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 季節は夏真っ盛り。

 流石にこの時期ともなると、日中は薄着でなければ辛くなる。

 それでもこうして長袖で出歩いているのは、もちろんブラックベリーのためだ。


 因みにゼフィールは今日も水車小屋で、レイジは夏バテでダウン中。

 エルシアはレイジを看病しながら、家で機織りをしている。

 思わぬ形で暇を持て余して、僕はこうしてブラックベリー狩りに出掛けたわけだ。

 先日川の上流で、ブラックベリーの花を見かけた。

 今頃は丁度黒い果実が実っている頃だ。


 陽が真上に差し掛かる頃には、既に籠の中身はブラックベリーで一杯になってしまった。

 今日の所はこれくらいで勘弁してやる。

 ちょっと張り切りすぎたか、汗でべとべとだ。

 川で水浴びでもして、ついでにブラックベリーも冷やして少しいただくとしよう。

 そう思って茂みを掻き分けた先に、どうやら先客がいたようだ。


 真っ赤な髪は腰のあたりまで伸ばしてあり、こちらに向けた背中は色気すら感じる。

 だがこいつは残念な事に男性で、それも僕が良く知る相手でもあった。

 川のほとりに置かれた荷物の中には、それを証明する物がいくつかある。

 僕がかつて愛用していた、一振りの剣だ。

 アダマンとミスリルを合成し、ダマスク処理をした世界で一振りだけの逸品。

 魔法を一切使えないのに、ミスリルが含まれる剣を持ち歩いているあたり、思い入れを感じさせる。


「久し振りだねサリサ、元気にしてた?」

「あらぁロニアじゃないの、少し背も伸びたかしら」


 ドラゴン退治の英雄の一人、鮮血のサリサ。

 様々な種の混血で、元々はコロシアムで活躍していた剣闘士だ。

 ドラゴンを退治した後は仕官を嫌い、大陸を旅して回っているのだとか。


「邪魔じゃなければ、僕も水浴びをしたいんだけど」

「ええ、構わないわ」


 サリサは見た目は美人だが、正真正銘男である。

 にも拘わらず、僕がこうして気兼ねなく水浴びを一緒にするのは、サリサが特殊だからだ。

 口調から察する通り、オカマというやつだ。

 女性に対して全く興味が無く、前世で旅をしていた時はエルシアよりも女性らしかった。

 その右眼さえ無事であるなら、どこぞの令嬢かと思うほどに美しいんだけどな。


 サリサの右眼は、コロシアムで僕と戦った際に失ったものだ。

 その時はまだ、僕はサリサが女だとばかり思っていたので相当ショックを受けたものだ。

 大枚をはたいてサリサの身柄を買い取り、そして男だと知った時のショックの方がかなり大きかったけど。

 それからというものの、サリサは何かと僕に対して特別な感情を持っていたようだ。

 余計な物さえくっついていなければと、そう思ってしまう自分が怖い。


 年に一度ほどこの村を訪れるのだが、僕はサリサと会うのを楽しみにしている。

 別に変な気持ちがあるわけでは無く、サリサの土産話が待ち遠しいのだ。

 大陸を放浪するサリサは、僕が知らない世界の出来事を面白おかしく語ってくれる。

 前世での旅はドラゴン退治が目的だったので、他の地方の事は一切知らなかったのだ。

 北の山岳地帯や、西部の大森林。

 前回は南方の砂漠地帯で、古代の遺跡巡りをしていたそうだ。

 生まれ変わって間もない頃は色々と落ち込んでいたが、サリサの話を聞くうちに少しずつ前向きになれた。

 まだ知らない世界があるのなら、それを見て回るのもいいかもしれないと。


「今年はどこに行ってきたの?」

「エルシアの故郷よ、鬼人族の里ね」


 大陸東部に広がる海域には、無数の島が点在している。

 鬼人族はそこで暮らし、島ごとに族長と呼ばれる者が治めているのだ。

 まあこれもエルシアから聞いていた話で、実際に訪れた事は無い。


