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 存亡の秋の秋ってトキって読むんだけど、元々の意味は秋の季節で間違っていないらしい。

 まあ一年の内で一番忙しくて大切な時期だからって事らしいけど、まあそんな事はどうでもいい。

 僕にとっては国だなんてものは関係ないが、家庭の危機ともなると話が違う。

 ある日突然、可愛い弟が涙を浮かべて相談をしてくれば、その内容に戦慄を覚えたものだ。


「あのね、お父さんがお母さんを虐めてるの」


 まず普通に考えればあり得ない話である。

 だってあのゼフィールとエルシアだし、形勢が逆転する事など考えられない。

 だがよくよく考えてみれば、時と場合によってはありうる話である。

 ゼフィールもエルシアも若く、エルシアに至ってはまだ二十代なのだ。

 残念だったのは時と場合の他に、一緒の部屋で寝ているレイジへの配慮が足りなかった事だろう。

 まだまだ子供だと思っているからこんな事になるのだ。


 僕の場合は情事…もとい事情がある程度分かっているので、見ないふり聞こえないふりである。

 今にして思えば、この部屋を与えられるまでそうしていた事が拙かったのかもしれない。

 僕のせいであの二人は、どうせレイジにも分からないだろうと、そう思ったのだ。

 言っておくが子供というものは、大人の知らない所で色々と見たり聞いたりしているものである。


 そんなわけで無理矢理に、自分の部屋でレイジと一緒に寝る事にしたのが夏の終わり頃。

 突然の申し出に不思議がる両親には、それとなく釘も刺しておいた。


「気持ちは分かるけどさ、これ以上兄弟が増えると部屋が足りなくなるよ」


 要するに守るべき事は守ってもらわないと、将来的に苦しくなるのは目に見えている。

 随分と現実的で建設的な娘の忠告に、ゼフィールはただただ顔をひきつらせていた。

 その横でエルシアが頬を赤らめているのを見ると、主犯はどうやらこっちか。

 全く、これではどっちが子供だが分かったものじゃない。


 それからというものの、週に三度ほどはエルシアが上機嫌な日が続く。

 これは釘を刺しておいたが、もしかしたらもう一人弟か妹を覚悟しておいた方が良さそうだ。

 壁一枚を隔てて幸せな家族計画が進行中だが、こちらはこちらで問題はあった。

 問題と言うよりも大問題で、実を言えばこちらの方が家庭崩壊の元凶になりかねない。

 レイジと一緒に寝ていると、日を追うごとにつれそれは悪化していった。

 おねしょなら、どんなに可愛らしかっただろうか。


 最初の修羅場は、いや修羅場に近い出来事は毎日起きていたか。

 その中でもきっかけとなったのは季節が秋に移り変わり始めた頃である。

 その晩もいつものように、レイジに抱き着かれながら眠りについていた。

 これはいつもの事で、僕もレイジをまだまだ子ども扱いしていたのである。

 僕としても冷え性気味だったので、レイジは湯たんぽ代わりのようなものだった。


 だがあの晩、目を覚ますと何かがおかしい。

 違和感の元に視線をやれば、そこには薄っぺらい胸に顔を埋めるレイジがいた。

 いくらなんでも出るはずが無いし、いやそもそもこの歳になってそれは無いだろう。

 その時既に、ほんの気持ちほど成長し始めていたせいもあって少々痛い。

 寝ぼけて吸い続けるレイジを殴り起こすことも出来ず、悶々としたまま朝を迎えた。


 さて、またしても犯人はエルシアであった。

 甘やかしすぎるにも程があると、あのエルシアを正座させて説教である。

 何が悲しくて母親に子育て方針で説教し、弟の将来を案じなければならないのか。

 とりあえずレイジには大人にならないと許されないとだけ注意しておいた。


 その甲斐あってか、その頃からレイジの行動に変化が表れた。

 親離れと異性に対する意識の変化が同時に訪れたのである。

 少しだけ泣く事も少なくなり、悪ガキどもにもそれなりに反抗していたようだ。

 男友達も増えたようだし、女の子とばかり遊ぶような事も無くなった。

 その代わり女の子に対しては、甘えると言うよりも優しさを表現しているようだ。

 将来は女泣かせにだけはならないように、そう願っておこう。


