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1:

 春眠暁を覚えず。

 ああ、確かそんな言葉もあったよね。

 この身体にはどうやら無縁の話のようで、今朝も相変わらずの寝覚めの良さだ。


 ベッドから抜け出すと、さっさと寝間着から着替える事にする。

 部屋の隅にある姿見には、黒髪に金色の瞳を持つ少女の姿が映っていた。

 その瞳と尖った耳はエルフである父親のゼフィール譲り。

 黒髪と、いくらか褐色掛かった肌の色は母親のエルシア譲りだ。

 因みにエルシアは鬼人族と呼ばれるエルフの亜種の生まれ。


 鏡に映った姿はなるほど、親から譲り受けた血筋のためか非常に好ましい容姿である。

 願わくば胸の成長を期待したいのだが、エルシアを見る限りそれは絶望的だと思われる。

 ただ好ましいとは言うが、十年もの間見慣れたせいか、そこに何も感じる事は無い。

 美人は三日で慣れるとか、たしか元の世界のじっちゃんが言ってた。


 着替えを済ませると、部屋を出てまずはエルシアに挨拶をする。

 母親ともなると人はこうも変わるものなんだろうか。

 鼻歌交じりで朝食の支度をしている後姿に、かつての挽肉メーカーの面影は無い。


「おはよう母さん」

「あら、おはようロニア…ちょっと、酷い寝癖よ?」

「別にいいじゃないか、これくらい」

「良くないわよ、ロニアは女の子なんだから」


 朝食の支度を中断すると、エルシアは僕を無理矢理椅子に座らせる。

 そして櫛で寝癖だらけの僕の髪を整えていくのだ。

 これはもう二年ほど続いている、言わば日課のようなものだ。

 この日課が行われる度に、僕は心の中で呪詛を呟く。

 僕の本当の名前はレイジで、僕は男の子だったのだと。


 この女の子にしては短めの髪も、最初は僕が自分で切ったのが始まりだ。

 その頃には既に一人称は僕で、言葉遣いも相応になっていた。

 なかなか染み付いた癖は治らないし、誤魔化すのも面倒だと思ったからだ。

 幸か不幸か、ゼフィールもエルシアも僕の正体には気付いていない。

 エルシアの元々の性格が原因だとでも考えているのだろう。


「はい、終わり!」


 ぺしんと、頭をはたかれた。


「ほら、お礼は?」

「アリガトウゴザイマス」

「よろしい、じゃあ皆を起こして来てちょうだい」


 そう僕に命じると、エルシアは朝食の準備を再開した。

 全く、この家の男衆は朝が弱くて困る。

 エルシアのお願いを無視することも出来るのだが、その場合は彼らに生命の危機が訪れる。

 年に数回ほどエルシアがブチ切れる事があるが、ゼフィールはその度に満身創痍だ。

 エルシアもなまじ回復魔法が扱えるだけに、手加減一切無しである。

 折っては治し、砕いては治し…あれはある意味死ぬより辛いかもしれないな。


 ゼフィールとエルシアの寝室に行くと、やはりゼフィールはまだ寝ていた。

 どんなにイケメンだろうが、寝顔ばかりはどこか間抜けに見えるものだ。


「父さん、早く起きないと母さんが怒るよ」

「んー…もうちょっと」


 毛布を引っぺがそうとするが、それをさせまいとゼフィールが手繰り寄せる。

 いつもならこの遣り取りを数回こなせば起きるのだが、今日はちょっとしたアクシデント。

 暖かいせいなのか、ゼフィールの寝相は非常に悪い。

 毛布は手元に手繰り寄せているのだが、殆ど役目を担っていない。

 パンツ一丁で寝ているゼフィールのそこには、立派なテントが張られていた。


 気持ちは分かるさ、僕だって元は男だったんだもの。

 だがしかし、それとこれとは話が別である。

 誰が悲しくて朝っぱらから父親及びかつての仲間の汚いものを見なければならないのか。


「ふん!」

「うぐぉ…ぅ」


 トードを踏みつぶしたような声が聞こえた。

 ああ、やるんじゃなかった…後で足を洗っておこう。


「おはよう父さん、今日もいい朝だね」

「ロニアぁ…」


 ゼフィールはもんどりうってうずくまり、股間を押さえている。

 多分目は覚めただろうけど、これはしばらく復帰に時間が掛かりそうだ。

