111.速形 楓 ①
いつの間にかのぞみの手作りパンを食べている楓が、二人の会話に参加してきた。
「しっかし、このパンさ、餡こが入ってんだべな。本格的な湯種の食感で、なまらうまいべ!」
のぞみは楓に向き直る。
「やぁ。私は速形楓。ミッション依頼ばっかり受けてるもんで、クラスにはあんまり顔出してないんだ。まあ仲良くしてくれ」
親和的な楓の挨拶に、のぞみも細い首を振った。
「はい、私は神崎のぞみです。速形さん、よろしくお願いしますね」
「私もヒイズル州出身だべ。私は北海道だが、神崎さんはどこの出身だ?」
「出雲郡です」
「ふ~ん」と言いながら楓はのぞみに近付く。愛玩するようにのぞみを眺めまわすと、喜びを顔に出した。
「聞いてたとおり、めんこい姫巫女だべな」
コミルものぞみの家系について詳しかった。のぞみは楓の言葉に疑問を抱く。
「速形さん、私の出自をご存じですか?」
「いんや、何にも。ただ、のぞみちゃんの剣術を見てっと、足運びが神楽に似てるべ?フミンモントルから来たっていうから、どっかの神社と関わりのある筋なんだべ?」
楓はどこかの機関から情報をもらったのではなく、自分の得た情報と推論で、のぞみの出自についてある程度、導き出したらしい。
慣れない言葉遣いに、つい反応を鈍くしながらも、のぞみは応えた。
「たったそれだけでわかったんですか?」
「わずかな情報からでも、得るものは多いんだべ」
藍も感心したように頷いた。
「速形さんは、賢い方ですね」
のぞみも憧れるような目で楓を見た。
「まるで探偵ですね」
「はは、そういえば初音ちゃんから聞いたんだけど、この前の宣言闘競、よくやったべなぁ」
いきなり宣言闘競の話になり、のぞみは苦笑した。
「はい……負けましたけど」
「結果はしょうがねぇべ。それより、作戦と技が面白かったべ?対人戦が苦手で、あそこまで戦えるなら上出来だな。あれは操士の技だべ?」
「はい、でも……」
あれからものぞみは、挑戦闘競の時に源で物を創って戦ったが、一部の闘士からは『怪脚』と認知されている。操士のスキルに頼った戦いは、ここでは異端なのだ。のぞみは闘士のことをもっと知りたかった。新たな可能性を広げたくて、金銀の刀も盾も創らず、代わりに実物の刀と盾で戦ってもみた。
だが、初心者向けの安物の武器では、源で強化するコツがわからず、相手が会心の一撃を繰り出すと、たちまち盾は破られ、敗北することとなった。
何度戦っても、いつも同じ形で負けた。元々のぞみは多角的で意図を読ませない戦い方に優れていたが、それすら見失っていた。作戦を練る時点で問題があるのか、強化訓練のやり方を一から考えなおすべきなのか、わからなくなっていた。
途方に暮れたのぞみの顔を見ると、楓はクリアたちの策がうまくいっていることに気付いた。言葉で惑わせ、心を折れば、実力を発揮することができず、徐々に負のスパイラルに陥る。手を下さずとも勝手に相手が落ちていくように仕向けることで、クリアたちは自分の順位を保っているのだ。
クリアの悪態に抗えない一部の心苗たちも、目を付けられたくない一心で従順にしており、やがてイジメにも加担するようになる。
楓はわずかに目を細めた。
「のぞみちゃん、一つわかってほしいんだけども。ここは地球界のヒイズル州ではないんだべ。好き勝手に主張することが許される世界なんだから、周りの人の言葉をいちいち全部気にするなんて、はんかくさいべ」
楓の忠告のすべてをわかったわけではないが、のぞみはその意味を少し、理解した。
「そうですね」
「自分の想いを大切にして。惑わされるようじゃだめだべ」
「はい、心に銘じます……」
見られている気配に楓が振り向くと、蛍が目を逸らした。
不自然な仕草を見ていると、楓は高校生の頃を思い出すようだった。眉が悲しげに寄り、胸に何かがつっかえているようだ。
「楓姉さん、おはようございます!」
「や~、初音ちゃん、おはよー」
面白かったかも、と思われましたらフォローや評価をよろしくお願いいたします!
ポチっていただければ、執筆意欲がもっと湧いて参ります!
引き続き連載していきます。よろしくお願いいたします。