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キョーシロー・ネムリ

作者: べんけい

     キョーシロー・ネムリ


     上


 リトン国のクロ女王は隣国のカロス国と同盟を結ぶ為、カロス国のミロ王子と結婚したが、2年後に火事に遭って顔半面に火傷を負って元々醜悪な顔が更に醜悪になったので堪り兼ねたミロ王配がカロス国目指して逃亡すると、逃げられたことに腹を立てる余り刺客をやってミロ王配を暗殺させた。

 それを知ったカロス国のテラ王は激怒してリトン国に戦争を挑んだが、それは軽挙妄動というもので軍事力に勝るリトン国に敢え無く攻め滅ぼされた。それでカロス国も支配下になったので将来、領土拡張を夢見るクロ女王にとって思わぬ好結果となった。

 しかし、ミロ王配に逃げられたことで自分は男に見向きもされない女になってしまったと痛感したクロ女王は、捻くれて妬み深くなって顔だけでなく心も醜悪になり、自分の怨念と嫉妬心を晴らすべく、まず伯爵らにモテモテの王族の美人を片っ端から見せしめにする為、一般庶民の前で火炙りの刑に処した。

 それだけでは乱心は収まらず国中の美人を家来に召集させ、牢屋に収監させ、昼間は奴隷として主に兵器製造や普請工事に当たらせ、殊に美しい女は梅毒に掛った男に犯させ、塗炭の苦しみを味合わせながら働かせた。

 当然、美人の夫或いは彼氏だった男たちは悲嘆に暮れ、クロ女王の横暴を恨み憎んだ。その数は国民の成人男性100万人に対して5千人に及んだ。

そこでクロ女王は対象となる男たちに御触書を出した。

「女を返して欲しくば、レラ城に来たれ。但し、条件がある。第一に一糸纏わぬ美女が独りだけいる牢屋に入って一日中過ごし、彼女に指一本触れないでいること。第二にそれが出来た上でわらわと嫌な顔一つ見せず一晩過ごすこと」

 これを読んだ対象者たちは、非常に顔が醜い為に人前で必ず仮面を被ると噂されているクロ女王に嫌なものを感じるも喜んでレラ城に大挙した。それは無論、裸の美女と時間を過ごせるからだったが、大半が美貌の誘惑に負けて第一条件をクリアできなかった。縦しんば、第一条件をクリアできたとしても仮面に隠されたクロ女王の醜悪さをいやでも想像してしまうのでクロ女王と嫌な顔一つ見せず一晩過ごすことは千番に一番の兼ね合いというべきもので九分九厘無理なことだったから実際に第一条件をクリアした暁天の星たちは、皆、無残にも殺された。嫌な顔を少しでも見せれば、見逃さなかったクロ女王の逆鱗に触れたからだった。それならば、第一条件をクリアできず城から追い出される方がましだとして美女と平気でまぐわり自分の女を裏切る者が続出した。

 だから追い出される男は決まって欲得勘定をする俗物で見上げた人物に限って殺されるのだった。つまり、美貌の誘惑に耐え、自分の女を決して裏切らない、そういう稀代な誠実な男が殺されるのだ。

 その内の一人である浪人のザトウを友として失った浪人のネムリが義憤を抱き、或る日の早朝、レラ城に乗り込むべく敢然と門前に立った。

 ネムリはザトウ同様、主家を自ら去った、封建社会に抗うアウトサイダーであり円月殺法を編み出した一騎当千の剣豪であった。

 しかし、名はまだ知れ渡っていなかったから二人の門番の内一人がネムリに槍を突きつけて誰何した。

「名は何というか!」

「キョーシロー・ネムリ」

「何しに来た!」

「情人を救いに来た」

「名は?」

「イール・ラム」

 ネムリがそう言うと、もう一人の門番が美人監禁名簿を開いて捲り出し、その名前を探し当てると、ネムリの名前と合わせてメモ用紙に筆記して叫んだ。

「開門!」

 すると、門の内側にいた門番が閂を抜いて鋲が所々に打たれた如何にも頑丈そうな門扉を開けた。

「さあ、入れ!」

 表側の門番に言われたネムリが入城すると、内側の門番がメモ用紙を受け取ってもう一人の内側の門番と一緒に槍を突きつけながらネムリを美人監禁所に案内し、番人のリーダーであるクズにメモ用紙と共に預けた。

