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今宵、あなたに逢いにゆく。  作者: リラ
第四章
4/6

今宵、冷たい唇で真実を。


 しばらく呆然としたまま、お互いに見つめ合った。

 ポタリ、ポタリ。静止した薫の鋭角的な顎を伝って地面に落ちる、私の血。鼓動と同じくらい早く浅い私の息遣い。

 辺りを包む異様な空気に、それらの音が公園に染み渡る。

 身体が震えてる。それは悪寒のせいか、恐怖のせいか。それは私にも分からない。

 異様な沈黙に耐えきれず、無意識に一歩踏み出しながら名を呼んだ。


「か、かお……る」


 声が震えて掠れた。喉の皮がひっついたみたいにからからだ。そんな自分に無性に嫌気がさし、乱れた呼吸を整えて再度彼を呼ぶ。


「馨……っ」


 膝が震えて崩れ落ちそうになった。でも、意識がはっきりしてきた今、これだけは言える。

 これは恐怖のせいじゃない。

 馨が返事をしてくれないから。あの真っ赤な瞳を伏せ、虚ろな表情で動かないから。

 返事をしてよ。いつもみたいに、気の抜けるような無邪気な笑顔を見せて。私をドキドキさせて、甘い声で話を聴かせてよ。そうしたら私も笑うから、馨が喜んでくれるならいくらでも。だから。


