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近未来小説  最後の時 高齢者施策 

作者: 藤雅

近未来小説  最後の時 高齢者施策 


※高齢者を否定したり揶揄するものではありません。

人口減少が招く極限社会を予測した仮想近未来小説としてお読みください。


「これですべてセット完了です・・。」

グレーのスーツを身にまとった男は傍らに2人の看護師を携えながら俺にそう言い作業の完了を伝えた。

「あとは、濃縮アミノ酸パックが無くなるまでこのまま何もすることはありません。・・・まぁ耳元で声をかけたり、スキンシップをとったりと言ったことはご家族のお気持ち次第ですが…。」

男は押しつけがましいでもなく俺にそう告げた。


「何もしなくてもいいのか。」

自宅の一室に横たわりいくつものケーブルやチューブにつながれた父の姿を目の端に入れながら男に聞く。


「ええ、何もすることはありません。脳に直接シータ波を送りノンレム睡眠状態を人為的に作り出します。もちろん一日の中でレム睡眠状態も創り出していきますので睡眠もとっていることとなります。またアミノ酸の体内への補充は段々と・・それこそ苦しみがない程度に徐々に減っていきます。平均的に約1週間後にはごく自然に・・・。もちろんご家族がもっと長い期間ご一緒に過ごしたいとのご要望があえばアミノ酸パックの補充をさえすれば1か月でも1年でも延長は可能ですが…。」


男は最後の言葉を巧みに外しながら俺に説明する。


「本当に苦しくないのか・・・」

俺は最後の良心を振り絞り男にもう一度聞く。


「もちろん何の苦しみもありません。むしろ思い出の中、会いたい人と会い自由に動き回り幸せな感情の中、自ら旅立つ事が出来ますよ・・・。もちろん試したことはありませんが。」男は事もなげにそうい言い、遺族を慰めるかのように言葉を進めた。


「皆様、ご心配になるようです。しかし何の不安もありません。ご自身も望まれていたことと伺っておりますし・・。またこのシステムは脳に直接、過去の記憶、これまで生きてきた情景、様々な人間関係を流し込みます。穏やかな感情の中、無限の意識の世界でお父さんはもう一度生きるのです。」


「そして、死ぬのか・・・。」

「お気になさることはありません。これは国家が推進しているシステムでもあるのです。

このシステムですと約1週間のレンタル料とアミノ酸パックのコストを合わせても概ね20万円。介護保険で賄われておりますのでご本人のご負担は4万円程で済みます。仮にこれが施設に入所と言うことになりますと介護保険からは最大で160数万円、ご家族のご負担も40数万円となります・・・。しかしこれは、お金だけの問題ではないのです。人口減少により介護施設で働く人材も確保できず施設運営が立ち行かなくなって久しいこの日本では、もう物理的な方法で老齢期を支えることは不可能なのです。老いと言う現象の捉え方の違いとでも言いましょうか・・・価値観の変遷とでも言ったら良いでしょうか。」


男は部屋の隅に横たわる父の姿をこの国に代表する高齢者に例えるかのごとく話を進める。


「これまでの高齢者、と言うか老齢期における対応っていうのは、例えば歩けなくなった方にリハビリを行い少しでも自分で動けるようにする・・・とか、足腰の痛みなんかもそうですよね。物理的にどうこうして何とかそれらを和らげていくっていうやり方でしたよね。」


男は同意を求めるように俺の方を振り返った。


「しかしこれらの対応には非常にたくさんの専門的な人材とお金とが必要となってきます・・・。そして得られる成果は・・・極微小にとどまっていたと言うのが現実なのではないでしょうか。」


男は確信めいた口調で語りかけてくる。


「人々は症状が良くなることを期待し、そして絶望する・・・程度の差こそあれそんなことの繰り返しだったんではないでしょうか・・・。その点このシステムは違います。動けなくなり苦痛に苦しむ現実から解き放ち自由な精神世界、つまり夢の中で取り戻すんです、若き日のあのすばらしい日々を!ご高齢者はまさに夢のような時間を過ごし、そして最後の旅に向かうことができるのです。このシステムはこれまでのように、老いることで失った日々に抗うのではなく受け入れそしてその苦痛から解き放つシステムなのです。」


まるで布教でもしているかのごとく男は饒舌に謳う。


「安楽死とか命の尊厳についてはどうなんだ・・・。」


良しとされる物、賛美される物への最後の抗いを見せる。

「無理なんですよもう・・・日本中どこもかしこも廃墟だらけ。生き残った日本人のほとんど全員をこの東京に集めてもまだ廃墟然としているこの日本では・・・。私たちにできることはもうこれが最善なんです。苦しみから解き放ち安らかに旅立っていく・・・これこそ人間の本当の尊厳でだとは言えませんか?。」


男は最後にそう言うと俺に背を向け親父の部屋から出て行った。


西暦2340年、日本の人口は100万人を下回り一次、二次産業は衰退、国家防衛もままならない状況の中、高齢者施策は大きく転換しつつあった


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― 新着の感想 ―
[良い点] 現実的。 ちょうどいい「仕方なさ」。 [一言] 前半として、記憶の中で幸せに過ごす老人の主観部分があってもよかったかもしれませんね。 その後に、ソリッドな事実を突きつけるという……笑
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