「男の名はキョーシロー・ネムリ、女は56号558番、名はイール・ラム、ネムリとの関係は情人」とメモ用紙に書いてあったのでクズはもう一人の番人と共にネムリに槍を突きつけながら雑居房56号に向かった。

 その前に着いてみると、鉄格子越しにぼろぼろの囚人服を着せられた10名ほどの美女が男を誘惑できるように髪が整えられ体が清潔にされた状態で冷たそうな鉄板の床に疲れ切った様子で座っているのが見えた。

「558番!前に出て来い!」

 クズの命令にラムは気怠そうに顔を上げると、ネムリに気づき、虚ろだった目を爛々と輝かせて立ち上がり、前に進み出た。

「お前、この男を知ってるか!」

 ラムは頷いた。

「名を言ってみろ!」

「キョーシロー・ネムリ」

「ネムリとはどういう関係だ!」

「情人関係」

「よし、下がれ!」

 ラムがいつも通り泰然自若としたネムリを一瞥して心をときめかせてからふらふらと元の所へ戻ると、クズはにやにやしながらネムリに言った。

「おい、この中から好きな女を選べ!」

「イールだ」

「アホ抜かせ!他から選べと言ってるんだ!」

「分かってるよ、それではあのおなごにしようかな」

 ネムリの指さす方を見てクズは、「556番か?」と聞くと、ネムリが頷いたので556番の女を雑居房から出して二人を誰もいない牢屋へ収監した。

「おい!556番!服を脱げ!」

女は少し躊躇いながらも言われた通りにした。

クズは恥ずかしそうに後ろ向きになった女の裸体を穴が開く程、見つめてから言った

「おい、イールと比べてどうだ?」

「甲乙つけがたいな」

「そうか、それなら、お前、何とも呆気なく抱くな」

「さあ、どうかな」

「何を言ってる!見るからに女ったらしな面をしてやがる癖に!」

「まあ、観てな」

「俺は残念ながら観れないよ、後で女に証言させて確かめる、そういう決まりだからな、だからって女に嘘をつかそうとしたって無駄だ。更に行われる指紋鑑定によってすべては暴かれるからな」

「そんなことは分かってるよ」

「ま、精々楽しむがいい、俺が変わってやりたいくらいだ、はっはっは!」

 クズは細君が不細工なので自棄糞気味に笑うと、羨ましそうに去って行った。

 ネムリは暫し、背を向けた儘、なよっと腰を落ち着けた女の白く抜けるような肌に熱視線を注いだ。

 少し上体をくねらせ背骨のラインが弓なりにしなったお陰で腰のくびれから尻にかけて得も言われぬ艶めかしいカーブを描いている。

それにもネムリは誘惑され惹き付けられた。

「普通の男なら間違いなく獣と化して目の前の獲物に食いつくことだろう。しかし、それでは女王の思う壺でイールを裏切ることになる。それに女王に会えなくなる。俺は何としても女王に会い、仮面を剝ぎ取り、思いっきり笑い飛ばしてやるんだ。そして女王が部下たちを呼んで俺を殺しにかかったら俺はそいつらを撫で切りにして女王を人質に取り、それを盾にして美女たちを牢から出してやった後、女王を斬る!」

 この不退転の決意を遂行するべくネムリは眠りにつくまで女に指一本触れなかった。三度の食事にも指一本触れなかった。女王の贈り物なぞ受け取る気には到底なれなかったからだ。

但、眠りに着く前、鉄格子の窓から利鎌の月の光が差し込んで来て眠ろうとしない女の背中を妖しく皓々と照らし続け、その光が幻想的に瞼に焼き付き、夢の中でもその光に誘惑されそうになったネムリは、女を利鎌月夜と秘かに名付けることにした。


     中


翌朝、ネムリが目を覚ますと、利鎌月夜は慌てて背を向けた。今の今迄、自分の方を向いていたらしことを察してネムリは、声を掛けた。

「よお、おはよう!」

「お、おはようございます」と利鎌月夜は背を向けた儘、恐れながらもしおらしく言って気持ち頭を下げ、媚びを売ることを忘れなかった。

「お前の背中しか見れないのが残念でならんよ」とネムリは言いつつ利鎌月夜の桃尻も見ていた。「時に聞くが、俺が寝ている間、何をしていた?」

「えっ、あの、寝ておりました」

「さっきまで俺を見てたんじゃないのか」

「いえ、私も今、起きたところで御座います」

ネムリは低く笑って、「俺は寝ている間、お前の夢をずっと見てたよ。お前はどんな夢を見ていた?」

「あの、私は・・・」

ネムリは一笑し、「いやあ、月明かりの下、艶めいたいい夢だった」とまるで実際に利鎌月夜とまぐわったかのように感慨深げに言っているところへクズが部下の番人を引き連れてやって来た。

