103.ネズミ坊主流罰ゲーム ②
「カンザキ、お前、まだ飛ばされてないだろ?」
のぞみが振り返ると、四本腕の男が立っていた。
「ヌティオスさん。やってみてどうでしたか?」
ヌティオスは全ての腕を上げて、元気そうに笑った。
「楽しかったぜ!縄と踏み石をうまく使えば、何度も飛べるぞ!」
ヌティオスに向けていた顔をのぞみの方へと移し、藍が問う。
「のぞみさんはまだ、飛行系のスキルは身につけていないですよね?」
「飛行系スキルというと、一般のアクションスキルを基に、特化させたようなものでしょうか?」
メリルは陽気な笑いを上げ、飛行系スキルについて説明を始める。
「そうヨン、色んなやり方があるヨン。闘士の一番、典型的な飛行系スキルは『風行術』だヨン!ノゾミちゃんは毎日、重力倍増の教室で勉強していたから、今ならもっと体が軽く感じられるヨン」
「たしかにさっきのチャレンジプログラムの時、体がいつもより軽くて、動きも速くなっていました」
「その感覚から、次は空を飛ぶことに変えていくヨン。腕、手、指先、足の指の間から源気をしっかり出して、ドラゴンの翅みたいに伸ばすんだヨン。あとは、浮力と風を活かして、指の源の細かいコントロールで方向転換できるヨン!」
理論的には理解し、のぞみは想像する。すぐに試してみたくなった。
のぞみと藍も罰ゲームを受けることを決め、それぞれ二人の女子心苗に担がれ、速やかに投下された。
「うわあああああああ!!!!!」
のぞみは高速墜落の感覚に慣れるため、しばらくは高い叫び声を出した。目を下に向ける。強い風が柔らかい頬を打ち、栗色の髪はのぞみの気持ちのように高く舞いあがり、強く揺れている。
数秒間ののち、のぞみは冷たい風にも、落下のスピードにも慣れてきた。
(何とかしないと、縄が引きあげられる……。まず手足を伸ばしてスピードを抑えてみよう……)
のぞみは体を大の字に伸ばし、全身の源量を増やす。パラシュートを展開したように、一瞬、急上昇し、落下の速度が弱まった。
空に浮く感覚に慣れてくると、のぞみは緩く目を開く。
まだ落下を続けているのぞみは、手を後ろに伸ばす。さらに掌を下に押しつけるようにすると、スピードが抑えられ、重心が足に移り、空中で立っているような姿勢になった。
縄がまた引っ張り戻る前に踏み石を見つけ、のぞみは『鋼足』と『雲身健体』のスキルを活かし、源を足に集める。踏み石を蹴ると、のぞみは飛びあがった。
これは、『飛行脚』と呼ばれる飛行系スキルの基礎中の基礎だ。アトランス界の重力は地球界よりも弱い。さらに毎日、重力倍増の環境で勉強しているのぞみは、軽く蹴っただけでも思いのほか高く飛べることを知った。
地を蹴ってできる限り飛びあがり、浮力を活かす。そうして、滞空時間を延ばすこともできそうだ。
闘士の教室では日々、重力が増していく。2年生の前期のうちに、40倍の重力に耐えられる体に整えていく計算だ。このように基礎の身体能力をよく鍛えた闘士の心苗は、普通のジャンプをするだけでも、高く飛べるようになる。方向を定め、連続跳躍で長距離移動をすることもできるようになる。
のぞみは源を出すと、頭の前を頂点とした紡錘形のバリアを作り、自分の身を守るように空気や風を切っていく。腕と指を細かく動かし、方向転換も試みた。
それは、メリルが説明していた『風行術』の実践練習だった。両手の高さ調整をすれば、戦闘機のような螺旋飛行も可能だった。
「凄い!鳥みたいに空を飛んでる!」
空中飛行のコツを身につければ、重力と縄のリバウンドもうまく解消された。そうなれば命綱はもはや、ただの補助設備でしかなかった。
ステージを見たのぞみは体を翻し、頭を下に向ける。そして、ステージの底の岩を着地点に定め、そこを蹴ると、また大地へ向けて飛んでいった。
泳ぎの練習をするみたいに、のぞみはステージ底の岩と下方の踏み石の間を反復飛びし、しばらくかけて飛び方を習得していく。
