不健康ガール(3)
数ヶ月後。
今の生活にも馴れ始め、クラスメイトの誤解も解けつつあった。
まだ微妙にぎこちなかったりするけど……。
友達はまだ早海しかいない気がする。
今日も唯一のお友達と昼休みにだべっているし……。
「ね、ねぇ。か、川島君。え、栄養ドリンクを……E以外を……」
「お前は今日も……絶望的に体調悪そうだな」
前と変わらず後ろの席で死にかけている早海。後から知ったことだけど、こいつ食生活も壊滅的だけど、睡眠時間も壊滅している。
毎日ネットゲームで友達と戯れてるそうだ。
「昨日は何時間寝たんだよ?」
「ふっ。寝てない自慢していいの? 私が言うとかっこよくなっちゃうよ?」
「いいから言え」
「さ、三時間ぐらいかな~」
目が泳ぎまくってる……分かりやすぎるだろ……はぁ大方夜遅く……というか朝までゲームしていたんだろう……。
「ねぇーねぇー栄養ドリンク―。あと昼に購買のクッキーが食べたーいー」
「どうしても行って欲しかったら、お前のカップ数を教えてくれ」
「八十六のE」
「だからお前にプライドは!? って、えっ!? E!? そんなにデケェの!?」
「あ、アホ! 人に聞かれたら恥ずかしいじゃん! 特に男子に知られるのはなんか嫌!」
俺も男子なんだけど!?
しかし……Eか……E。着痩せするタイプか? いい感じだな。お前オロナミンEずっと飲んでろよ。
「お菓子だけでも胸って育つんだな……」
「うん。最近もまた……あーあ。これ以上大きくなっても困るんだけどなぁ」
「……それに俺はどんな反応しろっていうんだよ」
「大きい方が好きだよ。はぁはぁ。て、言ってればいいんじゃない?」
「俺は変人か!?」
「変人じゃないの?」
嬉しそうに言いやがって。コンチクショウ。
はぁ。なんかどっと疲れた……学食で昼飯でも食うかな。
「ん? 今日は学食行くの? 珍しいね。いつもは女子が密かにドン引きしていた、やたら凝った手作り弁当持ってくるのに」
なっ!? あの健康弁当ドン引きされてたの!? あれ超時間かかっているんだぞ! 地味にショックだ……。
「……今日弁当忘れちまったんだ。しょうがねぇから帰りにドリンクは買ってきてやるよ」
「んー。川島君が行くなら私も学食行こうかな? よいしょ」
気だるげに立ち上がる早海。
「ま、待って。お前学食で普通の飯食うの!? それなら俺毎日学食で食うぞ!?」
「そう? 私が食べるのはプリンとクッキーだけど?」
「しね」
「日に日に私の扱い酷くなってない!?」
「女の子にしねはなかった。悪い。つい本音が出てしまった……クズ」
「全然悪いと思ってないよね……」
そんな恨みがましい目で見るな。
裏表がない性格って最高じゃね?
さて、学食に行きますかね。早くいかねぇと席が埋まっちまうし。
「ほら行くぞ」
「あっ、待って――――!」
ドサリ……。
ふいに後ろから聞こえる。大方運動不足で足でも縺れさせたんだろう。仕方ないな。
「お前何やって――」
言葉が詰まる。床にうつむせで倒れたまま、動かない早海。
ふざけてるようには見えない。
「おい!!! 早海!!!」
俺の声にもピクリとも反応しない。顔の表情は苦しそうに見える。
いつも青白い肌をしているが、それがさらに人間の肌とはかけ離れている気がする。
最悪の想像が頭をよぎる。
「か、川島君? ど、どうしたの? 早海さんいきなり倒れたように見えたけど……」
女生徒が心配そうに近寄ってくる。
俺は話しかけられたことで自分が今何をするべきなのかを悟る。
「おい! 先生呼んできてくれ! 早く!」
「えっ……?」
女生徒はいきなりのことに、思考が停止したのかその場で固まってしまう。
それが今の俺にはもどかしい。
「早く!!!」
「ご、ごめん」
……まずい。慌ててもいいことはない。落ち着かないと……。
いきなり倒れたんだから、なるべく素人が動かさない方が良い……みたいなことをテレビで言っていた気がする。
「ちっ。こんなことなら真面目に見とくんだったな……おい! 早海! 早海!」
俺にできるのは呼びかけることだけ。それしかできない自分が情けなかった。
◇◇◇
「ごめんね☆ てへぺろ」
「二度と目を覚まさなきゃよかったんじゃないですかね……?」
あの後、教室に保険医が来て診察し、その後に病院に搬送。今は病室にいる。
そして診察結果は――睡眠不足と栄養失調による貧血。
当たり前だ!!!
