119.ファストステージ《罠の間》 ①
実技授業でもたびたび指導に楯突き、反論して、それが格好良いと思っているクラークのことだ。素直にチームリーダーに従うはずがないと考えているジェニファーは、クラークを無視して作戦会議を続けている。
間もなく、出発の時間になる。
のぞみは扉の時間を確認した。
『00:47』
「ツィキーさん、もうほとんど時間がありません」
ジェニファーは時間を見ると、話を中断した。
「そうか、仕方ない、議論はここまでだ」
ジェニファーはそう言うと、マップの投影も切断し、水晶札を3センチほどの小さな水晶玉に変形させ、指輪の石留めに嵌めこんだ。
「でもまだ三つのステージの戦術対策が終わってないですよ」
藍は不安げにジェニファーを仰いだ。
「当然だ。それも含め、課題だからな。ランダムの組分けチームに対し、15分のインターバルで出発するなど時間が少なすぎるに決まっている。たとえよく知った仲間同士でも、五つのステージで戦術対策が完璧にできるわけではないがな。まあ、残りのステージは臨機応変にやっていくしかない」
のぞみは右手で頬に触れながら考えている。
「先生の言っていた「状況によってアタッカーとサポーターを入れ替えることも意識」というのは、そういう意味でしょうか」
ジェニファーはのぞみをじっと見た。さっきから、ジェニファーの提案した戦術は、のぞみがわかりやすいようにまとめてくれていた。おかげでヌティオスも理解できたようだった。
「そうだ。さらに出発前にもう一点だ。万一、ステージ攻略中に一人でも戦闘不能になったり、行方不明になった場合には、次のステージとの間にあるゲート前で待機する。ただし、3分間待っても追いついてこない場合には、棄権したものとして、残るメンバーは次のステージへ進むこと。いいな」
「そう簡単に仲間を見捨てていいんでしょうか?」
のぞみがつい声を上げた。予想通り、ジェニファーは呆れたような、少し苛立ったような顔をしている。
「Ms.カンザキ。いざという時には、任務遂行のための障害は排除しなければならない。この場合の障害は、戦闘不能や生死不明になった隊員も含まれる。待ってばかりいてはミッション失敗に繋がる恐れもあるだろう。最悪の事態に至る前に、障害要員は覚悟を持って切り離す必要があるんだ。情けもかけすぎては全体のためにならない」
効率や任務の成功率を考えれば、戦場においてそう判断するのは間違いではない。むしろ、暗黙の掟とすら言えるだろう。
だがのぞみは、人との縁、巡り合わせにはきっと意味があると思っている。偶然同じチームになっただけでも、そこには縁が存在するのだから、大切に扱うべきだと考えていた。仲間を捨てて任務を続けることも、最後の手段だとは思う。それでも、心苗として、旧来の掟に縛られるだけではなく、発想力を活かし、さらに最善の方法がないか、諦めず探りたかった。
のぞみは、ジェニファーと自分の考えにすれ違いがあると感じていた。だが、実際ジェニファーの考えにも理はある。リーダーに推薦した以上、その意思をフォローしなければ、チームは一つになれないだろう。自分が危険を被るだけならまだしも、他のメンバーにも迷惑がかかるかもしれない。のぞみは逡巡したのち、ジェニファーの視点を支持し、サポートすると決めた。
「心得ました」
「うむ。さて、行こうか」
五人はついに動き出した。
藍とヌティオスは、緊張感のある面持ちをしており、のぞみも気を引き締めてその後ろについた。そして、無言を貫いているクラークも、思案げな表情のまま立っている。四人はリーダーであるジェニファーの後ろに並び、石扉の前まで近付いた。
タイマーが0分0秒になった時、石扉が重々しく動きはじめた。右から左へと扉が開ききると、ミッションが始まり、タイマーが新たに作動しはじめた。
扉の奥に広がる道は、洞窟のように暗かった。四メートルほどの幅がある一本道が続いており、かび臭く、重い空気が顔に触れる。壁についた水晶石の光が、遠くまで道が続いていることを知らせていた。
ジェニファーは臆することなく、爪先から蹴り出し、一気に走り出す。のぞみたちも、それぞれの役割を守りつつ、後を追った。
進行中、天井におびただしい数の、トゲ状のものが吊り下がっている。それらは四人の声が聞こえると天井から離れる。それは、四本の翅を振ってバタバタと飛ぶ、角のある魔獣だった。ジェニファーは何の武器も持たず、素手だけで魔獣を倒す。
地面に赤い目が六つ光り、十二本の脚を持つ、蟹のような甲羅の魔獣が襲ってきた。
魔獣は次々に襲いくる。
藍は右手に源気を集め、紫の剣で魔獣を斬り捨てた。
ヌティオスはただ疾走しているだけだったが、その体にぶつかるだけで、魔獣たちは吹き飛ばされた。
前方の三人が魔獣を掃討していくため、のぞみはまだほとんど魔獣に襲われていなかった。それでも、三人のペースに合わせて走るだけでも負荷がかかる。
