表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

魂 その流れ

作者: 闇目

 プライベートで陰鬱な状態が長く続いていたせいか、こんな作品が出来上がりました。

 表題もイマイチなので、後日変更する可能性があります。

 一人の男が死んだ。

 生前はやりたい放題をした。だがそれがどういうう因果か分からないが、罪に問われる事は一度もなかった。

 気に入らない輩がいれば問答無用で叩きのめし、気に入った女がいれば相手に夫や恋人がいようがお構いなしに口説き落として肉体関係を結んでいた。

 時には本人の意思を無視して関係に及ぶこともあったそうだ。

 仲間が困っていれば相談に乗り助け、敵対者が窮地にあれば更に追い打ちを掛けていた。

 欲しいモノがあれば何が何でも手に入れようと合法違法を問わずに策を弄したが、殺しに関わる事だけはきっちりと避けていた。ただし「結果死亡」というケースは少なからず存在した。

 そんな彼はある意味で古いタイプのヤクザ。任侠を重んじる、といえば聞こえはいいが、実の所は己の欲望に忠実で感情の抑制が下手なだけの男だった。

 ただ取った行動が行動だったので、周囲から用心棒的な扱いを受けてたのは間違いない。

 最後は親類縁者に看取られての大往生であった。


 そんな男、より正確に言うならばその男の魂が今いるのは、光に満ち溢れた空間だった。

 周囲には何もない。認識できるのはただ真っ白で明るい空間だけ。

 己例外を一切認識できないというある意味で孤独な状態でありながら、男は寂しさを全く感じていなかった。それどころか満ち足りた気分に浸っている。

 男が浮かべている恍惚とした表情がその証拠だ。


 この状態がどれ程続いているのか。一年か、十年か、はたまた数世紀に渡るのか。

 時の流れを認識する物差しが自己以外ないせいで、男はその長さを認識できなかった。

 いや、認識しようとする意欲すら失っていた。


 徐々に男の身体がまるで光に漂白されるかのように消えて行く。

 普通であるならば自己の消失に恐怖しそうなものであるが、男がソレを認識する事は無い。

 ただ恍惚とした表情を浮かべたまま、己が消えゆく様を受け入れている。

 もしかすると、既に己が何者であるか、自己の置かれた状況すらも認識できなくなっているのだろう。

 程なくして、男の魂は完全に消え失せた。


 後には真っ白な結晶のようなモノが暫く残っていたが、それも程なくして霧のように消え失せてしまった。


   ***   ***


 一人の男が死んだ。

 生前はひたすら真面目に過ごしていた。ただここぞと言う時に災害に遭ったり事故に遭ったり病気になったり失敗したりと、とにかく廻りあわせの悪い事が多かった。

 子供の頃は気が弱くイジメられる側であったせいか、大人になっても対人関係を築くのが下手であった。お陰で友人知人は出来ても少なく、親友や恋と言えるまでの関係は築く事ができなかった。

 仕事は真面目にしていたが、生来の不器用さもあり評価はせいぜいが中の上。補佐には十分であるがトップは任せられない、というのが周囲の共通した認識だった。

 独りで過ごす時間が多かったせいか、趣味も他人を必要としないモノに偏っていた。悪い言い方をすればオタクであったと言えよう。ただそこから得た知識は膨大で、それで多くの人達に様々な助言を与えており、周囲からは知恵袋的な扱いを受ける事になる。

 男自身は極めて善良であったが、自身の資質と周囲からの反応が男を社会から遠ざけていた。それにより男自身の認識と評価は、酷く下方修正されたモノになってしまっていた。

 ひたすら運が無かった、そう言い換える事も出来るかもしれない。

 仕事上の事故で会社を辞めさせられた次の月に、厄介な病気に罹っている事が判明したのはある意味で幸運だったと言えるだろう。

 だがそれの根本的な治療法が見つからず、身体だけでなく心も蝕まれていった。

 最後は病を苦にしての自殺だった。

 終生独身であった。


 そんな男、より正確に言うならばその男の魂が今いるのは、僅かな光も射しこまない漆黒の空間だった。

 周囲には何もない。認識できるのはただ真っ黒な空間だけ。

 己例外を一切認識できないというある意味で孤独な状態の中、男はありとあらゆる苦痛を味わっていた。声は当の昔に枯れ果てており、口が声にならない悲鳴の形を作っている。

 男が浮かべている苦悶の表情が残された数少ない証拠だ。


 この状態がどれ程続いているのか。一年か、十年か、はたまた数世紀に渡るのか。

 時の流れを認識する物差しが自己以外ないせいで、男はその長さを認識できなかった。

 いや、認識する余裕すら失っていた。


 徐々に男の身体がまるで闇に塗りつぶされるかのように消えて行く。

 普通であるならば自己の消失に恐怖しそうなものであるが、男がソレを認識する事は無い。

 ただ苦悶の表情を浮かべたまま、己が消えゆく様を受け入れている。

 もしかすると、既に己が何者であるか、自己の置かれた状況すらも認識できなくなっているのだろう。

 程なくして、男の魂は完全に消え失せた。


 後には闇を凝縮した結晶のようなモノが暫く残っていたが、それも程なくして回りの闇に溶け込むように消え失せてしまった。


   ***   ***


 そこは灰色一色の空間だった。

 彼方に見えるうっすらとした色の違いは、恐らく地平線であろう。

 そんな無味乾燥な空間に、一つの存在が漂っていた。

 体形からは男とも女とも判断が付かない。

 人間で顔に当たる部分には、目や鼻や口といった表情を構成する重要なパーツが存在していなかった。

 無貌とでもいうのだろうか。


 そんな存在の周囲には、数えるのも億劫になるくらい多数の小さな白と黒の二種類の結晶が、それぞれ群れを作って舞い踊っていた。

 そう、それらは全て死した者たちの魂が変じた結晶だ。


 存在はそれらの群れの一部(それでも軽く3桁はありそうだ)に手を伸ばすと、そこに向けて力を放つ。

 すると結晶は徐々に透き通っていくではないか。

 一部は砕けてしまったものの残りの結晶の群れが全て透明になったのを確認すると、存在は透明になったモノを手元に取り寄せる。そして両手で包み込むように、それらに別の力を作用させた。


