10.Truth or dareゲーム ①
心苗たちは義毅の言葉を聞くと教卓から退いた。義毅の存在が強すぎるせいで、隣に立つのぞみの存在に今さら気づいたように、心苗たちが一斉に顔を向けた。
「おお!お前が噂の転入生か?」
修二がのぞみに視線を定める。
「可愛いじゃん!」
裏表のない修二は、素直に感想を言った。
それを聞いて、クラークをはじめ、男子たちはのぞみの全身に目を滑らせる。
「プリティブービィーブーディガールじゃないか?」
フォランがのぞみの素朴さに色気を感じて言った。
単純な男たちの反応に白けたように、女子たちはのぞみの体格を見て品定めする。
「見た目は普通に可愛いかもだけど、正直弱そうだよね」
「こんな華奢な子、うちのクラスの戦力になるの?」
賛否の声が上がる教室の前方に、一人の女性がやってきた。
ティフニー・リーレイズ・ハヴィテュティー。
鋭く長い耳を持ち、ほとんど白といっていいような金髪を膝裏まで伸ばすその女性は、クラスみんなを癒やすような笑みを浮かべて自分の主張を述べる。
「みなさん、全ての出会いには必ず意味があります。だから、外見だけを見て、色眼鏡をかけて人を評価するのは如何なものでしょうか?」
「ハヴィテュティーさん!」
彼女がやってくるだけで、その空間には、ぽわんと和やかな空気が漂う。
首筋に浮かぶ青い文様と咲き誇る百合のような香り。ウルスの飾りをつけた彼女はミーラティス人であり、そしてこのA組の委員長を務めている。
担任である義毅は、その破天荒な性格と教育方針から、反発する心苗も少なくない。義毅の授業はいつも乱れがちだが、ハヴィテュティーがいることで統率が取れるという面が大いにあった。
「みんな、一度、席に戻りましょう?私は彼女の自己紹介が聞きたいわ」
女神のごとく無垢な微笑みを見ると、クラスメイトたちは戦意も怒りも消え失せてしまい、癒された気になってしまう。だから、彼女の意見が自分の意見と食い違っていても、反論する気持ちにはなれなかった。
心苗たちはほとんど暗示にでもかかったように、それぞれの席に戻る。
教卓の周りに詰め寄せていた心苗たちが引いたことで、のぞみは衆目に晒されることとなった。
「さ、子猫ちゃん。前に立って、自己紹介してくれ」
のぞみは教卓の前に描かれた円の中心に立ち、目線を左右に振る。寝ている者もいれば、のぞみのことなど無関心だという態度の者もいた。転入生に関心のある心苗は、わずか三分の一といったところだろう。のぞみは息を吸って、自己紹介を始める。
「フミンモントルから転入してきました、神崎のぞみと申します。出身は地球界・ヒイズル州の出雲郡です。得意スキルは剣術、趣味は料理を作ることです。ハイニオス学院のことは、まだまだわからないことが多いので、何かとご迷惑をおかけするかと思います。みなさん何卒よろしくお願いいたします」
のぞみは丁寧なお辞儀をした。
横に立って見ていた義毅が、うーむと頭を掻いて言う。
「神崎、それで終わりか?」
「え?はい、言いたいことは言えました」
「お前は少し硬すぎるな。相手はクラスメイトだ。企業の新入社員研修とは話が違うんだぜ?」
「何か不十分なことでもありましたか……?」
「ハハ。じゃ、満を持してのTruth or dareゲームの時間にしようぜ!」
義毅はジャケットを脱ぐと、手品のように一瞬にして青のボディスーツに着替える。腰には滑稽なほど太い金色のベルトを締め、五、六本の触手の飾りがついた帽子を被った。そして、トレードマークのワンレンズのサングラスをかけ直すと、心苗たちに向き直る。
怪人のコスプレのような姿は、隠し芸大会かなにかの司会のようにも見えた。
義毅のコスプレ姿を見ると、心苗一同は思い思いに叫んだ。
「トヨ猿、またあれ?」
「ええっ?マジかよ~」
「いいだろ?俺は楽しみだぜ!」
女子たちがげんなりした顔で口々に言う。
「やだー、またあの怪しいゲーム?」
「いくらなんでも転入初日に犠牲者にさせられるのは酷じゃない?」
「かわいそうに……」
心苗たちの抗議の声などつゆ知らず、義毅はやる気満々の様子で言う。
