121.ファストステージ《罠の間》 ③
しかし、一人だけ別のルートを通っていた男がいる。言うまでもなくクラークだ。彼はトラップのある場所をわざわざ通り、作動するよりも先に走り抜けていった。クラークが通り過ぎたあとの石タイルが次々に光り、隠れトラップが一秒ほどのズレで次々に作動していく。暴走するネズミのように素早く切り抜けていくクラークだが、彼の後ろに誰かがいたならば、災難だっただろう。
「ティソンさん?!」
そして、クラークはのぞみよりも速かった。剣山のようなトラップを高く飛び越え着地する。落下トラップに落とされるよりも前に、またそこを飛び出す。クラークは最後尾を託されていたが、のぞみだけでなく、ヌティオスよりも前に飛び出した。
クラークの踏んだトラップの効果で、左側の壁から源気の塊が飛び出す。クラークの代わりに襲撃されることとなったヌティオスは、トラップを躱すと一旦、動きを止めた。
「おい、どういうつもりだ、ティソン!」
すでに遠く走り去りながら、クラークは後ろを振り返ることもせずに叫んだ。
「悪いな!それくらいの光弾、お前なら生身で受けても大丈夫だろ?」
「あ、危ないだろうが!」
地雷の埋まる大地を駆けるチーターのようなクラークを見て、ヌティオスは大きな目をさらにぎょろりと丸くさせた。
数秒後、もうヌティオスの目からは、クラークの姿は見えなくなっていた。追いついたのぞみがヌティオスに声をかける。
「ヌティオスさん、急に止まって、どうしたんですか?」
「あ、あいつのせいで、トラップにやられるところだったぞ」
のぞみは最初からクラークの不自然な言動が気になっていた。
「ティソンさん……思ったよりもスピードがありますね。スキルも巧みに使っておられるようです」
「アクションスキル演習の授業の時よりも速かったぞ」
「ツィキーさんや可児ちゃんと離れてしまいました。私たちも追いつきましょう!」
「そうだなぁ」
のぞみは先に続く道を遠くに眺めると、ジェニファーと藍が残した魔獣を見て感心したように言う。
「ツィキーさんの戦略のおかげで、みんなとはぐれてしまっても、倒れたヘルバンナガバトンスの根元が道しるべになりますね」
「そこまで戦略のうちだったってのか?」
「やはり経験者の方が考えることは先を見ておられますね。ヌティオスさん、行きましょう」
ヌティオスが先に駆けだし、最後尾ののぞみも、あまり距離を空けないよう、食らいついていく。
藍は後方のメンバーたちの足取りを気配から感じていた。走りながら、ジェニファーに呼びかける。
「ツィキーさん、のぞみさんとヌティオスさんが停止しましたよ!」
藍はその後ろから猛烈な勢いで追いあげてくるクラークの気配も感じていた。
ジェニファーは藍からの呼びかけを聞いてもスピードを落とすこともない。魔獣の前に着地すると、二本の釵を操り、刃向かってくるツタの魔獣を弾いた。
そのまま突進し、右手の釵でヘルバンナガバトンスの根幹を刺す。そして、魔獣に刺さったままの釵を持ち、高く跳びあがった。無理やり引き剥がされるように、魔獣の根がベキベキと竹のように割られていく。
ジェニファーが着地した。その手に持った釵には、源気が刃を強化するようにみなぎっている。
「Ms.ラン。わかっている。Ms.カンザキのことは、Mr.ヌティオスに任せれば大丈夫だろう。私たちはゲートに辿り着くまでペースを落とさずいこう」
冷静な判断を端的に伝えると、ジェニファーはさらに先へと進んだ。
「は、はい!……」
藍はのぞみのことが心配だった。だが、今の状況でジェニファーとはぐれた場合、今度は自分が一人になってしまう。単独でダンジョンを攻略できる自信のない藍としては、大人しくその判断を受け入れ、ジェニファーから引き離されないようにするので精一杯だった。
