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今宵、あなたに逢いにゆく。  作者: リラ
第三章
3/6

今宵、赤に魅せられて。


 意識が霞みそうな痛みに耐えながら荒い呼吸を繰り返し、夏の暑さとは関係のない汗が額を伝う。

 二の腕を押さえている手は滲み出るものでぬるつき、独特の鉄っぽい不快な匂いが鼻をつく。

 とりあえず無我夢中で家を飛び出したものの、どこへ行けばいいのか分からない。

 病院には行けない──もし今行けと言われたとしても、近くにこんな真夜中でも開いてる病院なんてない。

 一端立ち止まり、深呼吸して冷静になろうとした。

 心臓がドクドクと激しく鼓動を打ち、血の匂いで頭がふらふらする。それでもなんとか五回、深呼吸できた。

 その瞬間、足の力が抜けてその場に座り込んでしまった。今になって恐怖と安堵が一気に押し寄せてくる。


 母が癇癪を起こしたのが、ほんの少し前のこと。原因は──お金。

 父から預かったお金を使い込み、さらには私からお金をせびろうとした。

 私が持っていないと答えると、母は近くに置いてあったハサミを手に取り、怒りに任せてそれを振り上げた。なんとかかわしたと思っていたのに。

 逃げようと玄関のドアを開けようとした時、腕に激痛が走って初めて気付いた。

 その結果が、これ。今になって恐る恐る傷の具合を見てみた。

 大丈夫……かな、深くないといいけど。暗いのと傷が血に覆われているせいで、よく見えない。

 大量に血が出たのは最初の方だけで、今は出てくる量が少なくなってる。

 少ないというだけで、出血は止まらないし痛いけど、これくらいなら耐えられる。

 よろめきながらもなんとか立ち上がり、家からかなり離れていたことに気付いて思わず安堵した。

 それと同時に驚いた。自分が今立つのは、例の公園のすぐ近く。

 乾いた笑い声が口から漏れた。私の足は無意識に馨の元へ向かおうとしていたのだろうか。

 こんな有り様の私を見たら馨はどう思うかな……。今のこの姿を見せたくはないけど、他に行くあてもない。

 切りつけられた腕をキツく押さえ、空を見上げた。曇っているのか、星も月さえも全く見えない。

 馨は空を眺めるのが好きだけど、雲に覆われた夜空を見たいとは思わないかな。

 だから……今日は馨、公園には来ないかも。だけど馨は、いつでも私を待ってると言ってた。

 その言葉を私は心のどこかで“期待”しているんだ、きっと。

 他人を信じないのは、裏切られた時に傷付かないようにする為の、私なりの自己防衛。それも完璧とは言えないけど、しないよりマシだ。

 だから公園に馨がいなくても、やっぱり、としか思わなかった。

 公園に着くと、いつもなら馨を乗せてキイキイ鳴ってるブランコが静かでいることに、ほんの少し落胆してしまう。

 同時に、ほっとしたのも事実だけど。

 いつもは真っ直ぐブランコへ向かうけど、馨がいないなら意味がない。迷うことなく電灯から一番遠いベンチに座った。でも理由はそれだけじゃない。

 ここに来るまでに気付いた、今日は家を出る時間が早かった気がする。

 もちろん携帯電話も何も持たずに家を飛び出してきたから、今が何時なのかは分からないけど……外は充分暗い。

 それでも念のため、人と出くわさないよう暗がりにいた方が安全だ。

 そこで、ふと気付く。

 馨が来てないのは時間が早いからかも……。そう考えて安心した自分自身に、反抗するように思う。

 やっぱり、今日は来てほしくないと。こんな有り様の私なんて見られたくない。

 顔のアザを見て気にかけてくれたほどだ。馨が今の私を見たら、きっとまた心配する。

 無償の優しさと安心感をくれる馨にただ甘えるだけなんて……。それが嫌ならここを離れるべきだ。こんな時にこそ、馨に会いたいという欲求を一層強くする自分は、もっと嫌。