「馨っ、馨……!」


 もう一歩踏み出すと同時に、足元に落ちていた枝を偶然踏んだ。パキンッと大きな音が鳴り響く。

 すると馨の身体がビクッと反応した。そこでようやく認識したかのようにゆっくりと私を見る。

 正気を取り戻した様子にほっとして、また踏み出した。たまらず衝動的に駆け寄ろうとする。


「だめだ、来るなっ……!!」

「──っ!?」


 聞いた事のない余りに鋭い口調と牽制が耳に飛び込む。涙が込み上げてきた。

 どうしてそんなこと言うの? そんな思いは、彼の表情を見て一瞬にして消えた。

 なぜか……苦悶に満ち、怯え、恐怖に歪んでいる。

 加えて馨は後退り、ブランコの前を囲う鉄柵に力無く腰掛けた。片手で顔を覆い、珍しく掠れた声で呟く。


「……ごめん」

「どうして、謝るの……」


 唐突に謝られて、面食らう。おかげで涙腺は決壊することなく留まってくれた。

 どうすればいいのかわからなくて呆然と立ち尽くしていると、馨が不意に空いた手で砂場の向こうを指し示す。


「怒鳴ってごめん……。お願いだ、茉莉花。向こうに水道がある。血を洗い流してくれないかな……お願いだから」


 心からの謝罪と、突然のお願い。それらを言い終えた薫は両手に顔を埋めて再び黙り込んだ。参った様に打ちひしがれて。

 今は馨に近付かない方がいい気がして、彼のお願いに黙って従った。

 馨の言う通り砂場の向こうには水道があり、蛇口を捻ると水が出た。その下に血濡れた腕を晒す。

 冷たくて気持ちいい。両手で水を掬い、顔も洗った。血と汗が洗い流されて、さっぱりする。

 そうして……恐る恐る、腕を見てみた。傷があったはずのそこを。

 本当はさっきから気付いてた。痛みが無い事に。という事は……。


「やっぱり……無い」


 腕を電灯の灯りに向けると、そこには殆ど治りかけたような傷があった。傷と言っても、ピンク色の薄い痕。

 分かっているつもりだったけど、現実からかけ離れた出来事に驚きを隠せない。

 思わず振り返って馨の様子を見てみた。ビリビリとした緊張感を纏わせ、こわばった表情の馨は……私を見ていた。未だに赤い、異色の瞳で。

 そんな彼に、私はぎこちなく微笑んだ。純粋に感謝の気持ちを込めて。


「傷、馨のおかげで治った。ありがとう」


 なのに馨は自虐的な笑みを浮かべて、私から視線を逸らす。

 馨らしくない。


「気味が悪いだろ……無理しなくていいよ」


 気味が悪い? 何が…? 無理なんてしてないのに……どうして突き放すようなこと言うの。

 なにをどういえばよかったんだろう。無性に悲しくなって、俯いた。


「……ごめん」


 不意にすぐ傍から声がして、驚いた。身をすくめて顔を上げると、そこには流しっぱなしにしていた水で顔を洗う馨がいた。

 足音も気配もなかった。いつの間に来たんだろう。

 目を見張って呆然と彼を眺めていると、顔を上げた馨は顎から水を滴らせ、悔やむように呟いた。


「茉莉花を怖がらせたくなかったのに、血の匂いで気が立って……あんな態度をとってしまうなんて、僕は馬鹿だ。本当に、心から謝るよ」


 真っ直ぐ私を見る馨の優しい眼差しと表情に、安心する。

 そこまで謝られて許さない人なんている? 言葉の変わりに、私はそっと頷いてみせた。

 ……だから、約束を果たして。


「全て話して、私に教えて。知りたいの、あなたの事を」


 途端に馨は背筋をぴんと伸ばし、身構えた。私を真っ直ぐ見つめてくれる。赤い瞳で。


「いいよ、約束を果たそう」


 やっと、真相が明かされる。




 * * *




 僕がこの辺りに来たのは四ヶ月程前。隣町から移動してきた。

 普段は、いつまでも同じ場所に居続けないようにしてる。大抵は二ヶ月もすれば、今いる所から離れるんだ。

 疑念をもたれないように、怪しまれないように。

 昼間はあちこちを散策してる。好みの場所を探して、ゆっくりと歩くんだ。

 ネオンが眩しいほど輝き、人が溢れかえるような騒がしい街より、ここのように静かな所の方が好きなんだ。

 朝から夕暮れまでは人の多いこの住宅街も、夜になればやはりどことも同じように人気も少なくなる。景色や人の流れを眺めながら、僕はその時を待っている。

 夜の暗闇に包まれる、その時を。


 暗闇に身を潜めるのは、二週間に一度。それ以上は絶対にしないと決めてる。

 喉の渇きに理性を失う事がないよう、予防策として、前もってしておくんだ。

 意識が冴えてるまともな人は狙わない。酒に酔ってふらついてる人や、仕事帰りで疲れてぼんやりしてる人、そういう状態の者達を狙うんだ。

 灯りを避け、暗闇に溶け込み、物影に潜んで。

 目標を定めた後は静かにその人間の跡をつける。家へ着く前に人気の無い道を選んだら、その瞬間が狙い時だ。

 素早く標的に近付き、目の前に立って暗示をかける。

 僕の事を記憶に残さないよう、意識を朦朧とさせるんだ。気を失わせる事もあるけど、それはそれで構わない。

 力が抜けて倒れこむ標的の身体を物影に連れ込み、携帯しているポケットナイフを取り出す。その鋭い切っ先を標的の手首や首筋に押し付け、肌を切り裂く。ほんの少しだけ。