クラークは5メートルもの高さの剣山が目の前に立ちはだかっているのを見ると、爪先で地を蹴った。大跳躍からの着地となり、石タイルを踏んでいる時間が長くなる。そのせいでトラップが作動し、クラークの周辺の床が急に傾きはじめた。
間一髪、落下するよりも速く、クラークは斜面を踏み板にして蹴り飛ばす。
危険が迫ること、そして、その危険をギリギリで回避することは、クラークにとって興奮材料となっていた。
「くぅ~!燃えあがるぜ~!!」
向こう側のタイルに降り立ったクラークだが、今度は足枷のトラップにハマり、足元を掬われる。動きが停止した直後、石タイルの四方には数十メートルの石柱が生え伸びた。太さ10センチの柱は3センチ間隔でクラークを囲み、瞬く間に牢屋ができあがる。
「チッ、こんなおもちゃ、すぐに破壊してやるぜ!」
しかし、クラークの足枷は、捕えた者の源気を吸収するようにできていた。クラークの全身を纏う源の光は弱まり、両手に集めた源で創った鍾乳石も小さくなってきている。
クラークは胡座をかき、先の鋭い鍾乳石形の源を両手で持つと、数十回足枷を叩いた。次第に割れ目ができ、ついに足枷は破壊された。
「あとはこの柱だな!」
勇んで立ち上がろうとしたクラークだが、うまく足腰に力が入らない。通常の十数倍の出力で強引に源を引き出されたクラークは、虚脱状態に陥っていた。
この容体で柱を破壊できるほどの技を編み出すのは至難の業だろう。
「チキショウ、スタミナを取られすぎたか?!」
体力回復を待つしか、クラークに残された道はなかった。
トラップは死傷に至るほどのものではないが、ミッションクリアにかかる時間を引き延ばすものだと、クラークは思い知った。時間がかかるほど、チームの評価は下がる。クラークはようやく、自分の力を盲信していたことを痛感した。
初めてのチーム戦の課題だからか、ルビスの設定したトラップは、量に重点を置いていた。逆に、質の部分、つまりダメージの重さについては手加減したともいえる。これが本物の戦いであれば、時間だけの問題では済まないだろう。
脱力しながらクラークは石柱を見上げる。この程度の柱、たやすく破れるはずだった。こんなトラップにハマった自分が皮肉で、面目なさを感じていた。
その時ちょうど、のぞみとヌティオスが通りがかった。二人は魔獣の残骸を打ち消しながら、クラークに近付く。
「ティソンさん、大丈夫ですか?!」
「おぉ、お前ら!」
「ちょっと待ってください!今助けますから!」
クラークは、この期に及んで自分の非を認めることができず、強情に叫んだ。
「よせ!この程度のトラップ、体力が回復すれば発泡スチロールも同然だ!お前らは先に行け!すぐに追いつくぜ!」
戦略会議をしていた時から、のぞみはクラークがチームの中で浮いてしまっていることが気になっていた。ジェニファーの立てた戦略に背くことになるとはわかっていたが、のぞみは首を強く振った。
「いやです!!放っていくことはできません!」
のぞみはヌティオスを振り向く。
「ヌティオスさん、先に行ってください。私はティソンさんを助けてから追いつきます」
「え、ええっ、さ、三人で行った方がいいんじゃないのか?」
「ツィキーさんと可児ちゃんは、すでにゲートに辿り着いていると思います。私たちの状況を一刻も早く知らせるべきです」
先に決めた戦術と、それとは異なる緊急時対応とで、ヌティオスは混乱していた。
「た、たしかにそれは必要だが……ツィキーの指示には従わないってことか?」
「いえ、方針は変わりません。ですが、早めに事情を知らせないことには、私たち三人がチャレンジを「放棄」したと見なされてしまいます。ツィキーさんたちに、私とティソンさんがかならず追いつくと伝えてほしいです」
「わ、わかった。必ず追ってこいよ。待ってるからな!」
のぞみは真剣な表情で頷く。
ヌティオスはのぞみの意思を確認すると、次の魔獣の根幹に向けて跳び去った。
ジェニファーの作戦には穴があった。