夜中になってからも利鎌月夜の悲鳴も喘ぎ声も一切聞かなかったクズは、こいつ、耐えたらしいと思いながら口を切った。

「おい、朝飯持って来てやったぞ、どうせ食わねえだろうがな」

 ネムリは横になった儘、振り向きもせず言った。

「ああ、食わねえ、そんなことより早く女王に会わせろ、俺は耐えたんだからな」

「ふん、さあ、どうだかねえ・・・」とクズは敢えて訝るように言った後、利鎌月夜に向かって言った。「おい!556番!今、開けてやるから服を持って出て来るんだ!持ってだぞ!まだ着ちゃならん!」

「えっ!何でですか?」と利鎌月夜が恐る恐る聞くと、ネムリが口を挟んだ。

「指紋鑑定なら無用だ」

「煩い!口出しするな!」とクズは怒鳴った。「無用だろうが何だろうがやらなきゃいかん決まりなんだ」

「ふん、また決まりか、お前らは決まりに縛られて生きるしか能がない操り人形だ」

「黙れ!」とクズは忌々しそうに怒鳴りながら鍵を開け、利鎌月夜に向かって命じた。

「何してる!早く服を持って出て来い!」

訳を悟って何処まで見られ何処まで触られてしまうのだろうと底知れぬ不安を抱きながら服で前を隠して利鎌月夜が出て来ると、クズは鍵をかけた後、頗る興奮しながら尋問した。

「どうだ、あの男はお前を抱いただろ」

「いえ、何もされませんでした」

「そんな筈はないだろう。少なくとも、おっぱい揉んだだろう」

「い、いえ・・・」

「では、乳首とかあそことかはどうだ?」

「い、いえ、本当に何もされませんでした」

「本当か?」

「はい」

「本当に?」とクズはよりいやらしい調子で念を押す。

利鎌月夜は美女ならではの矜持がそうさせるのだろう、無念そうに、「はい」と返事した。

「ま、何はともあれ指紋鑑定をするからついて来い」


検査室でもクズは素っ裸の利鎌月夜を目を血走らせながら興奮して見守り、同じ女でもこうも違うものかと細君の裸身を思い浮かべながら痛切に感じた。また、利鎌月夜の頭の先から爪先まで全身くまなく調べ上げながら指紋鑑定の作業を進める検査員をつくづく役得だなあ・・・と思い、羨望の眼差しで見ていた。


 クズは興奮冷め止まぬ儘、検査室から帰って来ると、ネムリに、「どうやらお前の言ってたことは本当らしい。よってお前を女王様に謁見させてやろう」と言うなり、にやりとして、「馬鹿な奴だ。抱けば良いものを・・・お前、死ぬことになるぞ!」

「さあ、どうだかね」と意味ありげに言ってネムリはすっくと腰を上げた。


謁見所に向かう中、ネムリは両横から槍を突きつける番人に威圧されながらアーチ窓を通して見える善美を尽くした巨大な噴水庭園を横目に一般庶民の貧困を憂い、また、殺された友のザトウを憂い、将又、情人のイール・ラムを憂い、おまけに利鎌月夜をも憂い、這般の憂いを怒りに変えて廊下を進んで行った。