 馨が与えてくれることに対して、私は何も返せないのだから。

 あまりの不甲斐なさに憤り、どうしようもなく泣きたくなった。だけど泣いても何が変わるってわけじゃない。

 そう思って、目の奥が熱くなって涙が込み上げてくるのを堪えようとした。

 その瞬間、腕の傷を押さえていた手に無意識に力を込めてしまい、忘れかけていた痛みを思い出すはめになった。

 慢性化し始めた痛みによって、冷や汗が全身から滲み出てくる。


「っ、いた……」


 傷口を押さえる手指の間から、じわりと血が溢れた。忘れている間にも出血していたのか、手が真っ赤に染まってる。

 ダメ……頭がぐらぐらする。出血が酷いのか貧血でも起こしかけているのかな。嫌だけど、家に帰ろう。

 今ならお母さんも、少しは落ち着いてるはず。なんなら家にいないかもしれない。そう思って立ち上がった──その時。


「茉莉花……」


 今、一番会いたい、だけど会ってはいけない、透明感のある声の主が私を呼んだ。

 声がした方へ反射的に向くと、案の定、そこには馨がいた。

 公園の入り口ではなく、周りを囲う木の合間から姿を見せる馨は、電灯の明かりがほとんど届かない暗がりで、じっとこちらを見据えている。

 普通の人なら気味が悪くてドキッとするんだろうけど、夜の暗闇に馴れてしまった私には、恐怖なんて微塵も感じられない。

 ──会いたかった。馨の姿を一目見られただけでも、運が良かった。

 あれだけ苦しかった心が、馨の声を聞いただけでこんなにも落ち着いてる。

 もう大丈夫。だから……。


「ごめん、馨。私もう帰るの」


 出血の止まらない腕を相変わらず手で押さえながら、その腕を半ば馨から逸らすようにしてそう告げた。こんなもの見られてはいけない。見せたくない。

 これだけ暗ければ隠さなくても充分見えないだろうけど。

 私の言葉に、私よりも更に暗がりにいる馨がどんな反応を示しているのか分からない。何かしらの返事も来ない。

 なぜか馨は木の合間に立って、じっとしたまま動こうとしないから。

 いつもなら、そんな様子でいたら絶対に不思議に思うはず。だけど腕の傷に気を取られるあまり、私の頭にはそんなことを考えつく余裕はなかった。

 馨に余計な心配をかけたくない。早く馨から離れたい。その一心で、ふらつく頭と身体に鞭を打って歩き出そうとした。

 無理に動いたからか、ポタポタと地面にいくつか血が滴り落ち、独特の匂いが一層きつくなった。

 痛みには慣れてる。頭がぐらぐらする一番の原因は、血の匂いだ。それに気付いて息を止めようとした。

 次の瞬間、夏独特の湿気を多く含んだ生暖かい風が、私の身体を強く吹きつけた。けれど流されることはなくて。


「茉莉花……!」


 ほとんど血に覆われている腕を、馨に掴まれてしまう。

 血の匂いのせいで意識の外にあった馨の姿を突然近くに見て、目を丸くする。

 でも、それだけじゃない。

 だって、気配が……なかった。あの木立の方から来たはずなのに、まるで一瞬のことのように足音がしなかった。

 私を見下ろす馨の瞳が、いつか見た時のように赤みを帯びている。


「か、おる…?」


 赤い瞳を見て、文字通り身がすくんだ。

 色が以前の比じゃない。さっきは赤みを帯びる程度だったのに、どんどん赤が濃くなっていく。

 心臓が鼓動を打つ早さを急激に速めた。ドクドクと耳の奥に大きく響いてくるほど。

 あまりにも強い赤、それに対する恐怖心……ううん、不安の方が強い。

 真っ赤な瞳、感情の読めない表情、それらが不安をこれ以上ないほど煽る。

 その時、不意に馨が目を伏せた。同時にぬるりとした感触を伴って、腕を掴む馨の手が離れていく。

 そして私の血がべっとり付いている掌を、なぜか馨はじっと見つめた。

 まるで……魅せられたように。


「……茉莉花」

「えっ…?」


 何分経っただろう。長かったのか短かったのかすら、分からない。