メンバーがきちんと追いついてきていれば問題はないのだが、今回のような状況になると、ヌティオスが魔獣を倒してしまうため、のぞみたちはトラップの目印を失ってしまう。トラップのありかも、魔獣のいた場所も、見分けが付かなくなってしまうのだ。
のぞみは戦術を練り直し、金と銀の盾を創る。そして、まずは自分が銀の盾に跳び乗った。20センチほど盾を浮上させるだけで、石タイルを踏まずに済むからだ。
のぞみは盾の上に立ったまま、爪先をクラークの方へと向けた。
目に見えるトラップを避けながら、のぞみはクラークの元へと近付いていく。二人の距離が2メートルほどまで縮むと、再度、声をかけた。
「ティソンさん、今から助け出しますね」
のぞみは金色の盾を高速回転させ、コマのように飛ばしながら石柱に打ちこむ。巨大な刃となった盾は一気に6本の柱を折り、それらはのぞみの立っている方向に倒れてきた。
のぞみは銀色の盾で移動し、倒れた柱を避ける。金の盾の回転を止めると、そのままクラークの膝のあたりまで降下させた。
「ティソンさん、それに乗ってください!」
これでクラークを助け出せるとのぞみが思った時、クラークが険しい顔をして叫んだ。
「おい!下だ!!」
救出に夢中になっていたのぞみが、クラークの忠告で下を向いた時、地面から突きあげるように剣山トラップが飛びだしてきた。盾を突かれたのぞみは慌てて飛び降りる。だが、真下にあった石タイルは、落下トラップを作動させるものだった。
反応の遅れたのぞみは、そのままトラップに嵌まり、床下の空間へと落下していく。
「うぁあああ!!!」
「カンザキ!くそっ……」
檻から脱出したクラークは、剣山の間に降り立つ。のぞみの墜落していった現場を見つめながら、自分に腹が立って仕方がなかった。こんな展開を望んでいたわけではなかった。自分のミスでメンバーに迷惑をかけ、さらに助けに来てくれた女をトラップに巻きこませるなど、痛恨としか言いようがない。
それに、クラークにはのぞみの言動が理解できなかった。助けてくれと頼んだわけでもない。大して強いわけでもない。そのまま進んでいれば安全だったのに、チームの方針に刃向かってまで自分を助けるメリットなんてどこにあるだろうか。
クラークは、のぞみを放っておくこともできたが、チームメイトからの批判は必至だ。それに、このまま進むというのは、自分のプライドが許さなかった。
クラークは自らの意思で、のぞみの踏んだ石タイルを踏みしめる。そして、同じ穴に墜落する道を選んだ。
のぞみは目を覚まし、仰向けのまま上を見る。天井は見えず、煙突の中にいるみたいだと思った。わずかな光があるらしく、のぞみの周囲、三面は絶壁になっているのがわかる。その光は、廃棄された緑の水晶石らしい。不要品のように扱われているが、まだほのかに光を残している。そして、その光を頼りに見たもう一面には、岩と一体化した垣根と、カーブしてどこかへと続く不気味な石階段が見えた。
「早く戻らないと……。痛っ!」
右足に激痛が走り、のぞみは目をきつく閉じる。そして、源気を目に集中させると、機能強化した。闇の中でも視力が効くようになると、脛裏に切り傷があるのを確認した。
「これ、いつ食らったんだろう?さっきの剣山のトラップ……?」
「よう、思ったより元気そうじゃねぇか?」
「えっ?この声は、ティソンさん?!」
のぞみは振り返る。そのシルエットにもクラークの面影があった。
「ティソンさんもトラップに引っかかってしまったんですか?」
「あー……、ほら、お前、気を失っただろ?それで急にあの乗り物が消えちまったんだぜ」
「そうでしたか……。ごめんなさい、私の失敗ですね……」
他人のミスに巻きこまれただけなのに、苦笑しながら謝るのぞみに対して、クラークは心がイライラして落ち着かなかった。
「ば、バカじゃねぇの?お前のミスじゃねぇよ。勝手な行動したうえにトラップに嵌まった俺が悪かったんだ」
「……とりあえず、明かりをつけましょうか」