結果を聞いた瞬間本気でめまいがした。今度は俺が倒れるかと本気で思った。
完全に自業自得。何もフォローできない。
「貴方様は本当に反省されているんでしょうか? なんで生きているんですか? 恥ずかしくないんですか? クズ」
「うぅ。な、なにも言い返せない……く、クズの分際であえて一つ言わせて頂きますと……その他人行儀な敬語をやめて頂けると……」
「……」
「うぅ……心配かけてごめんなさい」
はぁ。その泣きそうな顔はきたない。まあ、本気で反省しているみたいだからいいか。
俺以外にも、先生とかから散々怒られたみたいだ。お菓子禁止令も出されたし。
早海は幸い命に別状はない。
念の為病院で点滴をうって一日だけ入院することになったけど。
「ありがとう……そ、その、倒れた時、川島君の声は聞こえてて、すごく心配してくれて」
「うっせい。早く体調直せ」
「……うん!」
俺はなんだか気恥ずかしくて早海から視線を外す。たくっ余計なとこは覚えてやがって。
「でも……うぅ。お菓子禁止とか私はこれから何を食べて生きて行けばいいの……」
「こんなことになったら当然だ。普通の飯を食え。これを機に健康的な生活を送れ」
「お菓子……お菓子……お菓子。オカシ……」
おい。こいつ薬切れみたいになっているけど大丈夫か?
トントン。
控えめなノックが病室に響く。すると、30歳後半くらいの上品な女性が入ってきた。
「お、お母さん……」
ああ。言われてみれば確かに似てる……。
ていうか母ちゃん綺麗だな……。
「未唯……ふふっ。み、未唯? あ、あなた、ふふっくくく」
「へっ……?」
こ、この人よく見れば必死で笑いこらえている。な、何かおもしろい状況だっけ?
「ふふっ。お、お菓子の食べ過ぎと、睡眠不足で……ぷぷっ。にゅ、入院とか……」
早海に嫌味を言っている感じはない。純粋に馬鹿にしてる感じはすげぇーあるけど。
まずい……自分の娘が入院したのにこの反応は……さすがは早海兄妹の母親。
「ねえねえ。お兄さん。聞いて下さいよ~。この子もういい年なのに……お、お菓子の食べ過ぎでね~」
違う。母親ならここはしっかりと叱ってやるのが優しさだろう。
この本来ではありえない母親の反応に対して俺は――。
「ですよね! こいつ馬鹿すぎて何も言えないですよ! 五歳が一人暮らししても、もっとましな飯を食いますよ」
「もっと病人に気を使ってよ!!!」
盛大に乗っかってやった。だって無駄に心配させられた仕返しはしたいじゃん?
「はぁ? 病人? 未唯? どの口が言うんですか? 反省しているのですか?」
「はぁ? テメェは病人じゃねぇ。ただの弱者だ。本当の病人に土下座しろ。今から病院内を土下座ツアーするから」
「これイジメじゃない!?」
「はい。お馬鹿さんは放っておきましょう」
「そして娘を放置!?」
早海のお母さんは俺の方に向き直る。
「お兄さんが川島君? いつも息子から話を聞いています。ノイローゼになるぐらい……」
来鹿さんはどれだけ俺のこと大好きなの!? キモ過ぎるんだけど。
「来鹿は基本人間嫌いなので、ここまで特定の個人に入れ込むのは非常に珍しいですね。結婚はいつします?」
絶対しねぇよ!?
「ま、待って――」
「ちなみに家は海外で会社を経営しています。長男の夫ですから財産は――」
「そういえばあのマンションも……」
「結婚すれば貴方の物です♪」
ここで一瞬考えてしまったのはしょうがないと思うんだ。人間金がないと生きていけないし。
「に、兄さんと結婚なんて絶対に、だ、駄目!!!」
そこで雄叫びを上げる早海。
はっ!? 俺はいったい何を考えているんだ! 男と結婚なんてありえないだろ!
「さ、サンキュー早海。危うく金に魂を売る所だった……」
「……あ。べ、別に兄さんが誰と結婚してもいいんだけど……か、川島君は……」
「えっ? お前俺のこと好きなの?」
「川島君!? 親の前で何トチ狂ったこと言ってるの!?」
やべっ。いつものノリでつい。
「ふふっ。貴方面白いですね」
「いやあ~。それよく言われますね~」
「ふん。川島君から面白さを取ったら何も残らないもん……」
いじけんな。ちょっと可愛いじゃねぇか。
「大変気に入りました。貴方に未唯の世話役をお願いしたいです」
「世話役?」
聞きなれない言葉が飛び出して来てびっくりする。なにそれ? 執事みたいな感じ?