 安心しなよゼフィール、潰れたらエルシアが治してくれるさ。


 さて、悪い息子をお仕置きしたところで次は良い息子を起こさなければ。

 うずくまるゼフィールの傍らには、毛布に包まれた物体がある。

 こいつはこいつで父親譲りの寝起きの悪さだ。


「ほら! レイジもさっさと起きる!」


 毛布を引っ張り上げると、包まっていたそれが派手な音を立ててベッドから転がり落ちた。

 金髪に金色の瞳は、まさにゼフィールをそのまま小さくしたような感じだ。


「うあああぁぁん、痛ったぁい!」


 そしてこの泣き虫っぷりである。

 何から何まで、しっかりと父親の遺伝子を引き継いでいるようだ。

 レイジと名付けられたこの男の子は、僕より二つほど年下の弟だ。

 顔立ちはエルシアに似ているので、一見すると女の子にも見える。

 男の娘上等、出来れば千切ってしまいたいくらいの可愛さだ。

 更に出来る事なら、その千切ったものを僕に移植したいくらいである。


「ああもう、ごめんってレイジ」


 ぎゃんぎゃんと泣き喚くレイジの頭を撫でてやると、まるで魔法のように泣き止むから面白い。


「えへへ、お姉ちゃん大好き」


 見ろよこの笑顔、これが天使ってやつに違いないんだぜ。

 レイジの頭をなでなでしまくっていると、ようやく復帰したゼフィールが起き上がる。


「お、今日はおねしょしなかったなあ、偉いぞ」


 多分レイジの性格は、両親も含めて過保護すぎるのが原因だと思う。

 八歳にもなってまだ両親と寝ているあたり、まあそうなんだろう。

 かと言って僕が厳しく接すれば、多分レイジに嫌われてしまうだろう。

 できればそんな事態にはなりたくないなあ。


 起こし終えた二人が姿を現すと、家族四人で朝食を摂る。

 豆と干し肉のスープに黒パンの、何とも質素な食事だ。

 最初はどうしてこんなに貧しいのかと疑問に思ったものだ。

 かつての英雄が、こんなひっそりとした小さな村で暮らしているのである。

 村人から聞いた話では、ゼフィールとエルシアは駆け落ちしてきたのだろうと言われている。

 小さな子供には意味が分からないとでも思ったのか、ダダ漏れもいいとこだ。


 そう言えばゼフィールもエルシアも、それなりの血筋だったはずだ。

 なるほど、それならば駆け落ちした事情も頷けるというものだ。

 前世での旅の道中、何かと偉そうな輩が付きまとっていた。

 その都度ゼフィールは魔法で姿をけし、エルシアの周りには血の雨が降った。


 朝食も殆ど済んだところで、僕の視線は皿の隅にあるそれを睨みつけていた。

 元の世界にいた時から、どうしても好きになれない食べ物だ。

 柑橘系の酸っぱいはなんとかいけるのだが、酢の物の酸っぱさは絶対に無理。

 また漬物に類似する代物も、軒並み苦手だったりする。

 今回睨めっこしているのは、カブを酢で味付けしたものだ。


「ロニア、あんたまた残したのね?」

「苦手な物は苦手だもの」

「あのなあロニア、好き嫌いをしてると大きくなれないぞ? 母さんみたいに」


 次の瞬間、残像を残してゼフィールが吹っ飛んでいった。

 相変わらず言葉を選ぶのが下手というか、色々と残念な男である。

 エルシアも余計なところで過剰に反応しすぎだ。

 多分ゼフィールは背丈の事を言っているのであって、決して胸の事ではないと思う。

 そう言えばエルシアも酢の物は苦手だったはずだが、いつの間に平気になったのだろうか。


 視界の隅でエルシアにマウントされながら、泣き叫ぶゼフィールの姿が見える。

 まあこれは日常茶飯事な出来事なので、僕もレイジも慣れたものだ。

 さてこの酢漬けをどうしようかと睨んでいたら、隣からひょいとフォークが飛び出してきた。

 見れば隣からレイジがにっこりと笑いながら、もぐもぐと口を動かしている。


「おねえひゃん、これれらいじょうぶ」

「行儀が悪いよレイジ」


 口に物を入れて喋るのを注意しながら、優しく頭を撫でてやることにした。

 全く、本当に天使みたいな奴だ。

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