117.ラン・コール
リュウ先輩のことも、楓たちの言葉も、のぞみには不吉に思えた。
五人というチームの編成人数は、寮長先生の言っていた予言と同じ人数だ。
もしかすると、この実戦演習の間に、蛍を含む五人のメンバーにトラブルが起こるかもしれない。そう思い、のぞみは蛍を探したが、その姿を見つけることはできなかった。蛍たちは第一班なので、すでにほかの心苗たちとともに、待機部屋に移動したのかもしれない。
のぞみは水晶札を取り出し、リスト検索をする。蛍は修二と同じチームのようだった。
「あんなに強い不破さんが同じチームなら、大丈夫かな……」
一連のできごとに思いを巡らせていると、能天気な男の声が聞こえ、のぞみはハッとした。
「アハハ~、神崎さんと同じチームになれなくて残念だったぜ~」
「不破さん!そ、そうですね。お互いに頑張りましょうね」
こんなタイミングで修二に出会えると思わず驚いたが、このチャンスを無駄にしてはいけないとのぞみは思った。
「あの!不破さんは、森島さんと同じチームですよね?」
「あぁ、それがどうかしたのか?」
「不破さん。どうか、森島さんとチームメイトたちに、くれぐれも気をつけてあげてください」
修二は心配そうな表情をしているのぞみを見て、楽観的に応えた。
「森島なら心配ないだろ~?それに、俺様がチームにいるんだからな、絶対に全員でクリアしてみせるぜ」
「そうですよね……。あの、でも、あまり無茶しないでください」
「俺のチームの心配より、神崎さんの方が気をつけろよ!ツィキーは、頭はいいけど気性が荒いからな!あいつは地球界の州政府で戦闘訓練を学んだ経験があるらしい。すごい実力者だぜ。うまく付き合おうとすると辛いかもしれないな。あいつのペースに追いつけるといいな~」
アドバイスはありがたかったが、本人に聞かれていたらとのぞみはハラハラしながらジェニファーの背中を目で探した。幸い、近くにはおらず、入り口から誰かと出ていったらしかった。のぞみはまだ自分のチームメンバーの情報をしっかりと読みこんでいなかった。
「そ、そうですね」と修二に相槌を打つが、笑いかける余裕はなかった。
「何とかして追いつきます。それより不破さん、第一班ですよね?早く行かないと叱られますよ?」
「アハハ!そうだな!じゃ、また後でな」
修二はニッコリ笑って手を振ると、一瞬で目の前から消えた。
のぞみは溜め息をつく。初めてのチーム戦だった。心には不安の芽が出てきそうになっていたが、気持ちを抑えこみ、深く深呼吸すると、前を向いた。
(とにかくチームメイトを信じて、私は全力でサポートしよう。そうすれば、何とかなるよね……)
第一班は、A組、E組からそれぞれ3チームずつで、すでに出発した。後発のチームにネタバレしないよう、ダンジョン内の映像は非公開になっている。第二班の出発まではまだたっぷりと時間があった。
のぞみはルートマップを見ながら、どんなダミー魔獣が現れるか、どんなスキルを繰り出すべきかなど考えていたが、考えは空回り、うまくまとまらない。緊張が和らがないのぞみの耳に、聞き慣れた、細く柔らかい声が聞こえてきた。
「のぞみさん、何を考えてるんですか?」
長考を打ち切り、のぞみは藍に目線を合わせる。
「えっ、特に何もないよ。可児ちゃんはどのチームになりましたか?」
のぞみの返答に藍ははにかみ、両手を後ろで組む。
「のぞみさん、私たちは同じチームですよ!あとはツィキーさんとヌティオスさん、ティソンさんです」
見知った心苗ばかりがメンバーで、のぞみは少しホッとし、体の緊張も和らいだ。
「よかった、嬉しいですね!」
藍は後ろで組んだ両手を離すと、右手を胸元に添えた。
「私、初めてのチーム行動なんです。改めてよろしくお願いします!」
のぞみにとっても藍と同じチームになれたことは、何よりの幸運だった。転校依頼、不運続きだったのぞみは心を込めて神に感謝した。
「はい!可児ちゃんが一緒なら心強いです!」
「のぞみさん、それは私のセリフです。のぞみさんが操士のスキルを使えば、とっても頼りになると思います」
のぞみは藍の長所を思う。いざという時に、負の感情を捨て置き、全力で人と対峙できること。クラス上位の心苗から理不尽に暴力を受けても心折れず、一つ一つの戦いで自分のできることを積み重ねていくこと。のぞみには、無理なことばかりだった。
尊敬する親友の姿を見て、のぞみはふと、問いかける。
「可児ちゃん、そんな剣持ってましたっけ?」
帯に差しこんだ鞘を取り出し、藍はのぞみに見せる。
「ええ。これは、スイたんと言います」
「スイたん?」
ペットのように可愛らしい名前を、のぞみは面白がった。
「七星翠羽。父からの贈りものであり、先祖代々継がれてきた、形見とも言えます」
直線的な黒鞘には、金属でできた竜の鱗と雲の紋様が、緑色の光を反射している。純度の高い翡翠が付いているのだ。柄の末に黄緑の穂が垂れた華麗な装飾を見ていると、実戦用というよりは、儀式やお祀りで使う法具に近いのだろう。その宝剣は、直視していると光が激しく揺れた。のぞみは、藍と生家の強い絆を感じた。
「それは可児ちゃんにとって大切なものですね」
「うん、いつもポケット納屋に収納して、どこへでも持っていってるんです。本当は中間テストまで使わないつもりでしたが、技も武器も制限がないということだったので、実戦で試す良いタイミングだと思って」
スイたんを見ると、藍は落ち着いた表情になり、鋭い目をした。
「スイたんはきっと可児ちゃんの力になりますね」
「いえ、私はまだスイたんの秘めた力を引き出せないと思います。でも、いつかきっと、スイたんが皆の力になるようにします」
年下とは思えない覚悟に、のぞみはゾクリとした。いつも愛情深く、可愛らしい藍だが、ハイニオスに通う心苗である以上、それだけではないのだと改めて思い知らされる。つい外見で判断してしまいそうになる自分を、のぞみは反省した。
「可児ちゃん、私たちの順番はまだ先ですが、準備室に行きませんか?」
「そうですね!」