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文芸部プロファイル。~東条学園文芸部の事件記録~  作者: あけちさん
File,1:プロバビリティー的恋愛宣言。~柑橘系芳香剤は恋と嫉妬の危険な匂い~
2/5

秘密会議編B



 先輩の話をまとめると以下のようになる……


 一昨日の事。

 ムスビ先輩が文芸部の部室に向かっていた時。


 三年であるムスビ先輩の教室は『通常教室棟』の四階にある。ついでに説明しておくと二年生は三階、一年生は二階に、それぞれの教室があり、一階には保健室や教務室、あとは奥の方に運動部の部室が列している。その棟から、文芸部の部室がある『特別教室棟』へ行くには、渡り廊下を越えなくてはならない。

 渡り廊下は橋のようになっていて、二つの棟の、二階と二階を繋いでいる。

 四階に教室のあるムスビ先輩が、違う棟の、これまた四階にある部室へ行くためには、最短コースを辿るなら一旦、通常教室棟を二階まで下り、そこから渡り廊下を通って、辿り着いた特別教室棟を更に四階まで上らなくてはならないわけだ。

 事件が発生したその日、渡り廊下を通っていたのは先輩だけではなかった。


(あっ、あの後ろ姿はルリちゃん!)


 ムスビ先輩は自分の前方、雨漏りの後が点々と床に残る渡り廊下の半ばを、図書委員の知り合いが先輩に背を向けて歩いている事に気付いた。図書委員のルリさんと、昼休みは基本的に図書室に入り浸るムスビ先輩は、たまに会話するくらいの仲だった。

 先輩は話しかけようと思ったが、わざわざ駆け足で近寄ってもウブな彼女を困らせるだけだと思い、距離を保ったまま部室への道程を進む事にした。

 前方のルリさんが渡り廊下を越え、特別教室棟に足を踏み入れたその時、突然、彼女は前のめりに転んだ。同時にバシャンと水の溢れる音。ムスビ先輩は急いでルリさんに駆け寄った。


『大丈夫、ルリちゃん?』


 先輩がルリさんを助け起こす。


『わ、わたしは大丈夫です。でも……』


 ルリさんは転んだ先に目を向けた。ムスビ先輩が視線を追うと、そこにはひっくり返った芳香剤の容器があった。中のドロリとした液体がリノリウムの床に溢れ、近くの下り階段にまで流れていた。オレンジの匂いが廊下にむんと拡がる。