 馨の異常なさまに時間の感覚を忘れさせられた頃、澄んだ声に呼ばれてはっとした。


「なにか……話して」

「なにか、って」


 馨の言葉に、固まっていた思考がゆるゆると動き始める。

 呆然としたまましっかり働こうとしない脳で考えようとした。なにかを。


「茉莉花の声を聴かせて……きみが生きていると、僕に実感させて」


 相変わらず血濡れの掌を見つめる馨は、意味深な事を口にした。

 訳が分からないと思いつつ、それでもなんとか口を開く。


「私は──大丈夫。生きてる」

「……」


 言わなくても分かるような証拠が目の前にあって、せっかくバカみたいな事を口にしたのに。

 やっと動いたと思ったら、馨は目を閉じて手を降ろしただけだった。

 自分のことなどどうでもいい。ただ馨のことを心配すればいいのか……どうするべきか、分からない。


「ねぇ、私……見ての通り、血が出てて……だから、帰るね」

「だめだ」


 また言わなくても分かる事をお伺いをたてるように告げた私に、無情にも、馨は目を固く閉じたままはっきりと言い放った。

 腕が痛くて堪らないのに、頑なな馨の態度が拍車をかけて、感情的になって言い返そうとした。


「馨っ、いい加減に──!」

「茉莉花を傷付けた母親のいる家になんて、帰せない」


 ぎくりと身を強張らせる。顔を上げた馨の真っ赤な瞳と目が合ったから。

 腕の傷を……母親によるものだと、馨が知っていたから。


「どうしてそれを…っ」


 声が震えた。

 どうして知ってるの? 母親からって……。


「それより、傷の具合を見せて」

「いやっ……」


 反射的に馨を睨み付けた。でもすぐに逸らす。不意に赤い瞳を向けられて、身がすくんでしまったから。

 思わずにはいられない。

 あの瞳はなに? あれは……あんなの、見たことない。


「僕が怖い…?」


 私の心の内を見透かしたような言葉に、はっとする。

 また、あの質問。以前は意味が分からなかった。でも、今なら分かる。

 もう一度、馨に視線を戻した。真っ赤な瞳は変わらない。変わったのは、その表情。

 寂しげな雰囲気を纏い、哀しみを綺麗な顔いっぱいに浮かべている。


「馨は、怖くない」


 馨に感じているのは、怒りと疑問だけ。怖いのは“赤い瞳”であって、“馨自身”じゃない。それは本当だ。

 私の言葉を聞いた馨は、哀れっぽく微笑んだ。信じていない証拠。

 いつもの笑顔じゃない。いつもの馨の笑顔が見たいのに。


「茉莉花に怖いと思われても、そんな状態のきみを家になんて帰せない……」


 真剣な声音。辛辣な表情。きっと冷たいだろう馨の手が、差し出される。


「お願いだ、茉莉花……僕を怖がらないで。きみを傷付けるようなことは絶対にしないから」


 真摯な態度と言葉に心が震える。これ以上、馨に哀しそうな顔をしてほしくない。

 その想いが一層強くなり、言葉がついて出た。


「私だって……出来れば家に帰りたくない」


 無傷の手を馨の方へ伸ばそうとしたけど、途中ではっとする。傷を押さえて掌が血まみれなのを思い出して、降ろそうとした。

 けれどそれより早く、馨の手に捕まってしまった。その後すぐ、私を気遣うようにそっと握り直される。

 ……やっぱり冷たい。


「でも、帰らなきゃ、血が……」

「帰らなくても大丈夫だよ。僕に傷を見せて」


 馨は私を怖がらせないように、ゆっくりと傷がある腕の方へ移動する。

 こんなにも暗いのに見えるのか疑問だったけど、馨がまた固まってしまったのを見て、そんな思いも忘れてしまった。

 顔をこわばらせて動かない馨の様子に、また不安が襲ってくる。声をかけようとしたけど、先に馨が口を開いた。


「ここに、座って」


 誘導されてさっき座ってたベンチに座ると、立ったままの馨が、拳より一回り大きな石を握ってることに気付いた。

 いつの間に持ってたんだろ……そもそも、どうして石を持ってるの?


