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 この世界では、少なくともこの村では食欲の秋ならぬ食欲の春。

 柔らかいパンに新鮮な山菜料理。

 肉だって燻製や干し肉じゃないし、何と言っても嬉しいのは生の果実だろうか。


「さあ行くぞ二人とも、準備は大丈夫か?」

「僕は大丈夫だよ、レイジはどう?」

「うん! 大丈夫!」


 つい昨夜、すじ肉にまたしても前歯を持っていかれたレイジがにっこりと笑う。

 相変わらずの天使っぷりだが、歯抜けのせいで少々アホの子に見えた。


 比較的涼しい気候とはいえ、僕を含めた三人とも長袖姿。

 森の中は草木が生い茂り、尖った葉や枝で怪我をしかねないからだ。

 それにヒルも出るので、こうして肌の露出を押さえるのが常識である。


 春の終わりから初夏にかけては、毎年こうしてレッドベリーの実を摘みに行くのだ。

 同行するゼフィールは保護者としての立場もあるが、ついでに狩りも狙っていたりする。

 食べるものが豊富なこの時期、森の中は活気に満ち溢れているのだ。

 腹も満たされた動物たちは大抵が温厚になり、程よく肥えていて狩りやすい。

 秋の季節の方が狩りは盛んだが、僕個人としてはこの時期の肉が一番好きだ。

 余計な脂身が少ないからなのだが、これは僕の中身の問題なのだろうか。


 森の中を歩いていくと、そこかしこで気配が蠢いている。

 その度にレイジがびくりと身を震わせているが、まあ今年が初めてなので仕方が無い。

 道中は出来るだけ大きな音を立てながら進んでいく。

 こうすることで周囲の動物の警戒を促し、未然に危険を遠ざけておくのだ。

 先導するゼフィールの口笛は、いつだか僕が教えた旋律だ。

 あの頃はまだ色々と心細く、気持ちを紛らわせるためによくお世話になったものだ。


「さて、ここらでいいだろう」


 藪の中をかき分けて辿り着いたのは、沢のほとり。

 毎年訪れるこの場所は、ゼフィールが見つけたとっておきの場所だ。

 見ればそこらじゅうにレッドベリーが真っ赤な実をつけていた。

 それを見た途端、レイジが一目散に駆け寄って…ああ転んだ。

 だが食欲というものは恐ろしいもので、何とあのレイジが泣きもせずに起き上がったのだ。


「父さん、見た?」

「おお…レイジが泣かないだなんて!」


 よほど感動したのか、ゼフィールが泣いている。

 いや、僕は別にレイジを褒めたわけでは無いのだけれど。

 今度から泣き止まない時は食べ物で釣る事も視野に入れておこう。


「お姉ちゃん凄いよ、食べ放題だ!」

「あんまり食べ過ぎると母さんの弁当が食べられなくなるよ」


 エルシアはお残し断固否定派なので、もし弁当を残したらお仕置きが待っている。

 まあレイジも僕に似て、甘いものは別腹だろうから大丈夫か。

 レイジと並ぶようにしゃがみ込むと、目の前のレッドベリーの実をひとつだけ口に放り込んだ。

 これが自然の甘みと言うやつだ。


 大量に摘み取った実は、そのほとんどがジャムになる。

 カブから搾り取って精製された砂糖を使って、保存が利くように加工するのだ。

 もう少し待って夏になれば、今度はブラックベリーの時期になる。

 レッドベリーよりは酸味が強く、どちらかと言えばブラックベリーの方が好みだ。


 ふと見ると、レイジが見た事も無いような難しい表情をしている。

 何事かと心配していると、ぺっと何かを吐き出した。

 ベリーの実には芯があり、少々行儀が悪いがこうして吐き出すのだ。

 まあ言ってしまえば、スイカの種を吐き出すようなものである。

 だがレイジが吐き出したそれは、確かにベリーの芯だが、もうひとつあった。

 白くて小さな塊のそれは、レイジの奥歯である。


「…取れちゃった」


 そう呟くと、何事も無かったかのように次の実を口に放り込んでいる。

 レイジ、恐ろしい子。


 後ろの方では、ゼフィールが岩場に腰掛けて釣り糸を垂らしていた。

 残念な事に、そして今年も相変わらず坊主のようだ。

 辛抱強いゼフィールだが、昼食前には限界が訪れるだろう。

 我慢の限界を超えたゼフィールが取る行動はただ一つ。