「さあ、今日は新入りの神崎が最初の挑戦者だぜ」
のぞみはクラスメイトたちの様子を見ていて、ようやく彼らがなぜ自分の自己紹介に無関心を決めこんだのか察した。義毅の悪い癖をよく知っており、巻きこまれるのが嫌なのだ。
反してサングラスの奥の瞳をきらきらと少年のように輝かせる義毅の様子に、のぞみは苦笑いをして問いかける。
「先生、それはどんなゲームですか?」
「名前の通りだ。聞かれた質問に対して真実を答えるか、未知の挑戦を受けるか。挑戦者はその二択から選ぶだけさ」
「挑戦者は無条件に質問を受けなければならないということですか?」
「お前は剣術が得意なんだろう?ここにソードの打ち合いセットがある。これで一本勝負をしてもらおう。勝者は敗者に対してどんな質問でもできる権利を持つ。一本の勝ちで、一つの質問だな。負けた者は、その質問に正直に答えるか、それとも服を一枚脱ぐかを選ぶことができる」
「挑戦って、服を脱ぐってことですか!?」
のぞみは想像して顔を赤らめる。
「神崎、チャレンジにはスパイスが必要だ」
「スパイス?」
「神崎はよく料理を作るらしいな?スパイスは料理に豊かな風味を与えてくれるだろう?戦いも同じさ。ペナルティーがあることで、真剣になれる」
「それは、そうかもしれませんね……。でも、先生と何度も打ち合いを?」
「ゲームに勝てば、さらにゲームを続けるか、他の誰かを指名して交代するか選べるぜ」
「打ち合いの勝敗はどのように決まりますか?」
義毅は意外に食いつきのよいのぞみに満足した様子で、教卓の下に内蔵されている棚から、事前に用意したヘルメットを取り出し、手渡す。
「まずはこのヘルメットを被ってくれ。リングのステージに入れば、教室の機元端システムが作動するから、あとは全てお任せだ」
ヘルメットの上部には花がついている。アタックされれば花が立ち上がり、負けを意味する。義毅が被っている帽子も似たような仕組みになっているようだ。
のぞみはまだヘルメットを被らず、両手で持ったまま、少し考えて言った。
「先生、有効部位は?」
「ハハ、神崎は真面目だなあ。そうだな、今日はシンプルに、頭か肩か小手を打たれたら、勝負ありということでどうだ」
「なるほど……。でも、先生を相手に、転入したばかりの私では勝ち目がないように思いますが」
言動や外見は軽佻浮薄だが、セントフェラストの教諭になれるという時点でただものではないはずだ。のぞみのまっとうな意見に対し、義毅は薄笑いを浮かべながらハンデを与える。
「いいだろう。ならば、俺は利き手の右手を使わず、両脚も動かさない。このゴルミンソードを有効部位に当てさえすれば、ダメージの大小に関係なく有効ということにしよう。それでどうだ?」
義毅は自分が先に円柱状のゴルミンソードの柄を持ち、もう一本をのぞみに渡す。太さは缶コーヒーほどなので、片手でも両手握りでも自由に調整できる。
のぞみが上のボタンを押すと、柄の先端から透明の棒状の刃が伸びた。完全に透明に見えたその刃は、のぞみの体温に染まるように、薄い椿色に変わる。
これは子供が遊びに使う玩具の打ち合いセットだ。のぞみは自分が手に持つゴルミンソードを見て、義毅に訊ねる。
「もし私が勝ったら、先生に何でも質問していいんですか?」
「当然だ、俺が負けたときは、どんな質問でも受けてやるぜ」
教室内は異様な空気になっていた。
単純にゲームを楽しんでいる者もいたが、転入生が一人増えるというのは、クラス内順位に変動があるということを意味する。一部の心苗にとっては、それは脅威であり、最大の関心事でもあった。
教室中の視線を浴び、不穏なプレッシャーに圧迫感を覚えるのぞみには、ゲームを受けないという選択肢はなかった。
「わかりました、お手柔らかにお願いします」
義毅が教卓のディスプレイを操作すると、前方に、厚さ50センチほどのステージが浮上しはじめる。ステージは1メートルほどの高さまで持ち上がると、そこで停止した。直径3メートル程の狭い円形のステージには逃げ場があまりない。組み手や基本の構えなど、示範演習にはいいだろうが、今回のような打ち合いでは良くも悪くも勝敗がつきやすい競技場となった。
