100.戻ってきた姫巫女
三人で転送ゲートに入り、上のリングへと戻ってくると、ヌティオスが上の左手を上げた。
「おい!カンザキ、無事だったのか?」
『気癒術』を使いながら、のぞみはニッコリ笑いかける。
「私は大丈夫ですよ、ヌティオスさん」
悠之助たちもやってきて、京弥が感激したようにのぞみを労う。
「あの状態から逃れられたとは、お前はつくづく運が良いな」
「運だけじゃなくて、神崎さんはマジで凄いッスよ!」
悠之助に同意するように、初音も細い首を振る。
「女子は筋力が足りないから二刀流を覚えても威力が半減するだけってよく言われたんですけど、神崎さんはその心配もないんですね!」
「いえいえ、精進あるのみですよ」
遅れて来た真人は、筋が通ったというようにすっきりとした顔でのぞみを見ると、意味深な笑みをこぼした。
「ふ、君が何故、転校資格が取れたか、その理由がようやくわかった」
初音は不思議そうに頬を触って、のぞみに問いかける。
「神崎さん、森島さんとのバトルでさっきの剣術を使えば勝ち目があったんじゃないですか?どうして使いたくないんですか?」
のぞみが答えるよりも先に、真人が真相を見抜く。
「使いたくないんじゃない、人に対して使えないんだろ。時折、未熟で、爪の甘さがあるが、力を使うにあたっての掟をよく守っている。隅に置けないな」
相変わらず鋭い評価だったが、その口調の中に、リスペクトのようなものが増した。
「島谷さん」
「ところで神崎、惜しかったぜ。あと数秒耐えれば成功だったのにな」
京弥の陽気な声に、真人は冷たく斬りこんだ。
「ふん、五十歩百歩」
「どういう意味だよ!」
「意味通りだ、常識知らず」
馬鹿にされ、京弥はメラメラと目に炎を宿らせる。
「何だとう?!」
はっきりと説明しない真人の涼しげな態度に京弥は苛立った。
その時、のぞみは誰かに見られている気配に気付き、そちらを向いた。そこには蛍が立っていた。長い距離を取って、二人は視線を交わす。不機嫌そうな顔の蛍は数秒、そこに立っていたが、くるりと背を向け去っていった。
京弥も蛍の視線に気付き、陽気な声をあげた。
「これで森島がお前に勝ったのは無効も同然だな」
蛍はのぞみに声をかけようとしていたが、真人たちが先に話しはじめてしまった。真人たちのグループとはいられないと、蛍は自分で自分を爪弾きにする。元いたところまで戻ると、二度目のチャレンジをしているクリアを見守った。
のぞみは蛍の様子が気になったが、追いかけはしなかった。何を言い出せばいいかわからないし、話しづらい空気になるだろう。だが、少しもやもやとしたものが心に残った。
「さて、皆のチャレンジプログラムはどうなってるでしょうか?」
仕切り直すような藍の言葉に、のぞみもステージを見る。チャレンジプログラムはすでに始まっていた。
終了まで250秒を切り、第10ラウンドまでクリアした者もいる。
のぞみの見せた真骨頂の戦いは、周囲の心苗たちの闘志に刺激を与えていた。今、ステージにいる8人は、物凄い源気を出しており、8つのステージそれぞれが、キャンプファイヤーのように盛大に燃えている。誰もが負けないよう熱闘を繰り広げていた。
一回目のチャレンジをしているのは、ティフニーを含め、5人。他に、修二と綾とクリアが二回目のチャレンジをしている。8人の中でも修二と綾は目立っていた。これまでの経験を生かし、先手必勝とばかり、攻撃を展開する。魔獣が現れるよりも先に、技の構えも整えていた。そして、ターゲットが動くよりも前に、必殺技でただちに討伐する。
修二の闘志が一回目のチャレンジよりさらに高くなったのを見て、のぞみが感服する。
「凄い!一回目でもうへとへとに疲れてるはずなのに、さらに燃え上がってますね!」
「経験値の差だね。奴は入学前、フェイトアンファルスのあちこちで武者修行してきている。スタミナも桁違いの化け物だ」
冷静に評価する真人に対し、京弥も戦いを横目に見ながら言う。
「ふん、だから言っただろ、奴は疲れ知らずの戦闘狂だぜ」
一回目のチャレンジでは気楽にソードを振り払っていた修二だが、今は違った。全身に黄色の光を纏い、源気のエネルギー旋風で、魔獣が繰り出す攻撃を無効化させている。
そして、両手でソードを大きく三度、振り払うと、ラストの斬撃でトラソンイソギンチャクの根幹を横薙ぎになぎ倒した。足を止めると、刻んだ四本の切り口から光が漏れ、魔獣は爆散した。
「不破さんがこんなに本気を出すの、初めて見ます」
