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「ご主人様、 おはようございます」
「……ん、 おはよう」
カーテンを開けて陽の光が部屋に降り注ぐ。
あの発熱の日から1週間がたち、 ベルライナの体調も良好、 いつもの日常が帰ってきた。
「今日はライナスさまのご訪問があります。」
「そうだったね……」
ふわぁ…とあくびをかみ殺すカーマインに、 ベルライナは小さく笑って服をクローゼットから取り出した。
「こちらでよろしいでしょうか?」
「うん、 いいよ」
用意された洋服に袖を通して食卓につく。
ベルライナが作った暖かいスープにパン、 サラダと果物が用意されカーマインは手を合わせる。
「頂きます…うん、 おいしいよ」
「ありがとうございます」
穏やかな時間が2人を包んでいた。
果物のさくらんぼを数個摘むベルライナにクーフェンは笑う。
「相変わらず朝はあまり食べれないね」
「どうしても朝に食べるとその後あまり動けなくなってしまうのです」
「お腹空かない?」
「……少し」
素直に言うベルライナに、 カーマインは思わず笑う。
「後でお茶の時に一緒に何か食べようか。今度は空腹で動けなくなっちゃうよ」
「ご主人様!」
「ふふ…ごめん。ほら、 これなら食べれるんじゃない?」
差し出されたのは数種類ある果物のうちの桃だった。
カーマインの使っていたフォークに刺さったそれをベルライナの口元に持っていく。
目をぱちくりとさせるベルライナは落ちちゃうから!と急かされ慌てて口に含んだ。
「……あまいです」
「美味し?」
「はい」
「それは良かった」
ナプキンでベルライナの口元を拭うカーマインの口に最後のサクランボを入れたベルライナ。
カーマインは反射的に口を動かし種を出すと、 笑って
「本当に甘いね、 ベルライナ」
「…………はい、 ご主人様」
これでただの主従だというのだ。
皆がいや、なんか違うだろ!というが2人は揃って首を傾げる。
「やあやあカーマイン!」
「やあライナス、 今日も元気だね」
「勿論だとも!」
玄関を開け、 両手を広げて入ってきたのは短髪の筋肉質な男性だ。
カーマインよりも少し年上だろうか、 その人はジーヴスの女性を従えている。
「これは土産だよ、 焼き菓子だ!」
「これは、 今人気の洋菓子店のだね?売り切れるって言うじゃないか。よく買えたね」
「ん?ああローズに開店2時間前から並ばせたからね!君は焼き菓子が好きだろう?」
「……わざわざかい?」
「ん?」
クーフェンは後ろにいるジーヴス、 ローズを見た。
腹部を抑えているローズは体調が悪そうだ。
「ローズ、 体調がわるいんじゃないかい?」
「え?ああ別に病気じゃないんだ、 大丈夫だよ」
カーマインは優しいな!白い歯を見せて笑うライナスに、ベルライナは眉を寄せているローズを見ていた。
カーマインも心配そうに見た後、 部屋に案内する。
「ベル」
「はい」
カーマインはベルライナの名前だけを呼ぶ。
それだけで、 ベルライナに何を求めているのかわかるのだ。
すぐに椅子をもう一脚用意してライナスの隣に置くと、 ライナスは眉を釣り上げてベルライナを見た。
「……なんのつもりだ?カーマインのジーヴス」
「ご主人様の命でございます」
「………」
「体調が悪そうな様子を黙って見ているだけなんて気分が良いものじゃないよ。ましてや立たせておくなんて」
「別に構わねーよ?ローズ座るな。リアルドの席に座るつもりか?」
「はい、 心得ています」
ローズは変わらず腹部を抑えながら青白い顔で答える。
それにカーマインが席を立った。
「ライナス、 体調が悪い人をほおってお茶は出来ないと言っているんだよ。ローズを座らせて。それが出来ないならお茶会はまた今度にしよう」