     下


謁見所前に着くと、クズは既に部下を通して事情を説明してあるクロ女王に聞こえるように大声を上げた。

「女王様!キョーシロー・ネムリを連れてまいりました!」

「よし!入れ!」

 彫りの深いマホガニー製の観音扉が内側へぎぎぎと軋み音を伴って開いた。

 見ると、部屋の周りには護衛の侍者が幾人も立っていて仮面を被ったクロ女王は一段高い台座に置かれた玉座に腰を下ろして待っていた。

 ネムリが番人に槍を突きつけられながらクロ女王の前に来ると、クロ女王はネムリの容姿が今まで会った男の誰よりも美しいのを認めて息を呑みながら言った。

「そちがキョーシロー・ネムリであるか」

ネムリは無言で頷いた。

「よくぞ、美しい女を振り切ってここへ参ったな。褒めてつかわすぞ!」

「俺は裏切らない」と一言だけネムリは呟いた。

「おう、そうか、では常に友好を示せ、わらわも友好を示すゆえ」

 ネムリは無言で頷いた。

 容姿端麗な上に全然、媚びないネムリにクロ女王は不遜じゃ、無礼じゃと大いに不満になるも尋問している内にすっかり心を奪われ、内心喜んでネムリを自分の部屋に招いた。

 宝石が散りばめられた煌びやかなクロ女王の衣装同様、贅を尽くした豪華絢爛な佇まいで高い丸天井には色鮮やかなフレスコ画を施すという凝りようで飾ってある骨董品や絵画も途方もなく値の張る物ばかりと見抜いたネムリは、貧窮する一般庶民を尻目にここまで華奢な暮らしをしているのかと改めて憤慨した。

「何をむすっとしておる。友好を示せと言ったであろう。そんなことでは殺してしまうぞ!」

「生憎、拙者は愛嬌というものを露程も持ち合わせておらんものでな」

「苟も女王の前で、なんと礼知らずで太々しい物言いをする馬鹿者じゃ!」

クロ女王はそう吐き捨て暫し忌々しげにネムリに見入った。その内、ネムリの魅力に絆され、「まあ、それは性分でしょうがないとしても・・・」と譲歩する始末だったが、「何をまだ、そんな物騒な物を下げておる。早く剣を下ろさぬか!」と命令することも忘れなかった。それに応じネムリは佩剣を外し静かに壁に立てかけた。


その後、二人はバルコニーでお茶したり、庭園を散歩したり、食堂で食事したりして時を過ごし、仕上げに晩餐を共にした。

その間、ネムリは鉄仮面を被ったように無表情を通していた。そうしてクロ女王の部屋に戻って来て愈々問題の晩がやって来た。

「酒が入って気持ちが少しはほぐれたか?」

「ああ」

「それはよいことじゃ。さあ、ちこう寄れ」

 ネムリは無言の儘、近づいた。

「しかし、本当に愛想のない奴じゃ。全くしょうのない・・・」

クロ女王はそう言いながらもネムリを咫尺の間に置いて惚れ惚れして陶然となり、ベッドインへ持ち込むべく、まずは王冠を取って猫足がアンティークな雰囲気を醸し出すロココ調のコンソールテーブルに置いた。

「さあ、わらわを抱いてたもれ」

「序に仮面も取ってもらおうか」

「な、何を言う!無礼であるぞ!わらわに命令する気か!」

「要求したまでだ、仮面をした女なぞ、とても抱く気にはなれんからな」

「な、なんじゃ、その口の利き方わ!」

「生憎、拙者、敬語を知らん」

「そんな筈は無かろう。貴様も剣士の端くれであろうが!」

「拙者はとうの昔に主君に背いた一介の浪人、敬語なぞ忘れてしまった」

「なんという男じゃ、呆れてものが言えん」

「ハハハ、ものは言わなくてもよいが、仮面を脱がんのなら拙者は帰る」

「そ、そんな勝手なことが出来ると思うのか!」

「出来る」とネムリはきっぱり言うと、壁に立てかけてあった佩剣を取るが早いかサーベルを鞘から抜いてクロ女王の仮面に切りつけた。その一連の動作を目にも止まらぬ早業で遣って退け、果たして仮面は真っ二つに割れ、絨毯の上へ無用の長物となって転がり落ちた。

 その瞬間、「ひえ~!」と裂帛の叫び声を上げたクロ女王は急いで顔を両手で覆うと、「であえ!であえ!ネムリを殺せ!」と絶叫した。

 その途端、部屋の四方のドアが開いてクロ女王の侍者が後から後から出て来てサーベルを鞘から次々に抜いた。数はざっと見積もって15人。

 その前でネムリは、「アッハッハッハ!」と高らかに哄笑した。

「な、何が可笑しい!」とクロ女王が叫ぶと、ネムリは悠揚迫らぬ態度で言った。

「お前の仮面に隠された顔はさぞ醜いであろうと想像していた事を一瞬の内に見破ったからだ!」

「えーい、おのれ!言わせておけば、わらわを侮辱しよって!皆の者!直ちにこ奴を殺すのじゃ!」とクロ女王が命じると、ネムリは月明かりの下へ出るべく開け放たれたドア目掛けて走って行き、バルコニーへ出、続いてクロ女王の侍者たちが次から次に出て来て矢継ぎ早にネムリに襲い掛かったが、人間業とは思えぬネムリの卓抜とした剣の腕と敏捷な動きに圧倒され、翻弄され、ばったばったと斬り倒されてあっという間に全滅した。