激しい戦闘を繰り広げる修二を見て、初音が唖然としたように呟いた。
「そうなんですか?」
これまでも修二のことを凄いと思っていたのぞみには、初音の発言の意味が理解できなかった。
悠之助が楽しそうに言う。
「不破が面白いこと言ってたッスよ。もし狂人がまた現れたら、神崎の代わりに俺がリベンジするって」
のぞみは驚き、目を瞠った。
「不破さんがそんなことを?」
「でも変ですね。もう300秒を切って、皆ほとんど10ラウンドをクリアしたのに、あの恐ろしい男の魔獣は現れませんね?」
初音の疑問に、藍も被せる。
「やはりさっきのは、施設の機元端の聖霊が、のぞみさんだけに与えた課題なんでしょうか?」
その点については悠之助も気になっていた。
「島谷さんはどう思うッスか?」
浮かばない表情の真人は、悠之助に問われると軽く目を閉じ、首を横に振った。
「わからない。情報が少なすぎる。この学院では何が起こってもおかしくないから、容易く結論づけられない。今のところ決定的なのは、トヨ猿がやったんじゃないってことだけだね」
真人の考察に、藍が疑問を呈した。
「島谷さん、どうしてわかるんですか?」
「もし彼がやったことなら、ハヴィテュティーさんがもっと反発するはずだ。だが、彼女は逆にトヨトヨ猿をフォローしたように見える」
それを聞くと、初音も頷いた。
「たしかに、ミーラティス人の彼女は、私たちよりもずっと、生き物の思いを深く感じるはず。でも、もし聖霊の意思じゃなくて、システム異常でもなくて、今チャレンジする人たちには起こらない課題だったなら……」
「誰かが、神崎を狙ってるって言いたいのか……?」
京弥の出した結論に、一瞬、あたりがしんとなった。
「残念ながらその可能性は否定できない。だが、もしそうだとすると、あのレベルの術を使えるような相手は、タダ者じゃない」
彼らの憶測を聞いて、のぞみは意を決したように声をあげた。
「私、先生に訊ねてきます」
踵を返し、のぞみは義毅の元へ向かう。藍とメリルもその後に付いた。
「君たち、何を話してるんだ?」
ステージで戦う8人の観戦から抜け出し、ジェニファーが真人たちに声をかけてきた。
メビウス隊所属のジェニファーが近寄ると、初音は少し退き、息を引き締める。そして、ジェニファーの纏っている厳しいオーラに抗えず、初音が大人しく白状した。
「先ほど神崎さんが遭遇した異常なターゲットについてです」
彼らの推論を聞き、ジェニファーは平然と答えた。
「なんだ、その程度の異常、原因はどうあれ大したことではない。メビウス隊の捜査事件では、そのレベルの戦いは日常茶飯事だ。それにしてもMs.カンザキはあのレベルの敵を相手に、速度、反応ともに鋭くなった。彼女はやはり、刺激がなければ本領を発揮できないタイプか?」
「あれは本領ではない、窮鼠猫を噛むといったところだろう」
真人の反論に返すように、ジェニファーは再度、持論を正当化した。
「そういう時ほど、人は成長するのさ」
厳しい論理に、誰も反論はできなかった。真人ですら、鋭い視線を投げつけるだけだった。場の雰囲気を和ませたのは悠之助だ。
「ツィキーさん、辛辣ッスね。ま、僕は気楽に生きたいッス」
ジェニファーは悠之助の方を見もせずに断じる。
「安易に時間を浪費する怠慢な者は、いつか淘汰される。私たち闘士が学院にいる目的は、最強の戦士になることだからな」
「ツィキーさん、私、チャレンジに成功しました」
メビウス隊での活躍だけではない、麗しいスタイル、強靱なメンタル。すべてをもって、初音はジェニファーに憧れていた。憧れの人物から褒められたい一心で声をあげた初音だったが、ジェニファーは冷たい笑いを寄越しただけだった。努力は当然のことと考えているジェニファーは、常に目の前の課題を意識している。
「そう、良かったね。だが、第3ラウンドでは常に逃げ腰で時間を稼いでいた。あの作戦は評価できない。プログラム成功という初歩的なレベルに達したことは認めるが、そこで満足するのは怠惰な者のすること。早く皆のレベルに追いつけというところだね」
ジェニファーはどこまでも厳しい。綾のように克己心が強いだけでなく、自分に厳しくするのと同じだけ、他人にも自律を求めた。かといって、かつての蛍のように、他人の成長に協力的かといえばそうではない。ジェニファーは暴君のごとく王座に君臨し、下々の優劣を断罪するだけだ。
初音は顔を伏せ、目を潤ませながらも、泣くことだけは我慢した。
「はい……」
ジェニファーは関心をステージに移したらしく、そのまま真人たちの元を離れた。