「おいおいマジかよ、 こいつの為にやめるってのか?」
「ここは俺の家だよ。俺の家のルールに従ってよ」
真剣に話すカーマインに、 ライナスは頭をガリガリと掻き頷いた。
「わぁーったよ。大事な話もあるんだ、 帰るわけにゃーいかねーよ。………ローズ、 さっさと座れ」
「は、はい!」
極力音を立てないように静かに座るローズの前に置かれたティーカップ。
テーブルには4人分のティーカップと、 真ん中に置かれた焼き菓子にカップケーキ。
ローズは困惑してベルライナを見ると、 それに気付いたベルライナがふわりと笑った。
ライナスは気に入らないと、 ベルライナを睨みつけていたが、 クーフェンが見ている事に気付きバツが悪そうに視線を逸らす。
「ベル、 座って」
「はい」
クーフェンは二人がけのソファに座っていて隣を軽く叩く。
それを確認してからベルライナが座ると、
ライナスとローズは目を見開いた。
「えーっと、 クーフェン?なにジーヴスを隣に座らせてるわけ?」
「え?おかしい?」
「おかしいだろ!どう考えても!!」
ライナスとローズが家に訪問したのは今回が初めてだった。
いつもは外で会っていたが今回は次の大会について話がしたいとライナスが言ってきたため家に招待したのだ。
その為カーマインはジーヴスに優しいと認識はしているが、 まさかこんなにジーヴスに自由を与えているとは思いもよらなかった。
ジーヴスに対する常識的な対応と違うカーマインにライナスは困惑する。
そして、 ローズは黙ってベルライナを見ていた。
「俺には普通なんだけど……」
ね?とベルライナを見るカーマインに控えめに頷いた。
「……ありえねー」
息を吐き出して言うライナスにカーマインはそれで?とお茶を飲みながら話を進める。
「いやさ……今回の闘技大会お前どうする?」
「でないよ」
「お前毎回出なくて良いのかよ、 あなどられるぞ」
「別にいいよ、 興味無いし」
マフィンと取り半分に切ったカーマインは、 そのままベルライナへと渡す。
普通通りに受け取り食べようとした瞬間、 ライナスが立ちあがりベルライナの腕を掴む。
「お前!何考えてやがる!!」
「きゃ……」
「ライナス!!」
椅子から立たされたベルライナはすぐにカーマインに助け出され背に庇われた。
初めてリアルドに乱暴に扱われたベルライナは驚きと恐怖に心臓がバクバクしたが、 主人であるカーマインに庇われてるとわかりすぐに前に出る。
「お前はジーヴスなんだよ!いくらカーマインが優しくしてもジーヴスに変わりはねーんだ!調子乗ってんじゃねーぞ!!」
ベルライナは震える手をにぎりしめてライナスを見つめ返す。
恐怖に足が震えるが、 なんとか食いしばり口を開く。
「私はジーヴスです。その為、 私が私であるように教育を施され今まで過ごしておりました。同じリアルドであっても、 私の主人はカーマイン様です。私はカーマイン様の命令にのみ従います。…………カーマイン様を愚弄なさらないで下さい」
「っ!ジーヴスが!」
手を振りあげたライナスにベルライナは真っ直ぐ見つめ返した。
「ライナス。うちのジーヴスに手を上げるとか、 覚悟出来てんのか?」
ベルライナを抱き寄せて言うカーマインはライナスは睨み付ける。
「お前がちゃんとしねーから、 ジーヴスが調子乗ってんじゃねーか!!」
「教育は各リアルドの仕事でしょ。他のジーヴスについて言うのはどうなのさ」
「……後悔すんぞ。そんなジーヴス」
「しないよ」
ベルライナを離したカーマインは、 リアルドが掴んだ腕を見る為袖を捲りあげた。
赤くなりうっすら手形があるベルライナの腕に眉を寄せたカーマインは、 リアルドを見る。
「そっちの家に治療費請求するから。ジーヴスはリアルドの私物扱い、 故意に傷付けたそっちの過失だからね」
「…………好きにしろよ」