 存在の目の前(?)の空間に、穴としか表現できない何かが作り出された。

 穴の向う側は、同じ灰色でありながら別の雰囲気を持った空間が広がっていた。

 出来上がった穴に透明になった結晶が全て送り込まれた。

 存在は確実に向う側に送り込まれたのを確認すると、穴を閉じて再び次の群れの選定に入った。


 ここで行われていたのは、神々による魂を初期化する作業だった。

 あの無貌の存在は、この初期化を担当する下級神なのだ。

 生前に善(白)と判定される行いが多ければ死後は安息(白)の下に、生前に悪(黒)と判定される行いが多ければ死後は苦悶(黒)の下に、魂は送り込まれ染め上げられる。

 丁度半分という事態は起こりえない。全ての生命は必ずどちらかに偏るように出来ているのだから。

 そうして一旦どちらかに染め上げられた後、改めて無色に仕上げて初期化が終了するのだ。

 変な例えになるが、データを全て1か0のどちらかで上書きするという操作に近いモノがある。この場合は、プラスかマイナスかのどちらかに思いっきり偏らせた後にゼロにすると言った方がより近いかもしれない。

 砕け散った魂は、転生の際に生じる負荷に耐えられなかったモノになる。


 ただここで言っておかなければならないのは、この白と黒の判定の基準は、我々人類のソレとは大きく異なると言う事だ。

 最初の男例で言えば、暴行傷害は数え切れず、違法行為も百や二百で済まない。宗教にもよるだろうが、色事師としての戦果は淫魔と後ろ指を指されても可笑しくない。

 だが神々の基準で言えば、あの男は紛れもなく白の判定を受ける事になる。

 次の男で言えば、人類の視点からはこれと言った悪行は一つもしていない。最後の自殺が辛うじて該当するくらいだ。

 だが神々の基準で言うと、残念ながら男は黒と断じるに十分であった。


 ではなぜこのような作業をしているかというと、それは種としての存在のレベルを上げる為である。

 魂には隠しパラメーターのようなモノがあり、ソレは初期化を受けても殆ど変化しない。

 新たな生を受ける毎に僅かではあるがそこに数値が加算され、積み重ねられた経験が魂の質を向上させ、種族全体を新たな位階へと引き上げる動力、魂の進化を導く起爆剤となるのだ。


 白い結晶を初期化し、黒い結晶を初期化する。

 そのような作業をどれ程続けたであろうか、存在がため息をつくような所作を見せた。

「これは、まずいですね」

 直後にこの様なセリフが零れ落ちた。

 どこに口があるか分からない容貌な上にどこから声を発しているのか判然としないが、それでも周囲に響いたのは紛れもなくこの存在が発した「声」である。

「人類の魂で予想したよりも数が多い……」

 このセリフの意味する所は二つ。


 一つ目はと言うと、初期化に失敗して砕け散った結晶の数だ。

 魂がある程度のレベルに達すると、一定回数の転生をこなすと、魂の耐久度とでもいうモノに限界が訪れるモノが出てくる。つまり転生の処置に耐えられずに結晶が砕けてしまうのだ。

 コレが通常意味する所は、種族としての限界が訪れ始めているという事だ。

 魂が限界に達した所で、種族としての衰退が始まるのだ。


 二つ目はと言うと、初期化を行ったにも関わらずレベルが下がる結晶が増えてきている事だ。

 基本的に転生をすればするだけ、魂の質は高まりレベルも上がる。だが転生した際に、生まれ出でてからの行動が極端に悪ければ、パラメーターにマイナスな修正が掛かってしまう。

 そしてその程度が酷ければ、レベルダウンという、転生を司る神としては極めて残念で不本意な結果になってしまうのだ。

 過去の悪しき思想や風習(もちろん神々の視点からの判断)を復活させようとする動き、歴史の否定・捏造など、魂を劣化・退化させる要因としては最大のモノになる。

 過去を受け入れた上でどう乗り越えていくか、そちらの方が魂をレベルアップさせるのだから。


 此処までの成果を見直して、存在は再び大きなため息(?)をついた。

「せめてもの救いは、この傾向が一部の民族や国家に限定されている所か。周辺の国や民族に少なからぬ悪影響が出ているが、まだちゃんと抵抗できている。

 もっともそれも問題の連中が周辺国を併呑しなければ、戦争が起こらなければだが」

 戦争はある意味で技術を著しく進歩させる。だが魂の観点からすれば、それは真逆の結果をもたらしてしまう。

 勇者や英雄としての行動によりプラスの修正を得る事が可能であるが、それは極めて例外的なモノになる。


 ひとしきり愚痴を呟いた存在は元の作業を再開した。

 彼(?)が成すべき仕事、初期化を待つ魂(結晶)はまだまだある。そしてそれは彼(?)が炭層する世界から生命が滅びるまで、若しくは他所の部署に回されるまで終わる事はないのだから。


 世界のどこかで、今日も新たな魂が産まれ、転生し、滅びている。



 如何でしたでしょうか?

 感想・ご意見をおまちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