113.アース界の近況
藍の自虐ネタはそこそこに、悠之助が楓に話題を振った。
「姉貴、そういえば、地球界の様子はどッスか?」
「海外には行けなかったけども、ヒイズル州に関しては、前より大変だべ」
京弥も関心が高いらしく、耳をそばだてている。
「何かあったのか?」
「異端犯罪者関連の事件が増えたせいで、源使いを受けつけないガフがこれまで以上に増えたべ」
「そんなにやばいっスか?」
「んだな。だども、もっと深刻な問題は、源使いとウィルターの混同だべ?」
楓の話を聞くと、京弥はカッとなったように顔を赤くした。
「んだと!それなら、俺らが地球界の時間で30年もの年月をかけて、わざわざアトランス界まで留学する意味がねぇじゃねぇか?!」
ガフというのは、源気を使えない、感じない人々の総称だ。
地球界ではいわゆる一般人であるガフたちや、憲法の擁護派の意見を尊重するため、ウィルター養成施設が次々に廃校となった。そのため源使いたちは、ローデントロプス機関や、政府の各ウィルターギルド、または民間の自治団体に認められるか、アトランス界まで来てセントフェラストを卒業するかしなければ、ウィルターとして認められないことになっていた。
聖光学園にいる地球界出身の者の一部にとって、ウィルターとして認められることは、生存権の保障ともなる重大なことなのだ。
「姉貴、それ、マジッスか?」
「本当だべ。海外の各州のことまではわからないけども、ヒイズル州内ではそう思っているガフが急激に増えたんだべさ。きっと誰かが、意図的に、変えようとしてるんだべ?」
「それってつまり、全ての源使いがウィルターって呼ばれるようになるんスか?でもそれって、何が悪いんスかね?」
「まだわからないのか?」
「島谷さん」
いつの間にか教室にいた真人が立っていた。
「「源使い」という言葉は、異端犯罪者をも内包している。その情報操作のやり方を使えば、そのうち、「ウィルター」=「異端犯罪者」と認知される日が来る。速形はそういうことが言いたかったんじゃないのか?」
「んだんだ!相変わらず真人ちゃんは鋭いべさ。すぐに核心を突くんだべなぁ」
「それくらいわかるだろ。あと、その呼び方はやめないか?一つ年下というだけなのに、未成年のように扱われるのはごめんだ」
浮かない表情の真人は、言葉にも棘がある。
「別に年齢は関係ないべ?親しみをこめただけだべさ」
「……好きにしろ」
「あれ?拗ねちまったべか?めんこいなぁ」
あまり深刻さのない楓だったが、初音は両手で顔を覆って、不安げな様子だ。
「今の話だと、せっかくセントフェラストを卒業しても、ヒイズルに帰ったら異端犯罪者扱いされるってことですか?そんな……」
きちんと認定を得るために来たセントフェラストだ。悪人扱いされるなど、普通のウィルターにとっては納得できないだろう。しかし、事態によっては地球界に戻ることすらできないかもしれない。
初音はネガティブ思考に陥っているが、のぞみはまだ事態がそこまで展開するとは考えていなかった。
「でも、そこまでの状況になるでしょうか?連邦政府の憲法は、全ての地球人を守るためのもののはずです。一方に傾くなんてこと、本当に起こりうるでしょうか?」
「先のことなんてわからねぇけどよ。たしかなのは、俺たちが源気を使えるってことと、法律はガフの側に付くってことだぜ」
「まぁ、ローデントロプス機関が存在する限りは、法的公正は守られるはずだべ。冤罪の証拠さえあれば、無罪判決も出るべさ。私たちは、聖光学園の心苗として、その誇りを持って、ルールを守っていれば何の問題もねぇ。力のないガフたちは不安なんだろうから、受け入れてもらえるまで、努力するしかないべ」
心苗のルール条例は、以下のようなものだ。
・源の力を使い、スキルを習得した心苗は、一般人よりも大きな力を持つ。そのため、普通の状況下では、一般人に手を出すことを禁じる。
・ミッションの目的を達成するためであっても、依頼に無関係な人物、生物、国、該当団体組織に対し、殺傷行為を行うことを禁じる。また、有形無形問わず、無断で資産を壊滅させる行為も禁じる。
・一般人から悪意ある言動をとられた場合にも、相手を尊重し、武力を使わず耐えること。相手が攻撃行為を行う場合には、争いを鎮めることを前提とした、最善の処置を取ること。やむを得ず抵抗する場合にも、相手への傷害は最低限度に抑えること。また、一般人の殺生は禁じる。