『あら大変! すぐに拭かなくちゃ!』


 雨漏り地帯の渡り廊下にはバケツと雑巾が常備されている。それらを取りに行こうとした先輩の袖を、ルリさんが掴んだ。


『だ、大丈夫ですっ。わたしのドジで溢しちゃったんですから、あとは、わたしが片付けておきます』


『でも』


 先輩が食い下がるが、ルリさんは首を必死に振った。


『いいんです! 普段お世話になってる先輩には、め、迷惑かけたくないんです!』


『そんなに言うなら、あなたに任せるけど』


 不審がりながらもルリさんの言葉通り、先輩はそのまま部室へと向かっていった──





 ここでムスビ先輩が一旦、言葉を切った。


「……それが一昨日の出来事よ。ここまでで何か質問あるかしら?」


 雛崎さんが右手を上げる。


「はいっス。質問いいっスか?」


「どうぞ、ヒナちゃん」


「なんでオレンジなんスか? ローズの方が良い匂いだと思うんスけど」


「要点そこじゃなーい!」


 ムスビ先輩はわざとらしく雛崎さんに突っ込んだ。雛崎さんはケラケラ笑う。


「ムスビ先輩、いまのナイスなツッコミだったっス」


「ふふっ、そう言われるとツッコミを入れた甲斐があったってモノだわ。でも、いま良いところだから大人しくしててね」


「はーいっス」


 僕は二人のやり取りを冷めた目で観ながら、先輩に疑問を投げかけた。


「先輩のさっきの発言が事実なら、その転倒事件には裏があるわけですよね?」


「そうよ」先輩がきっぱりと言う。「一昨日の段階では私も気が付かなかったわ。でもその次の日──つまりは昨日、芳香剤の散布が巧妙に仕組まれた罠という事を知ったのよ」


 先輩は再び、事件を語りだす──





 昨日は雨が降っていた。

 梅雨特有の絶え間ない雨が校舎を濡らす。

 すると校内で一番被害を被るのは、渡り廊下である。老朽化の激しい渡り廊下では、天井から染み出た滴がバケツに落ち、へんてこなコンサートが催されていた。

 ムスビ先輩はこの日も部活動に勤しむため、部室へと歩を進めていた。

 渡り廊下を過ぎ、特別教室棟の二階まで辿り着いた時、ふと先輩はその足を止めた。昨日ルリさんが撒いた芳香剤の匂いはまだ消えてなかった。

 ムスビ先輩は芳香剤を溢した床を確かめた。液体は確かに拭かれており、その部分だけ僅かに光沢を出していた。先輩はそこに違和感を覚えた。試しに、艶のある床を慎重にブーツで踏んでみた。とくにおかしなところはない。

 気のせいか……ムスビ先輩が踵を返した、その時。


 ずるっ、とムスビ先輩は足を滑らせた。


 尻餅を着く先輩。彼女の数十センチ先には下り階段があり、危うく落ちるところであった。電灯の消された目下の踊り場は、不気味な影を纏っているようにも見えたという。

 先日に溢した芳香剤は、完璧には拭き取られていなかったのだ。

 ただし、普通の靴で歩く分には別段、滑ったりはしない。みんなが簡単に転んでしまったら、それなりに人の通りがあるこの階段では、既に怪我人が発生していなくてはならない。

 では、なぜムスビ先輩は滑ったのか。元より運動神経が未発達な人間ではあったが、原因はそこではない。

 その日は雨が降っていた。雨漏りで水溜まりの出来た渡り廊下を通ってきたムスビ先輩の靴底は、僅かながら濡れていた。しかも先輩の履いているブーツは底面が平らで元より滑りやすかった。そんな靴で科学製剤の液体が残った床面を歩いたら、摩擦が消え、つるんと滑ってもおかしくはない。


 晴れの日にはただの床だが、雨が降り、しかも特定の靴を履いている者にだけ、牙を向けるのだ。


 ムスビ先輩は床にお尻をつけたまま、思考を巡らせた。こうなる事を知っていて、わざとルリさんは芳香剤を溢したのではないか?

 彼女は偶然を装って、芳香剤をばらまいた。

 文芸部の部長が証人兼目撃者だ。ルリさんは流れた芳香剤を拭き取ったが、少しだけ液体を残した。濡れたブーツで歩けば転んでしまう程度には薬剤を残してしまった──という風を演じるのだ。もし人が階段から転落しても、まさか自分が溢した芳香剤で人が怪我をするとは思わなかったと、しらを切る事だって出来る。もし雨漏りが無ければブーツは濡れずに済み、結果的に転倒事件も起きなかったはずだと、学校側に責任転嫁する事も可能だ。