 すると血が滲み出てくる。僕を……僕の中に棲む獣を誘う、恐ろしく赤い血が。

 僕の“生きる糧”となる食糧が。

 その瞬間、僕は自分の中にある理性を最大限に働かせる。標的を殺してしまわないように。

 そうして覚悟を決め、傷口を唇で覆うんだ。血の味を確かめないよう、素早く。加えて摂り過ぎないように。

 最後には必ず、傷口を治して。証拠を残さないように。

 このおぞましい身体には実際のところ、一人分の血が必要だけど、そうすると確実に人を殺すことになる。

 それだけは絶対にしたくない、人殺しにはなりたくないから。

 だから数人に分けて一人分の血を摂取する。細心の注意を払って、人間達に怪しまれないように……。

 これが、僕の生活だ。


 初めてきみを見たのは、ここに来て三週間目の事だった。

 ここへやって来てから、数人に分けて一人分の血を摂取したあとのこと。

 不意に、啜り泣くような声が聞こえてきた。こんな真夜中に、しかも……女の子の泣き声。

 喉の渇きは全く感じていない。潤ってる。血を獲る必要はない。つまり、何もする事がなかった。

 だからこそ、行ってみようと思ったんだ。

 声は僕のいる通りの角を曲がった、その向こうから聞こえてきた。

 普通の人間なら聞こえない距離だろうけど、異常に鋭くなった感覚は啜り泣き程度でも聞き取る。夜中でこれだけ静かなら尚更だ。

 何かをしてあげようとか、話しかけようとか、そういうつもりはなかった。

 相手が何か困っていて、僕が手を貸せるような事なら、姿を見せてもいい。

 ……だけど、僕の外見は完全な大人には見えない。背は高い方だろうけど、顔を見ればその多くが僕を未成年だと判断するだろう。

 しかも、相手は女性。未成年の男にこんな夜中に声を掛けられれば、その方がより恐怖を覚えるだろう。

 だから取り敢えず様子を見るだけでもと僕は角まで行き、その向こうを暗闇に紛れながら覗いた。

 やっぱり、そこには女の子がいた。

 家を囲うコンクリート塀にもたれ、両手に顔を埋めて泣いている。ただ泣いてるというより、何かに耐えるように、抑え込むように。

 僕と同じ年くらいだろうか。正確には──身体の成長が止まった時の僕と、同じ年くらい。

 どうしてこんな夜中に外へ出て泣いているのだろうと、不思議に思いながら様子を見ていた。

 今の時代、未成年が夜中に外へ出ていても不思議じゃない。今いるこの場所が、繁華街のような所でなければ。

 ここは何もない、ただの住宅地だ。友達の家にでも行くのだろうか。……こんな夜中に?

 しばらく様子を眺めていると、やっと泣き止んだようで、女の子は両手を顔から離した。

 深く呼吸する音が聞こえる。少しリズムが乱れているけど、無理矢理にそうするのは自分を落ち着かせようとしているからだろうか。

 ようやく頭を上げた彼女に一番近い街灯の明かりが、顔を照らす。

 白い肌にできた──赤く腫れた頬と、青や紫の痣とともに。

 涙に濡れた瞳と、憂いを含んだ眼差し。空を仰ぐ表情からは何も読み取れない。

 長い間、全くといっていいほど陽に晒されていないような白い肌には、痛々しい痣が多数ある。

 Tシャツに短パンという格好のため、無防備に晒された華奢な腕や足にも、服に覆われた身体にも、きっと……。

 全てを諦めたように小さく長いため息をついた彼女の姿は、僕に思わぬ衝撃を与えた。

 その姿は脆く儚げで、今にも崩れ落ちてしまいそうで。この目にはとても幻想的に映った。

 その瞬間彼女のもとへ駆け寄り、支えてあげたい衝動に駆られた。

 同時に感じた、とてつもなく恐ろしい衝動。

 上を向いた時に晒された彼女の首筋に、釘付けになる。あの滑らかな肌に牙を突き立て……噛み付きたい。

 たった数分前に充分に血を摂って喉を潤したはずなのに。今までに出会ったことがないほどの、喉を焦がすような凄まじく良い香りがして。

 僕の中に潜むバケモノが、あのか弱い少女の血を求めて僕の理性を揺さぶる。激しく、強烈に。

 何を躊躇う必要がある? 白い首筋に牙を穿ち、溢れる血を啜るだけだろう。

 目眩がしそうな程の香りだ。きっと、あの子の血はとてつもなく甘い。

 彼女の身体に流れる血が、僕を、バケモノを誘っている。

 人間たった一人の命を奪うだけだ、辺りに人の気配もない絶好の機会だ。苦しませずに一思いにしてやれば……。

 刹那、彼女の顔がこちらを向いた。虚ろげな表情だっはずが、確かな意思を持った眼差しを同時にこちらへ向けて。

 咄嗟に壁の向こうに隠れて暗闇に身を潜めた。

 音は立てていない。きっと僕の殺気を感じて振り向いたんだろう。

 あんな事を一瞬でも考えた自分が……はっきりとした殺意を抱いた自らが無性に恐ろしかった。

 彼女を襲わずに済んだのは、意志の強く感じられる彼女の眼差しと、自分自身に感じた恐怖心のおかげだった。

 今までに一度も、ここまで残酷という言葉が当てはまるような考えを起こし、血を奪おうなんて思ったことはなかったのに。そうでなくても、すでにあんなにも傷付いているというのに。

 ……殺しても構わない?

