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僕が暮らしている地域には梅雨が無い。
雨季こそあるが、夏の夕立と冬の雪くらいのものだろうか。
夏の始まりのこの季節は、一年の中でも一番過ごしやすい。
そして一年の中でも、言ってしまえば一番暇な時期でもある。
農繁期は過ぎたし、ブラックベリーの季節はもうちょっと先。
村の男達も狩りはひと段落というわけだ。
だからと言って、この季節何もしないと言うわけでは無い。
暇だからこそ、やるべき事を見つけていくのだ。
特に男達がこの時期何をするかで、今後の生活の良し悪しが決まってくる。
今年は村の二か所で、それぞれ水車小屋を建てている。
最初は下流側のひとつだけを建てる予定だった。
水車の動力を活かして、黒麦粉などを挽ける様にとゼフィールが提案したものだ。
都市の方ではかなり一般的なのだが、辺境ともなると違うらしい。
一昨年から粉挽き用の水車小屋を順番に建て、将来的には各家庭にひとつずつが目標。
その頃にはゼフィールとエルシアもじっちゃんばっちゃんだなあ。
いくらエルフが長寿とはいえ、この村は今でも百世帯以上あるのだ。
年にふたつ建て続けたとしても、気の遠くなるような話である。
さて、上流にある予定外の水車小屋は川から水を汲み上げるための揚水車。
実はこれ、あのレイジが楽をしようと考えたアイデアが発端である。
この村では、生活用水は井戸や川で汲むようになっている。
井戸は村で数えるほどしかなく、毎朝のように各家庭の子供が列を作る。
僕もそうして育った一人で、文句こそ言わなかったが随分と嫌だった。
魔法で何とか解決しようと試みて、水の魔法を特訓したのもこのせいだ。
何もない場所に水を生み出すには膨大な魔力が必要になる。
空気中の水分を集めたところで僅かしか水は得られず、これも効率が悪い。
川から水を操って運ぼうとするにも、これもやはり消費量に見合わない。
まあ結果は散々だったが、何事も試してみるのが大事だと思う。
ところが去年の冬に、レイジが驚くべき方法で解決してみせたのだ。
朝の水汲みは、子供にとっては拷問である。
寝坊助なレイジより一足先に、いつものように僕は井戸へ水汲みに出掛けていた。
川の方が家から近いのだが、真冬の川に落ちてしまうと最悪命を落とす。
それにうまく川の水を汲み上げるには、あの流れの中へ踏み込まなければならない。
そんなわけで、誰も冬場は川へ水汲みになど向かわないのだ。
さてようやく長い列を突破して、水瓶を手に家に帰るとどうした事か。
まだ寝ていたはずのレイジが、僕よりも一足先に水を汲み終えて戻っているではないか。
当然僕は、川に水汲みに行ったのだろうとすぐに理解した。
そして同時にレイジをお説教しようとしたのだ。
もしあの冷たい水の中で転んだりしたら、どうなるのか分かっているのかと。
そう言いかけたところで、レイジのズボンや靴が濡れていない事に気付く。
種を明かしてみれば、なんとも簡単な方法でレイジは水汲みを楽に達成していた。
近所にある水車小屋の水車に近づき、そこから滴る水を集めたのだ。
その発想を元に、今度は僕が水車に手桶を括り付けてみた。
手桶が汲み取った水は、水車の頂点まで持ち上げられ、音を立てて流れ落ちる。
僕の中で、水は高きから低きへという常識が覆された瞬間である。
僕とレイジがその事を報告すると、ゼフィールは早速水車の改良に取り掛かった。
上流に大きな揚水用の水車と、川を挟んで東西に分かれる村をそれぞれ縦断する水路。
要所にはため池を設け、井戸の代わりに水が汲める場所にする。
僅かな期間の間に、村の男たちはそれだけの大掛かりな計画を打ち上げてしまった。
こちらも将来的には、各家庭へ水が流れ込むようにするらしい。
それを聞いて喜んだのは、他でもないエルシアだった。
今の所まだこの村では、生活用水は大きな水瓶に貯めておくしかない。
だがエルシアに言わせれば、新鮮な水ではないので健康には良くないのだとか。
まあ確かに、酷いものだとボウフラみたいなのが繁殖してるもんなあ。
医療に携わる僧侶ならではの見解だと思った。
◆◇◆
さて女性陣は何をしているかと言えば、この時期は染め物を作っている。
