102.ネズミ坊主流罰ゲーム ①
「ところで先生、罰ゲームはどんなものなんでしょうか?」
義毅は顔を見合わせると、愉快げに思い出し笑いをした。
「それはな!」
***
「うおおおおおおお!!ギャハァ、ハァアアア!!!!!」
腹にセーフティーカマーバンドを巻き、ロープを付けたクラークが、600メートルの空から投げ落とされた。遊園地の絶叫系アトラクションに乗っているように、あちこちから男女の叫びが聞こえてくる。
命綱は限界まで張ると、今度はまた空へと引き戻され、クラークの体はハイスピードで飛びあがった。急降下と急上昇を何度も繰り返すうち、喉が潰れるほどの叫びは、恐怖から爽快なものへと変わっていった。
「まさか罰ゲームがウルトラバンジージャンプなんて」
チャレンジに失敗した心苗たちは、数百メートル上空に浮かぶ石のキューブが組み合わさったステージに集められていた。楕円形のリングの中央に、直径数十メートルの穴が空いている。そこから下を見ると、白と緑の大地が広がっており、時折、雲が横切っていった。
リングの外周と中央の穴からはバンジー用に、十数台の命綱が用意されている。
ステージには、上下左右へ十分に距離を取って、多数の踏み石が宙に浮かんでいる。それはスキルを磨くための補助でもあり、宙空で方向転換できない者のための踏み台でもある。ウルトラバンジージャンプは、闘士や騎士が飛行系スキルを習得するための一つの方法だった。
クラスメイトたちに投げられ、次々に飛んでいくチャレンジ失敗者たちを見て、のぞみは口を開けた。今回の罰ゲームはエロ系ではなく、スピードや他のコンセプトを織り交ぜたインセンティブネタだった。のぞみにはこれまで以上に罰ゲームの意味がわからなくなった。
もちろん、高所恐怖症の人にとっては間違いなく地獄の罰となるが、アクションスキル授業を受けている心苗たちの多くが高所に慣れている。むしろ、絶叫系が好きな人であればただの娯楽だろう。
藍も気楽そうにのぞみに話しかける。
「のぞみさんは、高所は平気でしょう?」
「ええ」
「盾に乗って、上空戦までできるノゾミちゃんなら、きっと平気だヨン!」
「そうですけど、誰かに投げ飛ばされるのは、ちょっと気分が違いますね」
心の準備の有無を問わず、騒がしく投げ飛ばされるというやり方は、スキル練習というよりは悪戯の意味合いが強そうだ。そのため、のぞみはアクションスキルの実技演習のようには思えず、多少抵抗があったため、しばらくは皆の様子を見ていた。そして、下ネタ系の罰ゲームではなかったことに少しホッとしていた。
「これは普通の飛行系スキルの習得というよりは、戦闘中に突然、撃ち飛ばされたときの対応訓練と考えた方がいいヨン!」
メリルの意見を聞いてようやく、のぞみは少し、放課後の補習を受けるような気分になった。
「そういうことですか。ところで、メリルさんはチャレンジに成功していましたよね?」
早くもセーフティーカマーバンドを付けているメリルに、のぞみは首を傾げる。メリルはバンドを見せつけるように踊った。
「罰ゲームが面白そうだったから手伝ってきたヨン!私も飛行系スキルがもっと上手になりたいヨーン!」
「罰ゲーム」とは言っているが、これはつまり落第者向けの強化訓練だ。何度も罰ゲームを受けるうち、急に強くなる者が出ることもあり、たとえ受ける必要がなくても、修行のチャンスとして逃さないようにしている人もいる。
今日の罰ゲームを受けているのは出席者のうち、5分の3。この中には、成功したのにわざわざ残って手伝っている、メリルのような心苗もいる。
と、少し離れた場所から、義毅の声が聞こえてきた。
「神崎、お前まだやってないな。言ったとおり、誰も逃がさないぜ!」
のぞみはセーフティーカマーバンドを付けている義毅の姿にギョッとした。
「私は逃げませんよ。それより、その格好は一体何のつもりですか?」
「ああ、これか?俺も落第者と一緒に罰ゲームを受けるぜ!」
「えっ?!」
「心苗が失敗するのは、教師にも至らないところがあるからだ。一責任者として、俺も同じ罰を受けるぜ!」
「そうですか」
教師らしい一面を見せる義毅に、のぞみは素直に感心したが、一方、綾は呆れたようにツッコミを入れる。
「適当な言い訳してるけど、自分の趣味の押しつけやろ」
「ハハ、さあ、野郎共!縄を付けろ!いつ投げ飛ばしてもいいぜ!」
義毅の言葉に、周囲の心苗たちが沸いた。わざわざ残っている者の中には、義毅に対するリベンジのチャンスを狙っていただけの者もいる。縄を付けると、フォランは背後から義毅を蹴り倒した。
「おう!皆!今のうちにネズミボウズを縛れ!」
男子心苗たちの声が騒がしくなる。
「よっしゃー!!この時を待っていたぜ!」
荒々しいクラスメイトたちの言動が理解できず、のぞみは地面に転がされ、縛られている義毅を見ておろおろした。
「えっと、これはなんですか?」
「始まりましたね。2年A組でのみ行われる名物行事。豊臣先生に対するリベンジタイムです」
義毅はあっという間に両手両脚の自由を奪われ、関守石のように強く縛られる。大騒ぎする男子たちに、悪ノリした女子たちも加勢した。
「さあ、このエロネズミボウズを投げ落としてちょうだい!」
クリアの号令に合わせ、多数の心苗たちが神輿を担ぐように義毅を持ちあげ、「せ~のっ!」のかけ声で投げ下ろした。重石を付けた義毅は、猛スピードで落下していく。
「キャホオオオオ!」
ヨーデルのような叫びがあがり、義毅は雲を潰すように落ちていく。そして、ごま粒ほどのサイズまで落ちると、空振のような爆発が起こった。
爆発によって命綱と縄が粉砕されると、義毅は手足を大きく伸ばし、足から出した光弾を踏み台にして蹴りあがる。ロケットのように飛びあがった義毅はそのまま、心苗たちのいるステージを遙かに高く飛び越えた。
ここぞとばかりに悪戯をしたはずの心苗たちは、リベンジですっきりしていた気持ちが虚無へと化すのを感じた。
「あの状態から空中で容易く縄を解くなんて……」
バク転し、足を下に伸ばしてスピードを落とした義毅は、何もなかったかのように歯を見せて笑い、浮力を使ってステージに着地した。
「さーて、次は誰の番だ?」
(先生、凄いです……)
義毅はいつも、教諭としての立ち位置で心苗と距離を取るということができない。しかし、心苗からのリベンジも、やんちゃな子どもの悪戯程度にあしらう父親の様な寛大さと強さがあった。このような悪戯の繰り返しは、義毅と心苗との間に、彼らなりの絆を作る。
年齢的に上で、自立した心苗たちにとっては、最初、ガキ大将のような義毅の付き合い方が理解できなかった。しかし、時間が経つにつれ、漫才師のような滑稽さと熱血漢のような言動で隠している、計り知れない強さに気付いた。
心苗たちは義毅と付き合ううちに、少年期の思い出を引き出されたり、リラックスした気持ちになることもあり、少しずつ、クラスの担任として認めるようになっていった。