 二度目の修羅場は、秋も終わりに近づいたつい昨夜の事である。

 相変わらず僕とは一緒に眠っているのだが、最近は抱き着かれるような事は無い。

 逆に冷え性の僕がいつの間にか絞め殺す勢いで拘束していたりする。

 その結果があんな悲劇を巻き起こすとは思わなかった。

 いや、いつかは訪れるに決まっているんだろうけれど。


 昨夜は朝になれば霜が降りるほどの冷え込みだった。

 真夜中に心細そうな声で起こされて、目をこすりながら身を起こす。


「おねえちゃん…ごめんなさい」


 大体泣きそうなレイジの声色で、なんとなく察してしまった。

 今夜は随分と冷え込んだし、久々におねしょでもしてしまったのだろう。


「おねしょか?」


 無言で頷くレイジだが、ここではまだ気が付かない。

 そもそも目が覚めていた時点で気が付くべきなのだが、寝ぼけていたので仕方が無い。

 いつも通りにレイジを立たせてズボンを脱がせたところで、そこでようやく発覚した。

 怯えるレイジを着替えさせ、これは病気ではないと言い聞かせながら寝かしつける。

 どうもここの家系は早熟の気が強いようだ。

 またしても悶々としながら、真っ暗な中でレイジの下着を洗う羽目になった。


 ◇◆◇


「…という事があったんだけど」

「っふ、ふひっ! あっはっはっは!」


 流石に一人で抱えきれるような問題では無く、こうして相談を持ち掛けた。

 事情が事情なので、面と向かって両親に相談するのも気が引ける。

 こんな時は男の身体に女の心を持つ、特殊生命体が適任だろうと考えたのだ。

 ところがだ、僕が真剣に話しているというのにこの有様である。

 七転八倒に抱腹絶倒、椅子から転げ落ちてどんどんと床を叩いている。


「あのさあサリサ、僕は真面目に相談してるんだけど」

「ご、ごめんっ! いやもう、だって…おかしいじゃない!」

「間違い起こってからじゃ遅いんだってば!」


 今なら怒りの力で限界を超えた魔法を発動できそうな気がする。

 だが僕としてはこんな事を相談できるのはサリサくらいしか思いつかない。

 思わず振り上げた拳を収めると、気分を落ち着かせるためにタンポポ茶を飲み干した。


「あのねえロニア、あなた色々と言ってる事がおかしいのよ」


 ようやく復活したサリサが、椅子に腰掛けると諭すような口調で話し始めた。


「あなたは子供と大人のどちらなのかしら?」

「一応、子供のつもりだけど」

「という事は、どこかで大人だって思っている証拠なのよ、はっきり言って子供ではないわね」

「僕が変だって事?」

「そうね、少し変わってるけど…もっと変なところがあるのよ」


 そう前置きして、サリサは身を乗り出し僕の目を真っ直ぐに覗きこんできた。


「あなたは男の子? それとも女の子?」


 答えられない。

 どう答えていいのかが分からない。


「迷っているようね」

「…正直分からないよ」


 中身は男のはずなのだが、最近はこの身体に色々と悩んでいた。

 月の物だってそうだし、胸だって張ったような痛みがある。

 これから先どうなってしまうのか、不安で仕方が無い。


「とにかく、一旦あの家を離れた方が良さそうね」

「…あまり気が進まないな」

「間違い起こっても嫌なんでしょう?」


 気は進まないが、確かにここの所家族とは距離を置いていた。

 ゼフィールは僕の事を完全に女の子と認識し、扱いに困っている。

 エルシアはかつて旅をしていた時とは別人で、女性そのものだ。

 そして弟のレイジに関しても、昨夜の一件で認識が変わってしまった。

 間違いがどうだと考えてしまうのは、レイジを異性と認識しているからだ。

 それは心のどこかで、自分自身が女の子である事を自覚しているからである。

 認めたくないのに認めるしかないのが、どこか悔しい。


「あの二人には私から話しておくわ、今日はうちに泊まっていきなさい」


 どうして相談相手にサリサを選んだのかが分かった気がする。

 彼…いや彼女もまた、僕と同じく狭間で揺れ動いている存在だったからだ。

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