「どんなところだった?」

「海が綺麗で素敵だったわぁ…食べ物もヘルシーだし」

「へえ、それならそこで暮らしちゃえばいのに」

「それはちょっと悩むわねぇ」

「どうしてさ?」

「何かと船に乗る事が多いからよ、私には拷問だわ」


 そう言えばサリサは乗り物の類が一切駄目だったか。

 馬車も数分揺られただけで、あっという間に撃沈していた。

 なのでいつも馬の手綱を握るのはサリサの役目になってたな。


 ゆっくりと水浴びを楽しむと、サリサと二人並んで家へと向かう。

 その腰の両側には、サリサの愛用するダマスクソードと、もう片方は新調したようだ。


「新しい剣だね」

「金剛刀よ、いいでしょう?」


 自慢げにその柄を爪の先で突いて見せる。

 いくらか反りのある刀身は、どこか日本刀を彷彿とさせた。

 ただ日本刀とは似ているが、中身は全くの別物である。

 金剛石を削り出して作られるので、日本刀のように打ち鍛えるわけでは無い。

 金剛石には魔力を遮断する力があるので、ある意味サリサにはうってつけなのかもしれないな。

 元々は盾や鎧などに埋め込まれ、魔法の威力を削ぐために利用されていたのだ。

 サリサほどの腕ならば、飛んでくる火球や水弾など真っ二つだろう。


「前に使ってた雷神の剣は手放したのか」

「そんなわけないじゃない、ちゃんと保管してあるわよ」


 魔水晶と呼ばれる、自然界の魔力を蓄積する性質の水晶を利用したショートソードだ。

 効果は微々たるものだが、それでも斬りつけた相手を一瞬怯ませるくらいの効果があった。

 傷をつけられなくとも、金属製の盾や鎧、様々な武器を通して電撃が襲ってくる。

 かつてのコロシアムでの戦いでは、事前に情報が無ければ負けていただろう。

 木の盾に石の剣など、観客からは大いに笑われてしまったのを思い出す。

 ただサリサだけは、その装備を目にした瞬間に顔から余裕の色が消え去っていたっけか。

 そんな事を思い出していると、サリサが溜息を吐いていた。


「あのねぇロニア、剣よりも…もっと女の子らしくするべきよ?」

「そんな事言われても、生まれつきだから仕方が無いじゃないか」


 正確に言うならば、生まれる前からこうである。

 まあサリサもまさか、僕の正体がかつての仲間だとは思ってもいないか。

 心がそうである以上、本物の女性に対しては憧れとか抱いているのかもしれない。

 三人の中でも、未だに口喧しく僕の素行に口を出してくる。

 出来る事なら、サリサと中身を変わってやりたいものだ。


 家に辿り着くと、早速エルシアがかつての仲間をお出迎え。

 その声に目を覚ましたのか、奥の部屋からレイジも顔を覗かせてきた。

 ちなみにレイジはサリサの事が大の苦手だったりする。

 レイジだけではなく、この村の…特に男の子は大抵がそうだ。

 純真無垢な子供には、オカマであるサリサは奇妙で恐ろしい存在なんだろう。


「あらやだ! レイジもすっかり大きくなって、可愛いわねぇ」

「うぅ…ぁ、お…おねえぢゃあぁぁん!」


 無理矢理抱き着かれて助けを求めてくるレイジ。

 まあとって食うわけでは無いだろうから、大目に見てやるとしよう。

 これからしばらくの間は、サリサもこの村でゆっくりと羽を伸ばすのだ。

 年に一度あるかないかの機会だし、サリサは何かとレイジを気に掛けてくれている。

 姉としては可愛いと言われて悪い気がしないからな。


「ちょっとサリサ、レイジが怖がってるじゃない」

「あははは…ごめんねぇ、だって食べちゃいたいくらい可愛いんだもの」


 果たしてどっちの意味なのだろうか。

 かつてのオカマな仲間のせいで、可愛い弟の貞操の危機とか、なんとも妙な状況である。


 

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