次にのぞみが下に向いて飛んでいくとき、ちょうど下から飛びあがってくる藍と交差した。
「のぞみさん〜!!」
「可児ちゃん!」
二人は空中でスピードを抑える。前髪や帯が強く揺れていた。二人は両手を繋ぐ。
「のぞみさん、飛び方を身につけたんですね?」
のぞみは大喜びで、笑顔を見せた。
「はい!」
のぞみと藍はお互いを見ながら、逆時計回りに落下していく。
そこに、上空からメリルが飛んできた。
「お~い!!!」
ふもふもの尻尾を上げて速度を抑えながら、メリルは二人に近付く。
「メリルさん?!」
「どうしたんですか?」
のぞみと藍は片手を放し、それぞれメリルと繋いで、三人の輪ができた。
「ネズミボウズ先生の伝言だヨン!二人は時間を使いすぎだから、他の人に譲ってもらえないかヨン?」
「あっ。飛び方の練習に夢中で、すっかり時間を忘れていました」
陽射しの角度が低くなり、地平線に近付いている。のぞみはどれくらい時間が経ったのか気付いていなかった。
「のぞみさん、そろそろ戻りましょうか」
「そうですね」
「じゃあ、また上で会おうヨン!」
三人は手を放す。
二人と離れたのぞみは踏み石を決めると、『飛行脚』でそこを蹴り、わずか15秒の間に500メートル先のステージまで上昇した。そして、気流と浮力を使い、ゆっくりと着地する。
セーフティーカマーバンドを外し、のぞみは藍とメリルの姿を探した。二人はまだ戻ってきていないようだったため、探しに行こうとしたところ、ヌティオスに呼び止められた。
「カンザキ!」
「ヌティオスさん」
「よく飛べたじゃねえか!いつの間に飛行系スキルを習得したんだ?」
「おそらく、盾に乗って空中で動く練習をしていた時ですね。最初は突風や乱気流にうまく対応できなくて、何度も落ちていたんですが、その経験のおかげで、空から落下する感覚に多少慣れていたのかもしれません。体も思っていたよりうまく伸ばせたみたいです」
「やっぱりお前は凄いな!俺はなかなかうまく飛べなくて、自分のやり方を模索したから、できるようになるまで結構時間がかかったぞ」
腕が四本あり、重量的にも巨量級のヌティオスは、その特殊な身体構造と数百キロの重みのために、普通の人間の心苗と比べると習得が難しかっただろう。
「そうなんですか。どんな飛び方ですか?」
「上の二本腕を前に伸ばして風を切って進むんだ!下の二本の腕は方向転換。源を後ろに出せばスピードアップできるぜ!」
「それは『突風術』ではないですか?!いきなり中級スキルを習得するなんて、ヌティオスさんの方が凄いですよ」
光弾を出す技の原理と同じで、ブースターエンジンのように手や足から多めに源気を出すことで、超音速の飛行が可能となる。しかし、このスキルはスタミナの消耗が激しく、体力に相当の自信がなければ、長時間の使用は疲労の元になる。ヌティオスの場合は、下の二本の腕で源気の衝撃波を出すことで、巨躯を飛ばすことに成功したのだろう。
朗らかな笑顔でのぞみに褒められ、ヌティオスは少し照れくさそうに右上の腕で頭を触った。
「まあ、前学期のアクションスキルでは、飛べるまで精一杯やったぞ」
「のぞみさん、ヌティオスさん。何の話ですか?」
ようやく戻ってきたらしい藍が会話に参加する。
「飛行系スキルについてですよ。可児ちゃん、おかえりなさい」
「あれからまた三度、踏み石で行ったり来たりしていました」
「メリルさんは?」
「わかりません。まだ飛んでるのかも……」
それから三人はしばらく、罰ゲームの光景が広がっているのを見ながら、飛行系スキルの経験談に花を咲かせた。そうして、義毅の用意した罰ゲームという名のスペシャル補習講義が終わった。
ここまでご覧いただきありがとうございます。
よろしければブックマーク登録&評価をよろしくお願いします!
評価はページの下にある【☆☆☆☆☆】を押して頂ければ幸いです