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ウイルター 英雄列伝 戦場のガーベラと呼ばれた巫女  作者: 響太C.L.
日常鍛錬に隠す殺意篇 上
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104.夕食、推測、通念捜査

夜になり、シャビンアスタルト寮第28ハウスは夕食の時間を迎えていた。食卓にはすでに色とりどりの品が整えられており、美しい盛りつけと香りが食欲をそそる。6人が揃うと、食事が始まった。


 のぞみがチャレンジプログラムの最中に狂人男の猛攻に遭ったことを話すと、ミナリはフォークを持つ手を止め、別の手で口を塞ぎ、耳と尻尾を固く立てておぞましげな表情になった。


「のぞみちゃん、そんな怖い戦いに遭ったニャー?」


 毎日ボロボロになって帰ってくるのぞみを見て、イリアスも闘士(ウォーリア)の訓練環境を地獄のようなものと勘違いしていた。


「闘士の授業ではバトル訓練がメインってよく聞くけど、そこまで追い詰めるなんて、ハイニオスは転入生に辛辣すぎない?!」


 のぞみは綿密な実技稽古の疲れにも、強化訓練を受けるプロアスリートのように少し慣れてきていた。ミナリやイリアスの心配に、のぞみは苦笑いして答える。


「違うよ、イリアスちゃん。きっと何かのトラブルです」


戦闘経験のある(ヨウ)とガリスの反応は、ミナリやイリアスよりも落ち着いている。


「身体的に鍛えること、技の訓練、それに実技戦闘まで。それらを何度も繰り返すのは闘士(ウォーリア)心苗(コディセミット)の日常だろ。それは良いとして、神崎さんが遭遇したっていう狂人の男。そいつが他の心苗たちのところには現れなかったということには違和感があるな」


 思案顔の楊を気にしながら、ガリスがミュラに訊ねる。


「これって聖霊の与える試練ではないですよね。ミュラさんは何かご存じですか?」


「そうね。施設に憑いている聖霊の意思なら、きっと事前に指名者と接触するはず。気に入らない者なら、施設に入った時点で何らかの手段を取って、立ち入ることすら許さないでしょうね。そうするとおそらくは、暗殺の一つの手段と考えるのが自然ね。私もティフニーさんから現場の状況を『念話』でもらったけど、情報が少なすぎてまだ何も判断できないわ」


「ミュラさんはハヴィテュティーさんとお知り合いですか?」


「そうよ」


 二人が直接会って話す場面に出会ったことのないのぞみは、戸惑いの表情を浮かべた。


「神崎さん、きっと二人は通念力で交流しているんでしょう」


 のぞみはガリスの意見に頷くと、またミュラを見た。


「そういうことでしたか。ミュラさんもミーラティス人の能力を譲り受けているんですね」


「ええ、小さい頃にミーラティス人の国で住んだこともあるの。その国では、誰もが自然と通念で交流していたのよ」


ミーラティス人は、人種を問わず皆、通念力を持っている。二人での交流はもちろん、多人数での交流も可能だ。この、心の裏側で繋がるコミュニケーションネットワークは遠い昔から継承されている能力で、三人以上が集まって、思念の強化を行えば、数千万ペード離れた場所にいる者にでも伝達が可能となる。

 ゆえに、ミーラティス人の間には秘密というものがなかった。そのため、通念で話しあえばすぐに友好関係を結べる。種族を越えての通念交流は、ミーラティス人にとっては当たり前だったが、普通の人間には聞き取りしかできない。魔道士(マギア)の人間の中で一部、修行によってスキル習得する者もいるが、タヌーモンス人の中ではこの能力に対する批判も少なくなかった。


 困ったように言いながら、ミュラはのぞみを見つめ、話題を戻した。


「ところでのぞみちゃんはその戦いで、相手の体と接触したかしら?」


 今一度、狂人男との戦いを思い出す。一方的に防戦を強いられたのぞみだが、男は何度も接近戦に持ちこみ、そのたび、間一髪で躱したのだった。


 のぞみは軽く首を横に振る。戦闘の対応に集中していたせいか、(グラム)の気配や実体の有無など、相手の正体についてあまり細かく覚えていない。


「いえ、接触はしませんでした。でも、あの異常で高圧的な源気(グラムグラカ)の感覚は、上級生以上のレベルだったと思います」


5人が話しているのを聞くともなく聞きながら、ミュラは緩く目を閉じる。そして、遠い場所で億にも届く樹齢の木の下で露天風呂に入っているティフニーに『念話』を送った。


(ティフニーさん。あなたの言うとおり、これは事件だと思います。もっと詳しい情報を共有していただけないでしょうか?)