 風の魔法で小さな竜巻を作り出し、川の水ごと魚を巻き上げてしまうのだ。

 普段から僕に対して自然相手に極力魔法を使うなと説教しているくせにである。

 まあお陰で川魚を美味しくいただけるので、毎回見なかった事にしている。


 昼食はエルシアお手製のサンドイッチと、ゼフィールが釣り上げたと主張する川魚。

 そしてデザートは採れたてのレッドベリーである。

 さて、この川魚を焼くに当たってゼフィールとちょっとした勝負である。

 どちらが早く火を起こせるかだ。

 火の魔法はゼフィールが得意なのだが、僕はあまりその才能の恩恵を授かっていない。

 なので今回はハンデとして、ゼフィールは魔法無しで火を起こす。


 ちなみにゼフィールの魔法で直接焼こうとすると、一瞬にして消し炭になる。

 魔法において最も難しいのは威力の調整だ。

 それを補うために発展したのが魔法陣であり、高位魔法には必要不可欠な技術だ。

 例えば敵味方入り乱れた状態で広範囲の大魔法を放つとする。

 すると当然味方も巻き込まれてしまうわけで、それなら使わない方が遥かにマシだ。


「よーい、はじめ!」


 レイジの掛け声とともに、僕とゼフィールが同時に動き出す。

 僕の火の魔法の才能はどの程度かと言えば、まあ精々小さな火が一瞬点く程度。

 はっきり言ってそれだけでは拾ってきたばかりの薪を燃やすことは出来ない。

 だが僕にはある策があった。

 必死で火を起こそうと点火用の用意を進めているゼフィールを尻目に、川へと近づく。


 水の中に手を突っ込むと、魔力を流し込んだ。

 浮かび上がったのは頭ほどの大きさもある水の球だ。

 それを落とさないように集中しながら、ゆっくりと薪が積まれている場所に戻る。


「お姉ちゃん、水なんてどうするの?」

「まあ見てなよ」


 思っていたよりも魔力と集中力を要するが、やれないことは無さそうだ。

 水の塊は少しずつ変形し、平べったくなっていく。

 そしてそのまま待つこと数十秒、種火用のボロ布が黒く染まって煙をあげた。


 実はこれは、水を利用してレンズを作り出してみたのだ。

 二年連続でゼフィールに敗北を喫し、僕なりに知恵を絞った結果、この方法を思いついた。

 どやぁとばかりにゼフィールを見た瞬間、悲劇は起きた。

 集中力が途切れたせいで、宙に浮かんでいた水が落下したのである。

 結局勝負は今年もゼフィールの勝ちとなり、苦い思いをしてしまった。

 まあ川魚は美味かったけどな。


 昼食を終えると、お子様なレイジは僕の膝枕でお昼寝中である。

 涎でズボンが汚されているので、起きたらほっぺたを抓ってやる事にしよう。


「ロニア、さっきの魔法の使い方は自分で考えたのか?」


 ゼフィールが問いかけてきたのは、先ほどの水レンズの事だろう。


「ほんの思い付きだよ」

「驚いたな、まさか水の魔法で火を起こすだなんて」


 ゼフィールの視線には、親子の関係を超越した尊敬の色が見て取れる。

 初めて出会った時からそうだったが、ゼフィールは根っからの探究者なのだ。

 彼が独自に編み出した魔法陣は数えきれないほどあり、それが何よりの証拠だろう。


 ゼフィールには紅蓮の導士などという異名があるが、それは火炎を自在に操る事が出来るからだ。

 だがゼフィールは元々才能に恵まれていたわけでは無く、火よりも風の魔法の方が得意だった。

 今でこそ努力の甲斐あって火の魔法も単独で使いこなしているが、以前は風の魔法を使って火の魔法を強化していたわけだ。

 きっかけとなったのは、前世での僕が教えたいくつかの知識だ。

 空気が無ければ炎は起こらない事。

 新しい空気を送り込めば一気に燃え上がる事。

 あとは粉塵爆発なんてのも教えたっけか。


 ぽかぽかと暖かい陽気の中、レイジが目を覚ますまで二人で魔法の話題で盛り上がる。

 前世ではなかなか教えてくれなかった独自の魔法陣の理論などもだ。

 ほんの少しだけ、ゼフィールの子供として生まれてきたことが嬉しく思えた。

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