塞です。ティソンさんがメンバー全員の容体を把握してくだされば、チームは機能不全に陥りません。私たちのチームの動きは、ティソンさんにかかっているんです」
クラークは目を瞠った。ジェニファーの指示の意味を表面だけ受け取っていたクラークにとって、のぞみの指摘は思ってもみないものだった。ジェニファーが自分をそんなふうに評価してくれているなんて、信じられない思いだった。
「俺が……チームの応援要塞……?」
「そうです。……実は、私はティソンさんをリーダーに推薦することも考えました。でもきっと、ツィキーさんは異議を唱えると思います。そうなると、リーダー決めに時間を使いすぎて、戦略を練ることはできないでしょう?最悪、ダンジョンに入っても喧嘩したまま、バラバラでの行動になったと思っています。それではこの課題を受ける意味がなくなってしまいますよね?」
即席のチームメンバーについて、それぞれの性格だけでなく、課題の意味までを考え、最良の道を考えていたのぞみの思考回路を思うと、クラークはふっと気がゆるみ、笑みをこぼした。
「すげぇなカンザキ。お前そんなことまで考えてたのかよ。……結局、一番リーダーにふさわしいのはお前なんじゃねぇか?」
緊張が和らいだ様子のクラークを見て、のぞみも口角を柔らかくあげる。そして、首をゆっくりと横に振った。
「私には、チーム全体のことを綿密に考えられる器用さはありません。スキルも乏しく、源気も初心者のようなものです。ツィキーさんは経験者ですから、これまでのチーム戦での経験を活かしてくだされば、かなりリスク回避できるはずです。ツィキーさんに従い、自分にできる最大の力で皆をサポートするのが、私のポジションだと思っています」
「それでわざわざ俺を助けたのか?」
「出身も思想も関係ない。人と人とが巡りあうためには縁が必要で、そこにはきっと意味があると、母から教わりました。こうしてチームになったのも縁です。困ったときに助け合うのは当たり前のことです。だから、誰だから助けるということではありません」
のぞみは目をうるうるさせてクラークを見ている。
「私はもしここでティソンさんが棄権したら、寂しいです」
「寂しい?」
のぞみは頷き、自分の望みを訴える。
「チーム課題ですから、全員でクリアしなければいけません」
「俺は気の合わない奴とチーム戦なんてやりたくないぜ」
「でも、こんなところで棄権するのは、逃げることと同じではないですか?それは、ティソンさんの望んでいることですか?」
その言葉は、クラークの心を強く打った。アッパーカットを決められたように全身が打ち震え、そしてスパーキングを打ちこんだようにすっきりとした気持ちになった。クラークは感情的になり、首を振りながら吐露しはじめる。
「あぁ……クソ。違うんだ。俺はあいつを超えたかっただけだな。同じ北アメリカの出身として、経験値は比べられねぇけど、実力なら負ける気がしねぇ。……いつかきっと、超えてみせるぜ」
「棄権している場合ではありません。チームの中で、ティソンさんの存在感を示さなければ。今度こそ、チームの応援要塞として、頼りにしてもいいでしょうか?」
のぞみの言葉はクラークの耳をくすぐった。闘志が燃えあがり、目付きが鋭くなる。どんな激励の言葉よりも、クラークにとって必要な言葉だったのだ。
「仕方ねぇ。お前がそう言うなら、とことんまで付き合ってやるぜ」
水晶札をポケットに入れ、クラークが立ち上がる。
「はい!まずはこの牢獄から脱出しないといけませんね」
クラークはすでにその方法について、アイデアがあった。
「カンザキ、お前の盾は、二人乗りはできるか?」
「……できなくはないですね。でも、どうしてですか?」
「エレベーターみたいに上昇すればさっきの部屋まで戻れるんじゃねぇか?」
のぞみは首をかしげ、クラークの提案が実現可能か考えはじめる。
「向こうに出るためには天井を破らないといけませんよ……?」
「ああ、天井に風穴を開けるくらいチョロイぜ!」
「……力と加速度が必要ですね。わかりました、やってみましょう!」
直径1メートルほどの盾を創ると、まずはのぞみが乗った。そして、もう一人分のスペースを空けると、クラークが跳び乗った。
「ティソンさん、私の帯をしっかり掴んでください。行きますよ!」
「ああ、頼むぜ!」