 殺めてしまえば、僕は本物のバケモノに成り下がる。それだけは嫌だ。

 残酷無比な事を一瞬でも考えたという事実すら信じられないのに。

 例え想像でも、殺してまで血を奪おうと考えたきみへの、罪滅ぼしのつもりだった。

 初めはね……。


 彼女は度々、夜中に家を出ては住宅街をさ迷うように歩いていた。どこか時間を潰すように、ゆっくりと。

 時折、途中にある物陰や空き地、公園で腰を下ろして休んだり。もちろん、誰かに見られないよう周囲に気を配りながら。

 数日間、僕も彼女に悟られないよう暗闇に溶け込み、彼女をつけた。……いや、見守っていたと言い直しておきたい。

 夜中に女の子が夜道をさ迷うなんて、この上なく危険な事だ。だから何かあってはと思い、見守ろうと考えた。

 質の悪い人間よりも、僕の方がよほど危険な存在だというのに。それは敢えて考えないようにした。

 なんて酷い皮肉なんだろうね。

 ……とにかく、これは罪滅ぼしなのだと。彼女の血を貪るためにつけているのではなく、見守るためなのだと。

 僕は何度も何度も、自分にそう言い聞かせた。

 彼女の身体に流れる生きる源の、強烈なまでに芳しい甘い香りに抗いながら。

 まるで拷問だった。

 喉はどんなに潤っていても、僕の中に居る化け物は彼女の血を求めて僕の理性を幾度も消し去ろうとした。

 僕は必死に抗った。危うげに一人きりでいる人間の少女を手にかけないよう、魅惑的な首筋に飛び付かないよう……。

 本物の化け物には成り下がりたくない。人間とは言えない身体になってしまった僕でも、人殺しには絶対になりたくない。

 その思いは、切れやすい理性を繋ぎ止める一番の鍵だった。

 それにもう一つ、僕の理性を保つものを彼女が付けていた。

 あの酷く痛々しい痣だ。彼女に涙を流させ、減ることのないそれは、僕の中にあるとても人間らしい感情を引き起こさせた。

 そう、あれは彼女が痣をつけて家を飛び出してくる原因を知った時の事だった。

 まだ中に居る彼女の家に近付き、入る事の出来ない屋内の様子を音だけで確かめようとした時、僕の耳が聞き取ったもの──それは。

 半狂乱になった女性の怒鳴り声。物がぶつかり壊れる物音、何かを殴りつける音。

 聞きたくなかった、僕の怒りを激しく掻き立てる、あの少女の泣き叫ぶ声。

 薄々気付いてはいたんだ。……それでも、その事実は僕の中に在る化け物を押さえ込むには充分だった。

 きみを助けてあげたくても、家の中にはどうしても入る事が出来なかった。

 ……いや、今考えるとそれで良かったんだと思う。きみの傷付けられる姿をこの目に映したら、その瞬間こそ、僕の理性は完全に断ち切れていただろう。

 血に対する欲求からではなく、きみを傷付ける者に対する、激しい怒りで。

 結果その場は見るも無惨な光景になり、僕は血にまみれ、きみは恐怖に震えながら僕を避けるだろう。

 そうなれば……もう何もかもおしまいだ。きみと言葉を交わし、触れる事さえ叶わない。

 あとに残るのは、僕が人間の命を奪った人殺しという事実と、見守りたいと心から願った彼女からの拒絶。

 きみとこうして見つめ合う事さえ、夢のまた夢。

 事実きみの前に姿を曝し、僕を恐れるきみを見るのは怖かった。けれど僕は、きみに会うことを決めた。

 きみを見守っていくうちに、血ではなく、確かにきみ自身に惹かれ始めていたから。

 誰にも頼らず助けも求めず母親が落ち着くのを家を出て待つ間、彼女は何を考えているんだろう。