 そこへ出て来たのがクロ女王のとっておきの用心棒、カリであった。彼は全国に名の知れた無双の剣豪なのだ。

ネムリはここぞとばかり剣頭を真下へ向け、ゆっくり横へ上げて行き、そうして刀身で円を描いて行く間に月明かりに照らされて現れた刃の煌めく残像にカリが見入った、その隙をついて斬り込むと、カリは立ち遅れ、その刹那ばっさりと斬りつけられ、自分のサーベルは空を切り、ばったりと倒れた。

この須臾の間の剣戟に唖然とするクロ女王をネムリは難なく捕らえてクロ女王の喉元に剣刃を宛がいながら言った。

「おい、これから美女監禁所へ行く。お前は今や俺の人質に過ぎぬ。騒いだら喉を掻き切るぞ。分かったな」

 クロ女王が冷や汗をかき震え上がりながら頷くと、ネムリは其の儘の体で美女監禁所へ向かい、途中で城内の者に出会う度に、「美女監禁所の鍵を開けるように番人に伝えろ!さもないと女王の喉を掻き切るぞ!」と脅迫しながら進んで行った。

 城内の者たちは寧ろネムリに好意的だった。皆、クロ女王に対する国民の恨み憎しみ不平不満の声を頻繁に聞いていたし、自分たちの中にもクロ女王に対する恨み憎しみ不平不満を持つ者が少なからずいたし、残らずクロ女王の我儘放題の身勝手さに手を焼いていたからだ。

 したがって城内の者たちが速やかにネムリの言う通りにしたので美女監禁所の牢屋は立ちどころに全て開錠となり、美女たちは歓声を上げて城を出て男の下に急ぐ者もあれば、ネムリとクロ女王に気づいて、そっちへ向かう者もあった。

するとネムリから解放されていたクロ女王は、「見るな!見るな!あっちへ行ってくれ!」と喚いて顔を両手で覆って蹲り幼女のように泣き崩れてしまった。

 剣侠でもあるネムリは流石に哀れに思い、自分らのぐるりが黒山の人だかりになると、一応、剣頭をクロ女王に突きつけながら言った。

「改心するか!改心し、政治を改めると約束するのなら、許してやっても良い」

 クロ女王は泣いた儘、頷いた。

「見たか!みんな!女王は改心するそうだ!」とネムリが大声で言うと、美女たちだけでなく城内の者たちも拍手喝采した。

それを受けて、「皆の期待に応えるのだ!分かったな」とネムリが言ってクロ女王が再び頷いたところへ、「キョーシローさま!」「ネムリさま!」と呼ばわりながら二人の美女が喜び勇んで駆けて来た。

 一人はイール・ラム、もう一人は利鎌月夜だった。

 イールは利鎌月夜を見るなり我先にとネムリにぴったり抱き着いた。

「ねえ、キョーシローさま、あんな女より私の方がいいでしょ」

 次に利鎌月夜がイールを強引にどかしてネムリにぴったり抱き着いた。

「ネムリさま、私、あの晩、実は抱いて欲しかったんですの」

「お前には男があるのだろう」

「いいえ、その男は牢屋で女を抱いて私を裏切って城から返されたのです。ですからそんな男には愛想も小想も尽き果てました。今日から私はネムリさまのもの」

 それを聞いて、「いやはや。両手に花とはこのことだな」と言ったネムリの下へ他の美女たちも一斉に押し合い圧し合い向かって来た。

 持てる男になると、ここまでになるものか、宛ら世界的な大映画スター、否、それ以上で、「皆さん!ネムリさまを王様にしましょうよ!」なぞと言い出す美女が現れ、遂には「キョーシロー・ネムリさまを王様に!」というシュプレヒコールが巻き起こった。その中にはクズを始めクズの部下も含まれていた。

 その集団から這う這うの体で抜け出し、ニヒルな笑みを浮かべる余裕を見せたネムリは、それに気づいて追っかけて来る美女たちを見るや倉皇とするも何とかかんとか振り切った。

今後、全国に名を轟かすことになったネムリは、それでも今迄通り無頼漢として風来坊として放浪の旅に出るのだった。

 


 

 


 


 

 

 


 

 


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