「本当は恋人、むしろ結婚してくれてもいいんですが……」
「お母さん!?」
「でも、お菓子の食べ過ぎで倒れるおかしい娘を嫁がせるのはちょっと……まだ来鹿の方がお勧めです」
「俺としてはどちらもお断りです」
「またいじめだあああああああ。というか男の子に娘よりも息子を進める親ってなに!?」
最高に苦虫を噛み潰した様に答えるお母さまに盛大に便乗。
おい。早海。自分の母親だから気が付け、この人多分少しでも俺が肯定的なことを言ったら、即入籍させに来るぞ。
なんか俺の脳みそがガンガン危険を察知している。
絶対に敵に回してはいけないタイプだ。
「引き受けて頂けませんか? 私海外の本社にいることが多いので……この娘絶対に隠れてお菓子を食べるので……」
「うぅ。そ、ソンナコトナイヨ……」
やべぇ。これほど説得力のない発言を俺は知らない。
「世話役と言っても、食事の管理をして頂くだけ結構です」
「……い、いやでも……」
正直面倒な感じしかしない。同級生の世話役ってなんだよ。頭おかしいだろ。
でもなぁ……こいつに隣の部屋で死なれても目覚めが悪いし……。
「勿論謝礼はお支払いします」
「えっ。マジですか? そうなると話は変わります」
「ま、待って。私どう反応したらいいかわからない。当事者の前で妙に生々しい話やめない?」
「そうですね。一食当たり。うーん。高校生のアルバイトっていくらかしら……」
「時給千円あれば多い方かと」
俺コンビニ九百円だし。
「なら、月二十万円払いましょう」
「引き受けましょう」
「人が金に魂を売る瞬間を見た!」
家賃に光熱費、さらには学費を払ってもお釣りがくるぞ。
いや~奨学金って結局返さなきゃいけないからな~。これで先が明るい!
「えっ!? 受けるの!? 同級生の世話役とか頭大丈夫!?」
「ありがとうございます! 勿論川島君の食事代等もこちらが持ちます。なので、領収書とかはきちんと貰って下さい」
「だから! 会話が生々しいよ!」
うっさい。隣で衰弱死されても迷惑なんだよ! このまま行けばお前は確実に死ぬ!
「本当にありがとうございます! やり方はあなたに任せますので」
「任せて下さい。一か月後には葉っぱがないと生きていけない身体にしますんで」
「それは別の意味でやばいよね!? 私ジャンキーになるの!?」
違法なもんは使わん。ただウサギの様に葉っぱを大量に食わせるだけだ。
「で、でも……か、川島君が私のご飯をつくる……ふん。食べてあげないこともないかも」
「……一瞬で調子にのったな……」
まあいいだろう。
なんだこの……不健康な女を自分色に染められる喜びは……!
変な感覚に目覚めそうだ……。
こうして俺はめでたく? 早海の世話役になった。
これからが楽しみだ。
◇◇◇
今日はめでたい早海の退院日……めでたくはねぇか。完全に自業自得だし。
まあそれは置いといて。ふたりでマンションに帰ってくる。廊下には綺麗な夕日が差し込んでいる。
そろそろ日も暮れてきて夕食時だ。
今日から食事の決定権は俺にある。
おおっ。不健康娘を自分の手で……すげぇテンション上がる!
「ねぇねぇ川島君。今日は私の退院記念だし、夜ご飯はポテチとポップコーンとか……」
「じゃがとモロコシを用意する。生で」
「育児放棄だ! 区役所に泣きつく! それとも児童相談所!?」
「てめぇ! よくわからねぇことをマンションの廊下で叫んでんじゃねぇ! ご近所さんがびっくりするだろ!?」
「ぶぅーぶぅー」
「はいはい。買い物してくるからお前は俺の部屋で待っていろ」
ちなみに早海の部屋の鍵は俺が預かっている。こいつの部屋には大量のお菓子がある筈だ。勝手に食われたら意味がないし。
あとで大掃除だ。
「えっー。私も買い物行く」
「だめ。お前絶対にお菓子買ってとか騒ぐじゃん」
小さい子供みたいにお菓子売り場で駄々をこねるまである。手に余る。
「うーん。信用ないなぁ~」
「あると思っているのがびっくりだよ。とにかくこれ鍵だから先に入ってろ」
俺の部屋の鍵を投げ渡す。
すると……ジッとそのカギを見つめる早海。
「か、川島君の部屋の鍵……」
「ん? お前の部屋の鍵と変わらんだろ? 部屋隣なんだし」
「……う、ううん。何でもない」
「えっ? お前俺のこと好きなの?」
「違うよ! そんなトチ狂ったことを真顔で言わないでよ! 馬鹿じゃないの!?」
そう全力で否定されると寂しいものがるけどな……。
「川島君……」
「ん? なんだ?」
「これからよろしくね!」
「……」
笑顔の早海。
……俺が世話役を受けたのは本当に単純な理由なのかもしれない。
この笑顔が見れなくなるのは嫌だからな。
「ああ。精々覚悟しておけ」
こうして俺たちの奇妙な関係が始まった。
読んで頂きありがとうございます。
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