 容疑者にはなるが、『想像だにしなかった偶然』という免罪符があった。

 ムスビ先輩は安全な床まで四つん這いで移動し、すっくと立ち上がった。そして万歳しながら、こう叫んだ。


『凄いわっ! まさしく、これはプロバビリティーの犯罪よ!』





「えっ、叫んだんですか。一人で。学校の廊下で?」


 僕は思わず聞き返した。先輩は恥ずかしげもなく言った。


「ええ、つい嬉しさを声で表現しちゃったわ」


「そうですか……」


 絶句する僕。そんなだから『文芸部の変人』と後ろ指を指されるのだ。

 変人はこう続けた。


「ルリちゃんの溢した芳香剤はね、粘質の液体が入っていたの。洗剤を使わないと取れない頑固なものね」


「なるほど、だから滑りやすくなったんスね」


「あっ、でも安心して。濡れた足でそこを通っても、もう転ぶことはないわ。昨日のうちに、私とルリちゃんとで、残っていた芳香剤を綺麗に拭き取ったから」


「なぁんだ。ホントに事件が起これば面白かったっスのに。ちょっと残念」


 涼しい顔で恐ろしい事を雛崎さんは宣った。


「誰かが怪我をしてからじゃ遅いのよ、ヒナちゃん──芳香剤を完全に拭き取った後、私はルリちゃんの元、つまりは図書室へ駆け込んだ。真相を本人から聞き出すために」


「アクティブっすねぇ、ムスビ先輩」


「まあね。でも私は、その時点で既に事件の全容を大体把握していたわ。だから私は、ルリちゃんにトリックのカラクリを突きつけるのと同時に、こう言って上げたわ」


 ムスビ先輩が、ルリさんを見る。ルリさんは申し訳なさそうに肩を収縮させていた。でも、その顔は少し赤みがかっていた。

 先輩は嬉しそうな表情で、昨日ルリさんに語ったという台詞を今一度、口にした。



「あなたの〝恋〟を私たちが応援するから、明日、文芸部に来なさい──って」



  ☆



「恋、スか?」


 ぽかーんとした顔の雛崎さん。鏡を見れば、僕もきっと同じような表情をしているだろう。いつもそうだが、ムスビ先輩の話には脈絡がない。自分だけ分かった気でいて、僕たちに答えを最初から教えようとはしない。もう少し、先輩から話を聞く必要がありそうだ。

 シャーロック・ホームズを気取る女子高校生は、傷害未遂の犯人──いや、例え誰かを傷付けても、無罪になり得る罠を仕掛けた人物を見つめた。

 観念したようにルリさんがぽつぽつと述べる。


「わたしが階段に芳香剤を撒いた理由は、先輩を奪おうとしていたアイツを、怪我させるつもりだったんです」


 穏やかじゃない台詞を彼女は口走った。


「先輩? アイツ? 誰の事っスか?」


「ここからは、私が説明するわ」


 ムスビ先輩がしゃしゃり出た。


「で、でもっ」


 ルリさんが何か言いたげに上目遣いで先輩を見た。対してムスビ先輩は、ルリさんの言葉を片手で制した。


「私だって腐っても文芸部の端くれ。昨日も言ったけど、あなたのトリックも動機も全てお見通しよ──そうね、まずは外堀から埋めていきましょうか。うちの図書室は何処にあるか、ヒナちゃんは知ってる?」


 探偵になりきる先輩は唐突に、雛崎さんに簡単な問題を投げ掛けた。質問の意図が理解できない雛崎さんは事務的に返答する。


「えっと、この部室の三階下、つまり特別教室棟の一階にあるっスよ」


「そうよ、よく覚えていたわね。さすがヒナちゃん、お利口さんね」


 誉めるべき案件ではない気がするが、雛崎さんは照れたように頭を掻いた。


「えへへ、まあ、それほどでもあるっス!」


「それで」僕は先輩と雛崎さんの無用な会話を遮った。「図書室が、そのプロバビリティーの犯罪とどう関与してくんですか?」


「図書室の前の廊下って、端から端まで走ると結構いい運動になるというのは知っていたかしら?」


 ムスビ先輩の言葉を聞き、僕はふと雨の日限定で、図書室前の直線廊下を走っている集団がいる事を思い出した。


「ええ。確か運動部の生徒が雨の日に、体力作りのためによく走ってますよね」


「そう。あの廊下で運動してるのは、パルクール部の生徒たちよ」


「へぇ、そんな変な名前の部活があるんスね」雛崎さんは小首を傾げた。「ってか、パルクールって何スか?」


「パルクールというのはね、地形とか障害物とかを活かして、走り回ったり、よじ登ったり、飛び越えたり、日常ではあまり使用しない動作をして身体を鍛えるスポーツよ。ヒナちゃんも、校庭とかを縦横無尽に走り回っている人たちを一度くらいは観た事があるはずよ」