 悔しさや痛みにじっと耐え、誰にも聞かれないよう声を殺して涙を流しながら。

 ……そう。きみの事を知りたくて、僕はどうしようもなくなっていたんだ。

 傷付けられるきみを、ただ何もせず眺めているだけなんて……耐えられなくて。どうにかして、きみの支えになってあげたくて。

 これはある意味、僕にとって危険な賭けだった。きみに傷一つ付けず、傍にいられるかどうか。

 でも、その決心は簡単についた。

 きみを傷付け、力無く冷えきった身体を抱く自分を、きみの血に染まった化け物の自分を、想像してみたんだ。

 例え想像でも、とてつもなく恐ろしかった。

 もう二度と、あの強い意思を感じられる瞳を見る事は出来ない、言葉も交わせない。そう思うと心が抉られるような心地がした。

 きみと対面した後、僕はしておかなければならない事をあらかじめ考えておいた。

 第一には、もちろんきみの安全のため。そして、僕のためにも。予防線を張っておく事にしたんだ。

 まずは僕が普通の人間ではない事を徐々に感じ取ってもらい、僕は危険だと告げておく。そうすれば必要以上に警戒心を持ってもらえると思って。

 僕は僕自身からも、きみを守りたかったから。







「──そこから先は、きみと出会ってからの事になるね」

「……っ」


 そこで馨は一端口を閉じた。ぷつりと途切れた声により、静寂だけが私達を包み込む。

 あまりの衝撃に、言葉が出ない。

 馨の透明感のある綺麗な声が紡いだものは、想像し得ない驚くべきもので。正直、頭が混乱している。

 脳裏に浮かぶのは人を付け狙い血を啜る、美しい少年の姿。闇夜に潜み、私を見つめる……馨。

 あくまでも話を聞いた上での想像だけど、その光景は本当に信じられないようなもので。けれども未だに赤い馨の瞳を見てると、やはりそれは事実なんだと思い直して。それの繰り返し。


「きみの向かう所に先回りして、初めて姿を見せ、面と向かって話をして……僕は内心、恐々としてた。ここで出会った日から、ずっと」


 話を聞いて薄々気付いてはいたけど、その理由を聞かずにはいられなかった。


「どうして…?」

「主だった理由はさっきも話したけど、僕の理性の問題と……きみに恐れられて、二度と顔を合わせられないと考えるとつらすぎた」


 それが恐かった、と馨は静かに呟いた。

 打ちひしがれたように、そっと目線を落として。その瞳は少し暗くなったように見えた。

 そんな苦しそうな表情、しないでほしい。私を元気付けるような、いつもの笑顔を浮かべてみせて。

 こんな時でさえそう考える私は、やっぱり馨を恐ろしい存在とは思えなくて。それを分かってほしくて、固く拳を握る馨の甲にそっと触れた。すると驚いた様子でこちらを見る。

 馨はいつも私を安心させてくれた。何より、馨自身から私を守ろうとしてくれた。

 自らを“危険”だと告げて。

 それは馨にとって、どんなにつらい事だったのだろう。


「僕の正体……分かったよね」

「……うん」


 冷たい肌、赤い瞳。血を糧に生きる、目の前の美しい少年。

 そういう類いに深い知識が無くても、重要なヒントがあったから……分かる。思い浮かぶのは、一つの答え。


「馨は……吸血鬼、なのね」


 冷たい唇は肯定するように哀しげな微笑みを形造り、少し穏やかさを取り戻した赤の瞳は、私を真っ直ぐに見つめていた。







第四章 終

 今宵、冷たい唇で真実を。


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