・一般人を一人、または複数殺生したり、大量殺戮をした場合には罪が科せられる。状況により、重罪にもなる。
このように、一般人に対して手出ししないことは、心苗として、そしてウィルターとしてのルールだ。
だが、ルールを叩きこまれていてもなお、ガフにばかり都合の良い印象操作に、京弥は苛立つ。
「けっ、ガフなんかとは二度と関わりたくねぇぜ」
初音もかつて、ガフによって散々傷つけられた。それでも京弥のように素直に嫌悪を主張することができず、悠之助にお鉢を回す。
「吉田さんはどう思いますか?」
「う~ん、わかんないッスね。とりあえず今はまだそんな事態にはなってないですし、そうなったら、なった時に考えれば良いんじゃないっスか?」
悠之助はいつもの通り、気楽な答えだ。
のぞみには中学までガフとの共学経験がない。天衣からも学校ではかならず源気を抑えておくよう何度も言われたため、目を付けられることもなかった。だから、のぞみはあまり、ガフに対する嫌悪感を持っていない。
「吉田さんは前向きですね?」
悠之助の意見も、そう受け止められたのは、のぞみの育ちの良さだろう。
「そッスか?まー、もし最悪の事態になったら、アトランス界で生き続ければいいッスからね」
それを聞くと、藍は悠之助をからかった。
「吉田さん、本当はガフのことなんてどうでもよくて、ただアトランス界の住民になりたいだけですよね?」
藍の辛辣なイジリに、悠之助は頭を掻いて笑っている。
「まあ、それは否定できないっスね!」
「それなら少しは真面目にバトルを受けないと。そんなゆったりした生き方では、そもそも卒業も怪しいんじゃないか?」
真人の指摘はさらに鋭く、悠之助は冷や汗を拭う。
「何で島谷さんはそっちに話を進めるんスかね?」
「ま、悠之助ちゃんの言うとおり、今考えても仕方ない問題は投げとくに限るべ。それよりみんな、今日の戦術実行論の実戦演習、気を抜いてるわけじゃねぇべ?中間テストも近いし、腕試しだべさ」
「中間テストって、普通のテストですよね?」
ハイニオスに来てまだ月日の経たないのぞみは、初のテストについてまだ概要を掴めていない。
「のぞみさん!一ヶ月後の中間テストでは、ランクの再鑑定がされるんですよ!ランクが上がればもっとミッション依頼を受けることもできます。それに、三月から二年生の心苗は、恒例闘競も解放されます!中間テストの成績は、その後の三ヶ月、誰と対戦できるかにも関わってきます。テストは私たちにとって一大事なんですよ!」
藍の感情的な発言に、のぞみはようやく事の重大さに気付いた。
恒例闘競は、プロ選手の試合のように、毎週八日目に誰にでも機会が与えられる。他学院の心苗とでも受けられるため、他の属性の心苗と戦うチャンスだった。
闘競に興味のない心苗もそれなりにいるが、武力第一の闘士にとっては、そしてミッション依頼を受けていない心苗にとっては、恒例闘競の成績は、自分の評価を上げる唯一のチャンスと言っていい。
中間テストの結果、高い評価を受けることができれば、他学院のエリートと手合わせするチャンスも増えるのだ。ハイレベルな闘競になれば、優良な人材として、ミッション依頼だけでなく、仲間ができたり、民間や公の組織にヘッドハンティングされることもあり得る。
中間テストはいわば、ウィルターとしての登竜門なのだ。早いうちに才能を見出し、発掘してもらうことができれば、人望も厚くなり、APポイントもたくさん稼げるようになる。
そのため、一ヶ月後に控えた中間テストは、心苗たちにとってとても重要なものだった。
しかしのぞみは、基礎スキルの強化訓練や対人戦という初歩的なところで躓いている。
「それは大変ですね……」
精神的に負荷がかかり、重い顔になったのぞみだが、初音はさらに暗い顔をしている。
「楓姉さんと同じチームに入れたらいいのに……」
楓は初音の頭を撫でてやり、優しい声音で言う。
「初音ちゃん、それは私には決められないんだべさ。だども、どちらのチームになっても、私と共闘できるくらい、しっかりと戦えるように準備しておかねばだべ?」
激励され、初音は顔を上げる。
「はい」
楓に頭を撫でられながら、初音は心地よさげに笑顔をこぼした。
「皆も気を抜かず、戦うんだべ!」
「おっス!」「はい!」「おう!」
と、それぞれが声を出し、実戦演習に向けて、士気を高めあった。