ステージの外周に光が灯る。競技中、飛び道具などの技がステージの外にいるものに及ばないようにするための結界だ。
さらに、ステージにはセンサーがついており、打ち合いの判定を下す機能を持っている。
剣術に関心の強い心苗たちが立ち上がり、ステージの近くまで寄ってくる。藍もそのうちの一人だった。一方で、クラスの上位を占める優等生たちの多くは、ゲームに関心がないのか、ドミノタワーを作ったり読書をしたり、碁を打ったりして過ごしている。それは、プライドの表れでもある。このふざけたイベントに介入するつもりはないという主張なのだ。
のぞみはソードを翳し、真剣な笑みを浮かべた。気を落ち着かせ、自然体で構える。
一方の義毅は、フェンシングの構えのように体を傾け、左手にソードを持つと、挑発するように先端で何度も円を描くように動かす。
「神崎、どうした、攻めてこないのか?」
「どうでしょう?」
義毅の動きを観察する。右手と両足は動かさないルールだから、義毅の構えに対して真正面から攻めるのであれば、狙うのは頭、左肩、左の小手の三箇所しかない。
ここは闘士を教える学院だ。心苗を教える立場にある教諭が、そう簡単に打たれるはずがない。ハンデをもらったとしても、考えなしに攻めると返り討ちにあうだろう。そう思ったのぞみは、自分にチャンスがあるとすれば、義毅が攻めに転じた一瞬の隙を狙うことだと考えた。だからこそ、焦って攻めることをやめ、攻撃を待つ。
「攻めてこないなら!」
義毅の動きに合わせ、瞬時にソードを打ち出す。
フェンシングさながらの刺撃を、のぞみは渾身の払いで止める。
よし、このまま……!と攻めに転じようと勇んだ瞬間、肩に衝撃があった。のぞみにはソードの太刀筋すら見えず、ただ、肩をぽんと叩かれたような軽い感触だけが残っていた。
「えっ?」
ヘルメットの上の花が立ち上がり、困惑したような声が漏れる。
「ハハ、一本取ったぜ!さ、まずは神崎、お前の好きな男のタイプを教えてくれ」
頭に花を生やしたのぞみを、心苗たちが笑った。
のぞみは、もっと深刻に恥ずかしい質問が繰り広げられるものと思っていたので、少しだけ安堵もした。ヘルメットについた花を押し戻しながら質問に答える。
「そうですね。心が寛大で、私より強い方が好みです。この答えで十分でしょうか?」
「良いぜ、次だ」
「はい、よろしくお願いします!」
のぞみは先ほどよりもさらに集中する。義毅からの初めの斬撃を止め、二度目、三度目の攻撃も抑えたと思った矢先、今度は右腕を打たれた。
「また一本!」
「嘘!?」
のぞみは目を丸くさせて言った。のぞみは、義毅の攻撃が最小の威力になるよう押さえこみ、攻めに転じるよう高速でソードを振ることを心がけていた。それでも、義毅の動きはのぞみには感知できないほどに速いのだ。
「次の質問だ。神崎、スリーサイズを上から言ってみろ」
さっきの質問が案外普通のもので油断していた。のぞみは顔を真っ赤にして異議を唱える。
「クラスの心苗の身体情報は、担任の先生なら医療部の健康診察データで調べられますよね?」
「おいおい神崎、わかってねぇな。この質問は俺のためのものじゃないさ。この教室にいる皆が仲間だって、言っただろ?俺は皆を代表して訊いてるんだぜ」
ステージの下では男子の心苗たちが興味深げな顔でのぞみを見上げている。今ここで、スリーサイズなんて言えない……。のぞみは耳まで赤く染め、少し小さな声になって言う。
「それは秘密です」
のぞみはルールに則り、右の靴を脱いだ。
そして、ちょっと悔しくなり、リベンジを心に決めた。
「さあ、次です、先生!」
のぞみはソードを構えながらステップを左に移し、義毅の正面から攻める。まっすぐに面を攻めたつもりが、義毅はサッと天を仰ぐように身を反らし、のぞみの攻撃を躱した。
「えっ?!」
義毅の体は驚くべきしなやかさだった。のぞみはこれだけ動きを封じられてなお、そんな避け方ができることに単純に驚いていた。