「あー、はいはい! あのレベルの高い鬼ごっこみたいな事してる連中っスね。あれパルクールってスポーツやってたんスね」


「まあ、ルールというのは明確にはないから、スポーツというよりは単なる運動に類するみたいだけどね」


 雛崎さんが感嘆の声を上げる。


「ほほ~! ムスビ先輩はそんな事まで知ってるんスね。やっぱ天才っス。マジ、リスペクトしてるっスよ、自分!」


「ふふん、それほどでもあるわ」


 僕は気だるく言った。


「まあ、部活案内のパンフレットに書いてありましたけどね、まるごと、その情報」


「ケイくん、しーっ、しーっ! それは内緒にしといて!」


 ムスビ先輩は瞼を強く閉じながら、ピンと立てた人差し指を口元に添えた。

 僕は先輩を無視し、得られた情報を整理してみる。

 図書室の前で運動する部活。

 そして『先輩を奪おうとしていたアイツを怪我させるつもりだった』と語ったルリさん。

 この事から察するに……僕はムスビ先輩に訊いた。


「ルリさんは、そのパルクール部の先輩を盗ろうとしていた生徒に、怪我をさせようとしていた?」 


「そう。端的に言うと、ルリちゃんは恋をしていたのね、パルクール部の先輩に」


 ズバリと言ったムスビ先輩の言葉に、当のルリさんは耳まで赤くさせた。こんな風に女の子的な表情が出来る娘さんなのだが、傷害未遂に先ほどの呪詛めいた発言──これらのせいで、奇妙なギャップが生じてしまい、僕の頭の中は彼女をどう受け止めたら良いのかすっかり混乱していた。


「図書委員に所属しているルリちゃんは、雨の日に図書室前の廊下を走る、その先輩を見て胸をときめかせた。けれど自分から声をかける勇気はなかった。そうこうしている間に、先輩にファンが現れた──そうね、このファンの子を仮にSとしましょうか。自分は観ているだけなのに、Sは馴れ馴れしく先輩に話しかけている。ルリちゃんはそれが許せなかったのよ。だから雨の日のパルクール部の練習場所である『特別教室棟一階』までの道すがらに罠を張ったのよ。Sが階段から落ちればいいと思って」


 僕は先日、図書室で本を借りた時を思い出した。ルリさんは廊下を常に気にしていた。先輩の言っている事が正しいのならば、それは廊下を往復するランナーを見るための行動だったのだろう。

 ルリさんは目を泳がせていた。どうやらムスビ先輩の推理は正解らしい。


「私のブーツで滑ったのだから、Sも同じようなソールの靴を履いているのでしょうね。Sだけを転倒させられる、まさしく狙いしましたトリックね」


「むぅ……」ルリさんが唸る。


 僕は正直、感心していた。ムスビ先輩をただのミステリーオタク程度に思っていたが、まさかここまで読める人間だったとは。

 僕はムスビ先輩に言った。


「しかし、まるで見てきたように喋りますね、先輩」


「ええ、現に観てきたんだもの」


「はい?」僕は呆気にとられた。


「私も放課後に図書室を利用した事があるから、彼女の恋心なんて事件の前から知っていたわ。だって雨の日はずっと廊下の方に目を向けていたし、Sがパルクールの先輩と歩いていると、鬼のような表情になっていたんだもの。分かりやすいわ。観察し甲斐のある可愛らしい子ね」


 ようするに、ハナっから答えを知っていたわけだ。


「それ、推理って言えるんですか?」


「あら、私は一度も推理したなんて言ってないわ。観てきた事象を、単純に繋ぎ合わせただけよ。ホームズのように見てもいないものを想像できるほど、私は天才ではないわ」


「そ、そうですか」


 僕はこれ以上何も言わない事にした。先の感心は、僕の一時的な気の狂いという事にしておこう。

 長テーブルに頬杖をついていた雛崎さんが、ムスビ先輩に尋ねる。


「それで、これからどうするんスか。ルリっちを殺人未遂の容疑でケーサツに突きつけるんスか?」


 先輩は首を横に振った。


「そんな事するわけないでしょ。さっきも言ったとおり、ルリちゃんの恋を私たちで応援するのよ。こんな野蛮な方法ではなく、もっとスマートなやり方で!」


 ムスビ先輩がガッツポーズをとる。そう言えば、そんな事を言っていたっけ。


「あ、あのっ、わたしは別に応援とかそういうの、してもらいたいワケじゃなくて。ただ、わたしのやった事を誰にも言わないって、約束してもらえれば、それで……」


 ルリさんが今にも泣き出しそうな顔で呟いたが、熱しやすく冷めにくいムスビ先輩の耳には残念ながら届かなかったようだ。先輩はルリさんに近寄ると、気弱な女学生の肩を力強く揺さぶった。