「茉莉花」


 足元にしゃがんだ馨は、冷たい手で傷の無い方の手を取る。そこに、ずしりと重い石を乗せた。

 私がやっと掴める程の重量感ある石を持たされ、訝しげな視線を送る。

 馨の顔には一目見ただけでもわかるような緊張感が滲んでいた。じっと見つめ合ったまま彼が話し出すのを待つ。

 一瞬、馨は迷った様子で視線を逸らしたあと、再び私を見た。


「僕が今から言うことは、信じられないようなものだろうけど……」

「悪いけど、もう信じられないような事がいくつかあるの。もちろん、後で説明してくれるのよね…?」


 話が途切れたのを見計らって素早く述べる。これだけは確かめておきたかった。

 馨が隠している事を、せめて、私が関わっている事は全て教えてもらいたい。

 私は無関係じゃないんだから、それくらいの権利はあるはずだ。あっていてほしい、馨がどう考えているとしても。

 異質な瞳を見つめ返す。馨はしばらくじっと思案すると、ゆっくり頷いた。


「そうだね……。そうするべきだと、僕も思う」

「じゃあ……」

「約束する。今からすることが終わったら、全て話すと」


 今からすることが何かは検討もつかないけど、教えてもらえる約束をもらえたことにほっとした。何の保証もないけど、これだけは言える。

 馨は絶対、嘘をつかない。


「ところで、この石はなに?」

「それは……今から説明する」


 私の質問に、綺麗な顔に再び緊張の色が過った。

 だけどそれを払拭するように、血が付いていない方の手で私の頬に触れる。壊れ物を扱うように。


「その腕の傷を、治してあげる」

「……わかった」

「驚かないんだね。僕が馬鹿な事を言ってるとは思わない…?」


 自分で言いながら哀れっぽい笑みを浮かべる馨のそれは、自分自身を嘲笑っているようにも見えた。

 そんな顔、してほしくない。


「本当に馬鹿な人は、そんな悲しそうな顔しない」


 私の告げた言葉に衝撃を受けたように目を見張った馨は、はっと息をのんだ。

 けれどすぐに表情を変え、さっきとは少し違う、落ち着いた柔らかな笑みが浮かぶ。


「そうだね……茉莉花がそう言ってくれるなら」


 その後、馨から説明の続きを受けた。


「傷を治す間……かなり痛むと思う」

「痛みには慣れてるから、心配しないで」


 何でもない事のように言う私を、馨は悲痛な面持ちで見つめる。

 同情も可哀想だと思われるのも嫌で、わずかに顔を歪めてしまう。

 そのせいで私の思いを感じ取ったのか、馨はただ痛みに浮かぶ私の額の汗を拭うだけに止めた。


「それとこの石は……万が一のためのものなんだ」


万が一という言葉と遠回しな言い様に、顔をしかめる。

 もちろん、それで話が終わりじゃないよね? それを視線で告げると、馨が更に付け加えた。


「僕が止まらなければ、僕を危険だと感じたら、その石で殴って」


 一瞬、フリーズする。馨を、この大きな石で? どうして、そんなことしたら……。


「止まらないって……危険って?」

「前にも言ったよね、僕は“危険”なんだ」


 危険という単語に、真っ先に赤い瞳が目につく。それに気付くと、馨はすっと目を伏せた。

 馨自身を怖いと思っている訳じゃないとしても、今のはとても言い訳できる事じゃない。

 だから敢えて別の事を口にした。


「こんな石で馨を殴るなんて……」

「そんな石ころで殴られても僕は平気だよ。気が逸れるだけ。だから、安心して」