義毅はのぞみが驚きのあまり隙だらけになっているところに、姿勢を直す勢いに任せてヘルメットを打つ。その刺撃に容赦は一つもなく、感度の良いセンサーがピコリと花を立ち上げた。
「神崎どうした、もう三本目だぜ?」
のぞみは少しムキになっていた。質問を手短に済ませ、早く次の挑戦をしたかった。
「そうですね、次はどんな質問ですか?」
「そうだな、神崎は風呂に入ったら、どこから洗うんだ?」
「秘密です……」
のぞみが顔を火のように赤く染め、左足の靴を脱ぎ始めたとき、綾は、後ろからの囁くような声に振り向いた。
「あの子、このままじゃ全部脱がされちゃうね、大丈夫かな?」
綾に話しかけた少女はルル・ドイル。赤色の髪の毛を肩まで下ろし、右側だけサイドを三つ編みにして、耳の後ろに流している。両方の手には、指と掌を自由に動かすことのできるグローブを着けていた。
ルルもまた、地球界の出身で、ノースブレタニ州が故郷だ。彼女の成績はクラスで13位。ルルは机の上に座って、足を組んだまま綾に話しかける。
「負け戦にガチで挑むのは、ただのアホやな」
呆れ顔の綾に、ルルはステージを見ながら続ける。
「でもさ、あのエロネズミボウズ、いつもは二、三本取ったら誰か指名するのにね。いつまでやる気なんだろ?」
「ただただ下ネタかまして楽しんでるだけやない?」
「いや、ネズミボウズのことだからな。ふざけたように見せかけて、他の意味があるんだろう」
さっきまで碁を打っていたライが、横から声をかける。
「下ネタに意味なんかあるか」
ライは落ち着いた口調で持論を展開する。
「ネズミボウズは「馴染みの魔法」をかけているのさ」
綾は眉をひそめる。
「「馴染みの魔法」?あのエロネズミボウズは100%、生粋の闘士やろ。魔導士でもないのに奇術なんかできへんはずや」
「そうじゃなくて。このゲームに参加することで、転入生という異物である彼女は、このクラスにうまく溶けこむだろ」
それを聞いて綾は、ステージの義毅に目を向ける。そこにはいつもと変わらない軽率で飄々とした担任が、転入生と向かいあっている。
「ホンマか……?」
綾は信じられない思いだったが、実際、ステージの周りにいる心苗たちは、何度でも義毅に挑戦するのぞみに対して少しずつ心を動かされはじめている。応援する声が段々と増え、教室に一体感が生まれている。ライのいう「馴染みの魔法」は、A組全体を包もうとしていた。
ふと、綾は自分が同じように義毅に負かされつづけたときのことを思い出す。
今ののぞみと同様、何度挑めど、赤子の手をひねるように負かされ、一つの勝ち星も獲れず、破廉恥な思いばかりさせられた。しかしこの苦い経験は、綾に強くなりたいという闘士としての精神を増強させた。
一年の第三期に学院分けが行われ、二年生最初の実技項目の成績ではクラス25位だった綾を7位にまで上がらせたのは、自分に厳しい綾が克己心から始めた稽古と強化授業によるものだ。だがその努力が義毅の「魔法」によるものだとは、綾は思いたくなかった。
ルルは打ち合いの様子を見て、のぞみを評価する。
「あの子、あのネズミボウズに何度でも挑むってところは、多少、根性はあるのね」
ルルの言うように、のぞみは何度でも挑戦した。のぞみの攻撃は一つも義毅に当たらない。初めて源を感じたときのこと、今着ている下着の色など、のぞみは訊かれたくないことばかりで、質問の答えはほとんど全てがシークレットだった。そのせいで、もうのぞみは靴下も脱いで裸足になり、スカーフとベルトも取り外していた。
義毅が頭を触って、うーむと唸る。そして、ステージの下で観戦しているクラスメイトたちに訊く。
「俺にはもう質問がないみたいだ。お前ら、神崎に聞きたいことはないか?」
待ってましたとばかり、修二が手を挙げる。修二はのぞみが気になって仕方なかった。
「はいはい!」
「不破か。俺の代わりに好きなことを訊いてくれ」
修二は明るい声で言った。
「操士って、五つの属性があるんだよな?神崎はどの属性なの?」
義毅は、良い質問だな、とばかり頷き、のぞみの方を見る。
「さあ、神崎。答えてくれ」