生地を織るのは熟練の仕事で、次に若い女性が草木からとれる染料で染めていく。
僕達の仕事は、その染め上げた生地を川の水で洗い流す事だ。
どういうわけか、十歳から十五歳の女の子限定らしい。
謎の条件の理由は、水車小屋のさらに上流の光景で明らかになった。
まず染料を洗い流すには、二通りの方法がある。
丈夫な生地は巨大な桶に水を張って、そこで生地を足で踏みつける。
扱いが難しい生地の場合は川の中央で生地を広げて、水の流れにさらすのだ。
まあ当然、服が濡れては困るので脱ぐ。
何と言うか、とても悪い事をしているような気分だ。
川に入っている子なんかは、全裸の子もちらほらいる。
自分の身体で見飽きたとばかり思っていたのだが、どうやら違ったようだ。
いや、何を恥ずかしがることがあろうか、僕は身体は女だった。
これは正々堂々と少女の裸体を脳細胞に焼き付けるチャンスである。
僕は十歳で、背が低い事もあって大桶のグループに振り分けられた。
二人一組となり、桶の中で生地を踏み続ける作業の開始である。
交代を繰り返していくうちに、この少し変わった風習の理由が何となく分かる気がした。
年頃になった女の子達をこうして集め、互いに親睦を深めさせておくのだ。
小さな村で妙な争いが起こらないように、事前にこうして邪魔者無しで付き合わせる。
僕と会話をする内容も、殆どが色恋ものだったりする。
やれ誰が好きだとか、あの子には負けないだとか、聞いていると耳が痒くなりそうだ。
僕の場合は、まだそんな相手はいないとだけ言っておいた。
そんな事よりも、今は目の前の光景が重要だ。
大桶のグループには、特例として泳げない女の子も振り分けられる。
現在僕と組んでいる子は十五歳なのだが、もうこれが揺れる揺れる。
僕の視線に気が付いたのか、ちょっと恥ずかしそうに手を添えるのがたまらん。
何を恥ずかしがることがありましょうか、吾輩は立派な女性でありますよ。
そして十数分後、僕は木陰で横になっていた。
つい興奮しすぎて鼻血を出してしまったのだが、日射病か体調が悪いのだと勘違いされたのだ。
僕としては多少の出血は相応の代償だと思うのだが、染め物を汚しても拙い。
ふと、後ろの茂みの中に妙な気配を感じた。
それと、ひそひそと話す何人かの声。
気持ちは分からんでもないが、ここはひとつお灸を据えておくべきだろう。
ここは男子禁制の聖地なのだから。
地面に両手を当てて魔力を込めると、一気に流し込む。
辺りには現行犯しかいないので、魔法陣による手加減は一切無し。
驚いたような声が一瞬あがるが、慌てて声を押し殺すあたり、まだ見つかっていないとでも思っているのだろうか。
ゆっくりと茂みをかき分けていくと、そこにはやはり覗き魔が三名ほど。
村では何かと僕と対立する事の多い、二つほど年上の悪ガキ三人組だった。
僕の魔法によって砂と化した地面に、三人とも腰のあたりまで埋まっている。
それぞれの頭上に鉄拳を叩き込むと、リーダー格から順番に解放してやることにする。
別に覗いた事を怒っているわけじゃない。
やるならもっと、バレないようにうまくやるべきなのだ。
リーダー格の手を掴むと、カブを引っこ抜くように引っ張り上げる。
「…あ」
腰まで埋まっていた事と、一体何をどうしたかったのか、ベルトを緩めていたのが原因だ。
見事にリーダー格は中身だけ綺麗に引き抜かれた状態になってしまう。
そう言えばガネーシャって名前の神様がいたよね。
それだけならまだ良かったのだが、勢いよく引っこ抜いたせいでリーダー格はバランスを崩してしまった。
咄嗟に手を伸ばしたその先にあったのは、僕のまな板である。
一瞬にして全身に鳥肌が走り、悪寒が背筋を駆け上る。
そして極めつけは、そのリーダー格が呟いた言葉である。
「誰がちっさいだオラアァァッ!」
このハプニングのせいで、僕はエルシアと一緒に三人組の家を回ることになる。
もちろんあいつらも覗きがバレて怒られたのだが、僕が少々やりすぎてしまったのだ。
謝るのもあるが、回復魔法で治療を行うのが目的なのだ。
いやなに、僕も手の骨にヒビが入るまで整形手術をしてあげただけさ。
それにしても妙なものだ…どうして僕はあんな事で我を忘れるほど怒ったのだろう。