 目を伏せたまま、ふっと笑みを浮かべる馨に安心する。

 今の話がおかしな事ばかりでも、馨がそう言うなら。

 ……もちろん、殴るつもりは更々ないけど。


「じゃあ……いいね?」


 傷がある方の手首を、馨が優しく掴む。生暖かい血のせいで嫌悪感を覚えつつ、冷たい馨の手に、もっと触れて欲しいと思った。

 血に染まった私の腕を、ゆるりとした感触を伴って拭うように上へ辿る馨が、ガチリと歯噛みするのが分かった。

 不意に瞳の色が更に濃くなり、以前同様に顎のぴんと強張らせ、必死に何かに耐えているような表情でいる。

 その異常な様に、ただ頷くことしか出来ない。

 それを合図に、馨の顔が傷のある場所に伏せられた。途端、想像以上の痛みが襲う。


「あっ……!」


 一瞬遅れて、傷口が冷たい唇に覆われている事に気付いた。


「いっ、た……ぃ」


 冷たい舌が傷の奥を抉る。余りの痛さに息が乱れ、汗が吹き出る。

 痛みから逃れようと身を捩るけど、馨は腕をしっかり掴んだまま放してくれない。

 痛みには慣れてる。それは本当だ。だけど、まさかここまでなんて。

 傷をただ舐めていると思ったのは、最初だけ。今は……馨の舌に、傷を押さえ付けられているような感覚がする。

 まさに焼け石に水。ぱっくり裂けた傷の中を押さえたら、痛いに決まってる。

 激痛に朦朧とし、涙も滲んで視界がぼやける。持っていた石も、気付けば手から滑り落ちていた。

 耳の奥がドクドクと煩いほど鳴り響く。呼吸が早く浅くなる。

 冷たい舌で傷の奥を抉られるたび、声にならない悲鳴が口から漏れた。過呼吸を起こしそう。

 この行為が馨の言う、傷を治す事だというのも忘れてしまう。

 一瞬、意識がとんでいたんだと思う。ふと痛みが薄れていることに、すぐには気付かなかった。

 身体は痛みで疲弊し、意識はぼんやりして、まともに働こうとしないから。

 そんな最悪な状態で、気付くきっかけがあった。冷たい唇が、腕にあるはずの傷から離れた所に当てられている。

 血に覆われている、傷の少し下辺りを。


「か、おる…?」

「──……」


 案の定、返事はない。その代わり、冷たい舌が肘の内側の窪みを舐めていく。あまりの冷たさに身震いがした。

 馨の顔が髪に隠されて見えない。心臓がドクドクと激しく鼓動を打った。

 脳が、全身が“危険”だと訴えている。本能が、そう警告してる。

 馨を“怖い”なんて、思いたくないっ……!


「かおっ、る……、馨っ…!」


 とにかく馨を引き離そうと懸命に押してみた。だけど驚くほど私の腕を掴む馨の力が強くて、びくともしない。

 馨の舌先が血の跡をたどっていく。前腕を唇が撫で、その先にある手首の所で突然ぴたりと動きを止めた。

 その瞬間を見計らって、衝動的に叫ぶ。


「やめなさいっ、馨……!」


 馨の身体が強張る。

 はっと息をのむ音が聞こえたと思った、次の瞬間。


「茉莉花……っ」


 私から三メートルほど離れた所に佇む、馨の姿。赤い瞳は煌々とギラつき、浅い呼吸を繰り返している。

 その口元は、私の真っ赤な血に染まっていた。

 唇を伝った一筋の血が、馨の顎を、真っ白な歯牙を、流れ伝い……ポタリと、落ちた。







第三章 終

 今宵、赤に魅せられて。



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