「私の名前は緑野ムスビ。略して縁ムスビ。人の縁を結ぶような人格者になれという願いを込めて、お爺様が名付けられたの。あなたの恋愛だって成就させてみせるんだから」


「ひ、人の、話を、き、聞いて、下さっ」


 ルリさんが目を回している。

 僕はムスビ先輩に突っ込んだ。


「いや、ムスビ先輩の名字は〝ミドリノ〟でしょ。略したら、えんムスビ、ではなくて、みどりムスビになるんじゃ──」


「おだまりなさい、ケイくん! そんなの些細な事よ」


 おだまりなさい、って。昨今そんな言葉を使う女子高生はいないって。


「おお、なんか盛り上がってきたっスねぇ!」


 雛崎さんがワクワクし始めた。この子はこの子で何と言うか、実にマイペースだ。彼女は謎解きよりも、こういうお祭り騒ぎの方が百倍楽しめる人間なのだ。白い肌を紅潮させ、鼻でふんと空気を吹かせた。

 エンジンが暴走したムスビ先輩を止める事は誰にも出来ない。彼女は一人で盛り上がって、そして自爆するまで止まらない。本人は善意でやっているのだろうが、周りから見たらそれは単なるテロリズムだ。

 僕は溜め息を吐きつつ言った。


「で、どんな応援をするんですか」


「ちょ、ちょっと、せ、先輩?」


 ルリさんが僕を凝視する。

 僕を、荒ぶったムスビ先輩を止めてくれる唯一の助け船と思っていたのだろう。申し訳ないが、僕は文芸部の一員。ムスビ先輩の配下である。助けてやりたいのは山々だが、文芸部部長のトランスは、出会って一年程度の僕では対処できない。暴走した機関車は、燃料が燃え尽きるまで動かし続けた方が被害は少なく済むのだ。


「あら、珍しい。乗り気なのね、ケイくん」


「全然、乗り気じゃないです。けど先輩一人じゃ、ルリさんに迷惑をかけるだけかけて、失敗に終わらせちゃうでしょうが」


「ひっどいんだぁ、ケイくんは! それ目上の人に言う言葉じゃないわよ!」


「いいっスねぇ、いいっスねぇ! 恋のキューピッド大作戦。あたし、もう現段階で胸がドキドキ進行形っスよ! ムスビ先輩、どんな方法で二人をくっ付けるっスか?」


「あ、あのぅ、だからわたしはぁ」


 ルリさんの微弱な声は、ムスビ先輩の台詞で上書きされた。


「もう計画は立ててあるわ。ルリちゃんがプロバビリティーの犯罪を使ったように、キューピッド役である私たちも、この方法でルリちゃんとパルクール部の生徒をムスんで上げようと思っているわ」


「さっすが、文芸部のドン! 三分料理も真っ青の用意周到さっスね!」


「ふふふ、ヒナちゃん。私を褒めたって何も出ないんだから」


 迷惑は、人の三倍は出ると思う。現にルリさんを困らせている。しかしそこは文芸部のドン。相手の気持ちなど露知らず、ムスビ先輩は高らかにこう言い放った。


「さあ、文芸部の誇りにかけて、全員、張り切って行くわよ!」


「おーっス!」


 波長の合う二人が、天井に拳を掲げた。

 そんな二人を、僕は諦観していた。

 文芸部の三人を、ルリさんは涙目で見つめていた。


 ──かくして、『プロバビリティー的恋愛作戦』はブリーフィングを終え、計画を実行する段階へと移行するのであった。

 


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