最後尾を走るクラークは、明らかにつまらなさげな表情を浮かべていた。走りながら、クラークはブツブツと文句を呟く。
「クソッ、なんで俺が女の尻追っかけなきゃいけねぇんだよ……」
四人の快進撃は続き、さらに2分が経った。第一ステージの後半へとやってきた時、道の先から光が差しこんでいるのが見えた。道は狭く、洞窟のようで、光は赤く、少し不吉な感じがする。
さらに近付くと、道は急に広くなり、無骨な岩の床が、石タイルの路面になった。
その一瞬手前で、ジェニファーがぴたりと足を止めた。
藍が真剣な表情で言う。
「この先の部屋には、トラップがたくさん仕掛けられているんですね?」
「ファーストステージの難所に入るんですね」
のぞみも唾を飲んだ。
四人が部屋に入ると、通ってきた道がゲートにより封じられた。引き返すことはできない。
そして、目の前に広がった光景に、藍とのぞみは目を瞠った。
そこは、広さ10ヘルトもあろうかという大通りのような空間だった。天井はどこまでも高く、闇に呑まれて果てが見えない。四人は源で視力を強化した。部屋中に、血色の光が差しこみ、霧がかっている。
岩が水に沈む重い音が何度も響いた。天井から垂れているらしい、黒い影が振り子のように一定のリズムで揺れ続けている。振り子の先は、トゲの生えた円盤だ。
視線を水平に移していく。
地面からは剣山のように鋭い何かが生えており、ドリルのように回転しているものもあれば、下から突き刺すように飛びだしてくるものもあった。そして、そのどちらにも電流が走っている。
さらに視線を移す。太いイバラのような植物が、部屋の至るところを這っていた。食虫植物のように口の裂けた植物の魔獣もいる。
屋外で受けてきたアクションスキルの授業とは全く異なる雰囲気に、藍は冷たい空気を吸いこんだ。そして、マップ上ではわからなかった情報の多さに、クラークも驚いた。
「このレベルのダンジョンが、マジで課題のために短期間で創っただけってのかよ……」
のぞみも冷静さを保つように声を出した。
「物凄いトラップの量ですね」
人の通った形跡がまったくなく、魔獣も生きたままになっていることに、藍は違和感を感じる。
「妙ですね。第一班の人も同じルートを通ったはずなのに、ステージにもトラップにも、破壊された跡がありません。魔獣も生きていますし、まるで誰も通らなかったみたいです」
「一定の時間が過ぎれば元通りになるよう、ルビス先生が設定したんだろう。それであれば、ダミー魔獣が再生されているのも理解できるはずだ」
のぞみはジェニファーに視線を移し、質問する。
「……ということは、私たちがもっと高速で攻略していれば、第一班の人たちが踏破した状態のステージを見ることができたんでしょうか?」
ジェニファーは知ったような口ぶりで応じた。
「おそらく、不可能ではないだろう。だが、リセットまでの時間は、私たちの実績や能力のデータを基に作られているはずだ。きっと次のステージも同じように、回復しているだろう」
「それにしてもやりすぎじゃねぇか?」
ヌティオスはいつも通り、感じたままに言っている。
ジェニファーが気合いを入れ直すように叫んだ。
「君たち!戦士というのは、どんな課題であっても、覚悟したうえで挑戦を受けるのだ!」
藍はドキリとしたようだったが、すぐに闘志を感じさせる表情に変わった。
「そうですね。先生が私たちのために用意してくださった、本気のステージです。十分に努力して応えないといけませんね」
「さっきの作戦にはなかったけど、これくらいのトラップなら隙間を縫って通過できるんじゃねぇか?この程度、誰でも突破できるだろ!さっさと行こうぜぇ!」
クラークが一歩、踏み出そうとした時、
「バカモノ!」
と、ジェニファーが一喝した。
「な、何だよっ」
叫んだ瞬間、ジェニファーの源気の圧力が一気に上昇し、クラークは硬直した。
「見た目に騙されるな!踏み違えれば連鎖するトラップだ!」
「えっ。どういうことですか?ツィキーさん」
のぞみはジェニファーの言っている意味がわからなかった。
ジェニファーはその質問には答えず、手に集めた源の光弾を床の何もないところに投げる。すると、床の石タイルを突き破り、トラバサミが出現し、電流が走った。
次により遠くの床に光弾を撃つ。今度は右側の壁から源気の塊が射出された。もしそこに無防備に人が立っていたなら撃ち飛ばされていただろう。また、たとえ受け身を取っていたとしても、体勢を崩せば、別のトラップのスイッチを踏み、新たな罠が作動するようになっている。
ジェニファーはさらに光弾を放つ。三度目は、何の変哲もなかった床が落下し、数秒後にはその床が跳ね返った。
トラップの作動反応と数の多さに、のぞみも藍もぎゅっと頭が痛くなる思いだった。
「たしかに、見えないスイッチに触れてしまうとトラップが作動するというのは、ダンジョンの定番ですよね……」
顔を真っ青にしながら、のぞみは苦笑いをしながら、続けて言った。
「やはり、慎重に進まねばなりませんね……」