 ティフニーのいる露天風呂は、岩のようになった木の根が壁になってできている。錬成強化した玄剛岩の石板で作ったこの巨大なお風呂場には、あちこちに穴が掘られ、それぞれが湯船になっている。お湯は、8メートルもの高さの根幹を伝って岩から流れ、水簾となって静かに流れている。お湯の落ちた先は、濃い霧が立ちのぼっていた。


 ティフニーは女子心苗たちが温泉に浸かっているのをぼんやりと眺めながら、自身も湯船に浸かり、リラックスした状態でミュラに応じる。


(ええ。あの時、男の形をした何かが現れる数秒前に、空間の歪みが起こりました。そして、その男には心も思念も魂もないようでした)


 ティフニーは、通念で自分の記憶をミュラに流しこむ。


(貴重な情報を知らせてくださり、ありがとうございます)


 ミュラは操士(ルーラー)としての力で、トートヌスの術を使って見ることもできる。だが、契約する聖霊の力を使うと、術者は源気だけでなく精神力も消耗することになる。それよりも、ミーラティス人としての本能的な力である通念力を使った方が、心身の負担なく情報捜査することができた。


 ミュラは目を開き、寮の皆の会話に意識を戻す。


「でも、これがもし本当に暗殺だとして、神崎さんには誰かの恨みを買ったとか、何か心当たりがあるんですか?」


 のぞみはしばらく考えたが、眉根を寄せ、困ったような顔をした。


「私にはわからないです」


「ちょっとガリス!のぞみちゃんは、わざと誰かに恨みを売るような人じゃないわよ!」


 楊は慎重な口調で反論した。


「必ずしもそうとは限らないだろ。親切でやったことでも、恨みの種を蒔いちまう時があるかもしれないからな。犯人が捕まるまで、真実はわからないぜ」


 イリアスはのぞみを擁護する。


「たとえそんなことがあったとしても、十中八九、相手が悪いじゃない!全く交渉もせず、いきなり手を出すなんてサイッテー!」


「イリアスちゃん……」


 力強く励ましてくれるイリアスに、のぞみは弱々しく笑いかけた。


「今もらった情報から考えると、のぞみちゃんが遭遇した男は人間ではないわね。おそらく、誰かが創った『幻影体』でしょう」


 ミュラの話を聞いて、のぞみは少し考えてから言う。


「それは、操士の仕業ということですか?」


 操士が創るもののなかには、生物も無機物もある。そしてもちろん、人の形をしたものを創ることもできる。『幻影体』は、人型のものを創るためのスキルの一つだ。


「ええ、恐らく相手は複数。少なくとも二人ね」


「ミュラさん、どうしてそう思うニャ?」


「その『幻影体』は、歪んだ空間の狭間から現れたの。それは、操士には不可能な技だもの」


「魔導士が仲間にいるってことか」


「そうね、空間を自由に操れるなんて、『章紋術(ルーンクレスタ)』しかありえないわ」


 源使いには4つの種類がある。操士、闘士、騎士(レッダーフラッハ)、そして魔導士。魔導士たちは自らの源をインクとして術式を発動させる。彼らが修行を積んで身につけるのが、章紋系統術(システマ・ルーンクレスタ)だ。空間を操る『章紋術』は、その中の一つの分野とされている。


「ですが、一般人なら、心苗であっても空間術の使用はルール違反です。魔導士の間でも、空間術の扱いは厳しく監視管理されているはずではないですか?」


「そうですね、本来は機関や学園の管理層が権限を与えない限りは使えないものです。ただ、違法な結社であれば、可能性はあります。そのような者であったとしても、プログラムのラウンドの区切りにピッタリと合わせて空間を開くなんて、タダ者ではありません」


話を聞きながら、のぞみは自然と俯きがちになる。不安げなのぞみが心配で、イリアスが楽観的な推測を立てた。


「相手のミスって可能性もあるんじゃないの?」


「術式の展開先を間違ったってことか?」


「その可能性はゼロではありません。ですが、もし相手が本気で神崎さんの命を狙っているなら、まだ生きていると知れば、きっとまた手を出してくるでしょうね」


「の、のぞみちゃんが危ないニャ!にゃんとかしないと、大変だニャー!!」


 真相がわからない以上、不安や恐怖を抱いたままでいるのは生活の支障になる。のぞみはイリアスの仮説を取りあげて気楽な風を装った。


「ミナリちゃん、大げさすぎるよ。あんまり悪い方にばっかり考えちゃうと、生活できなくなっちゃう。それに、もし誰かの失敗で起こったトラブルなら、私は許すよ」


 学園内にいる操士と魔導士のホミが連携訓練の最中に起こしたミスかもしれない。スキルが上達するまでには失敗がつきものだということを、のぞみは理解できる。だから、もしも心苗の未熟さが原因で起こったトラブルならと、のぞみは思うことにした。


「のぞみちゃんらしい考えね。でも、もしも事件性のあるものなら、これ以上、危害が加えられないことを祈るわ」


 ティフニーを通じて空間の歪みを見たミュラは、まだ心配そうな表情をしている。

 ガリスがミュラに向き直った。


「ミュラさん、これ、もし本当にヤバい事件だったら、学園の機関が必ず着手するはずですよね」


 楊も事態の深刻さに気付き、眉を吊りあげてのぞみに忠告した。


「ガリス、それは最善な展開だな。神崎さん。俺は神崎さんのポジティブ思考、好きだぜ。でも、用心はした方がいいんじゃないか?」


 寮内の雰囲気を変えたかったが、のぞみの思惑は外れ、重い空気がダイニングを包んでいた。


 その時、ギュ~ルル~~と、のぞみの腹の虫が盛大に鳴き声をあげた。ご飯を五杯も食べたというのに、まだ空腹だった。のぞみは顔を赤く染める。


「……まだお腹が減ってるみたい……。私、ご飯をよそってきますね」


 お(ひつ)は底が見えている。のぞみは席を立ち、お櫃を持ってキッチンへと向かった。


ここまでご覧いただきありがとうございます。

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引き続き連載しております。

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