終わる世界の真ん中で
世界なんて、当たり前にずっと続くと思っていた。
そりゃ、ずっと遠い未来には、地球が滅ぶと言われても、そんな先、どうせ生きていやしないし。
僕が生きている限り、ビルが建ってて、車が走ってて、排気ガスで少し曇ったこの世界は永遠に続くのだと、そう思っていた。
世界の終わりというものは、案外あっけなくやってくる。
1年前、NASAが緊急会見を開いた。それは、約1年後、地球に隕石が落ちてくること、その隕石の撃墜は難しいこと、そして、もし隕石が地球に墜落した場合、地球に与える被害は甚大で、
人類は滅亡するだろう、と伝えた。
そのニュースは世界中を瞬く間に駆け回り、世間は動揺した。ワイドショーや新聞は連日この事実を伝え、あらゆるその道の専門家が、この件に対して意見を述べた。
しかし、調べれば調べるほど、隕石が地球に墜落し、人類が滅ぶという事実は揺るぎないことだとわかった。
ある人は、これは驕り高ぶった人間への罰だと、声だかに唱えた。
ある人は、どうせ冗談だろう、と笑った。
誰も何も言わなくなったのは、笑えなくなったのは、政府が、国民全員を地下シェルターに避難させ、コールドスリープさせる、と発表した時からだ。
隕石が地球に与える被害は、また未知数だ。それなら、せめて被害が少なそうな地下に避難させよう。救助に長く時間がかかってもいいよう、コールドスリープさせておこう。そう、政府は考えた。
全国民の避難が終わったのは、隕石墜落が予想される、1週間前だった。
避難指示を無視して、人でごった返す地下から逃げ出して、
僕は、住民全員が地下で眠りについている街に、1人でいた。
誰もいない街は、昼間なのにとても静かで、ただただ太陽が眩しかった
話す友達も、怒る親もいない静かな街で、地球最後の1週間を僕は案外楽しく暮らした。
街中で歌おうと踊ろうと何をしようと勝手な世界は、実に自由で楽しかった。
夕焼けは美しいこと、街の光がない夜空は明るいこと、この世界は案外綺麗だったことを、僕は初めて知った。
最後の1日ぐらい、外で夕飯を食べよう。
そう思った僕は、鍋とコンロと、切った食材を持って、丘のある公園へ行った。
僕以外、この街には誰もいないと思っていた。だからとても驚いた。
丘のある公園のブランコに、少女が1人、乗っているのを見た時は。
風に揺れる長い髪も、セーラー服も、まるで映画のワンシーンみたいだ。そう思って見ていると、少女がこちらを見た。
それが知った顔である事に、また驚いた。
「宮西…」
「あれ、斎藤じゃん!どしているの?」
宮西は、僕を見て、驚いたように、でも、嬉しそうに笑った。
「ダメだよー。政府の命令無視しちゃ。バレたら怒られちゃうよ?」
「そういう宮西も無視してるだろ。てか、もう怒る人もいねーよ」
確かに、と宮西は笑った。
からからと高い笑い声が、夜の空に響いた。
「なんで斎藤は、地下に避難しなかったの?」
持ってきた食材で作った鍋を2人でつついていると、宮西が聞いてきた。
「あ、言いたくなかったら、言わなくていいけど」
「いや、別に、大した理由じゃないんだけど」
「うん」
「世界の終わりをさ、見たいと思ったんだ」
「世界の終わりなんてさ、そうそう見れるもんじゃないだろ?てか、一回しか見れないだろ?しかも、その一回が今じゃんか。そしたらもう、いてもたってもいられなくて。結構大変だったんだぜ?親にバレないように水と食料貯めて、避難するときも、混乱に乗じて戻ってきて」
気付かず饒舌になっていた。
世界の終わりを見てみたい、なんて、言葉にすれば恥ずかしくて。そんな厨二病でもあるまいし。
でも、それが本音だった。
ただ、世界の終わりを見てみたかった。
たとえそれが、美しい景色で無くても。
地球という1つの惑星が終わる瞬間を、この目で見てみたかった。
「笑うなよ?」
ちらっと宮西の方を見ると、少し微笑んでいるように見えた。
「笑わないよ」
「そういう宮西はなんで避難しなかったんだよ」
「あー、別に大した理由じゃないんだけどねぇ」
宮西はちょっと困ったように笑った。
「ま、無理強いはしないけど。興味もねぇし」
「ちょっと、興味無いはひどくない?」
冷たいなぁ、っと宮西は笑った。
「私さ、死ぬの怖いんだよね」
「うん?」
「小さい頃から怖かったの、死ぬの。もっと言うと、死んだら自分がどうなるのかが。まるで、自分の存在が黒く塗りつぶされるみたいで」
「だったら、コールドスリープしてた方が良くないか?眠ってるうちに死ねるんだぜ?」
「それがやなの」
はっきりとした声で、宮西は言った。
「眠ってるうちに楽に死ぬなんて、私は嫌だ」
ふう、と息をついて、小さい声で宮西が続けた。
「中学の友達がね、死んだの。去年の夏に。ずっと体が弱くて、学校もろくに来られなくて。死ぬことの恐怖だって、私よりも、ずっとずっと感じてたはずなのに」
それなのに
「その子は、最期、笑ってたの」
「楽しかった、って」
少し、宮西の声が震えた。泣いているみたいだった。
「その子は、最期まで逃げなかったの。死の恐怖からも、自分からも。だから、私も逃げないの。眠ってなんかいないで、この目でちゃんと見るの。
この世界の最後を。
私の最期を」
くるっと、こっちを向いて宮西が笑った。
「それで、隕石に言ってやるの。ザマーみろって」
お前なんかに負けるほど、人間は弱くないって。
「…それいいな。俺も言ってやろうかな。どうせならもっと綺麗な終わり方をみせろって」
「これで、世界が終わらなかったらサイコーだよね。もう、隕石に向かって、ださっ!って言っちゃうわ」
「それな!俺も言うわ。てか、コールドスリープしてる人達にも言うわ。お前らビビリかよ!ださっ!って」
「ね!ね!」
だったら楽しいなー、と宮西はケラケラ笑った。
「ん?でも、そしたら、斎藤、世界の終わり見られなくない?」
「あー、まぁ、それは別にいいわ。見られたらラッキーくらいで」
なにそれ、と宮西がまた笑う。
鍋の煙が、まっすぐ上がり、暗い夜空に吸い込まれていく。それはまるで、この煙を軸にして、地球が回っているかのようだった。
今、ここが世界の中心だ、とその時急に強く思った。
終わる世界の真ん中で、世界を終わらせる隕石に悪態をつく。来るはずのない明日を強く願う。
なんて奇妙で、滑稽で、無力で、そして、力強いんだろう。
終わる世界の真ん中で、僕らは確かに無敵だった。
(終)
大変、お久しぶりです。はちです。
もう少し、上手くなりたいなぁ、と思いながら、書いた話です。精進します。
感想、コメントなど頂けると嬉しいです。
読んでくださった全ての人に、感謝を込めて。
はち
(2017 7/23 追記)
2018 2/24
加筆修正おこないました。
進化したか、退化したかはわかりませんが…
個人的にスッキリしたので良しとします。
誤字、脱字等ありましたら、教えて頂けると幸いです。
感想、コメントなど頂けると嬉しいです。
読んでくださった全ての人に、感謝をこめて。
はち