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 冬の寒さから逃れるように、サリサとの旅はまず南へと向けて進路を取る。

 僕が暮らしていた村は大陸の北東にあったという事を、僕はそこで初めて知ることになった。

 今更と言うか、僕はこの世界について何も知らなかった事を実感した。


 大陸中央部にあるエルフの王国と、東部に広がる島国からなる鬼人族の里。

 その中間点にある東部の平原はサリサが拠点としている街があるんだとか。

 元々は僕が暮らしていた村よりも閑散として貧しい場所だったそうだ。

 両国の貿易によって栄えはじめたのは、ここ十年の事らしい。

 とは言ってもそこを統治しているのは流れ着いたドワーフをはじめとする多数の種族たちだ。


「ねえサリサ、今のって…」

「初めて見たかしら、今のがコボルトよ」


 顔を隠すために金属製の兜を被ってはいるが、耳や尻尾に毛むくじゃら。

 オークやゴブリンなどと並ぶ、三大魔族とも呼ばれる存在だ。

 そんなコボルトが、どうしてこんな所で平然と歩いていられるのか。


「あいつらは敵じゃないか」

「元々はね、でも中には彼らみたいな存在だっているのよ」

「それにしたって、殺しあっていた仲じゃないか」

「今だってそうよ、西の大森林じゃ相変わらず…まあ生き残るための選択の違いってやつかしらね」


 どこか納得がいかないままに歩いていると、そこかしこでコボルトの姿を見かけた。

 中には僕と同じく露骨に煙たがる人もいるが、そこまで険悪な雰囲気ではなさそうだ。

 逆にドワーフの集団の中には、必ずと言ってもいいほどにコボルトが紛れ込んでいる。


「ねえ、何でドワーフと仲が良さそうなの?」

「趣味が似てるからでしょ、どっちも金物には目が無いらしいから」

「へえ…コボルトもなのか」


 異世界ファンタジーの鉄板とでも言うのだろうか、ドワーフは鍛冶の技術に長けている。


「コボルトが精製した金属をドワーフが鍛えて売る、まあお互いに持ちつ持たれつなのよ」


 生前の旅の道中では、コボルトの身に着けていた甲冑の類はそこそこの稼ぎになった。

 何でもドワーフが作り出す物よりも上質な金属が使われているからだとか。

 僕が生まれ変わってから十年の間に、色々と変わった事も多そうだ。


 ◇◆◇


 名前も無いあの小さな村を離れてもうすぐ一ヶ月になる。

 ゼフィールとエルシアは笑って送り出してくれたが、事情を知らないレイジは大泣きだった。

 まあゼフィールとエルシアにしてみれば、内心穏やかではなかっただろう。

 エルシアは多分、まだ心のどこかで僕を女の子だと思っている。

 旅が終われば、僕が正真正銘の女の子として戻ってくると期待しているんだろう。

 ゼフィールはどうなんだろうか。


 旅の道中は行商達と行動して一緒に野宿をするのが基本である。

 サリサが護衛として同行し、見返りに食糧や眠る場所を提供してもらっていた。

 途中で魔物が現れれば、サリサや元々雇われていた傭兵が退治をする。

 僕の役目は大抵が、その際に負った怪我の手当てや疲労の回復である。

 たまに弱い魔物相手だと戦闘に参加する事もあるが、ちょっとした余興扱いだった。

 元々そこまで優れているわけでもないし、上等な装備をしているわけでもない。

 スライム相手に土の魔法でチクチクと突っつくくらいだ。


「やっぱりロニアはお母さん似ね」


 サリサが言うには、僕はエルシアと同じく放出系の魔法が苦手らしい。

 その体質はそもそも、鬼人族の成り立ちに大きく関わっているんだとか。


 元々、鬼人族とはエルフの血筋から派生した亜種のようなものだ。

 魔法の扱いに長けたエルフだが、中には魔法を得意としない者もいる。

 正確に言えば魔力を放出するのが得意ではないと言えば正しいか。

 落ちこぼれと蔑まれ、追放されたエルフが東の島国へと住み着いた。

 それが鬼人族の発祥であり、今でもエルフと鬼人族が不仲な理由の一つだ。

 ゼフィールとエルシアが結ばれたのは、ある意味異端なのかもしれない。


「母さんに似てれば、もうちょっと戦えるはずなんだけど」

「そこはほら、ゼフに似たんじゃないかしら」


 エルシアに似ていれば、当然身体能力は高いはずである。

 だが残念な事に、とても残念なことにそこはゼフィールに似てしまった。

 虚弱とまではいかないが、筋力や体力はそこそこしかない。

 同世代の子供に比べれば多少は優れているだろうけど、あくまで子供としてはの話だ。

 言ってしまえば才能の数には恵まれたが、器用貧乏というやつだろうか。

 生前の万能チート体質がいかにぶっ飛んでいたかが分かる。


 さて、今日は実に一週間ぶりの町…つまり今夜は久し振りに宿に泊まれる。

 これまで何度か宿を利用したが、サリサが予想以上に金持ちだという事が判明している。

 一番いい宿で一番いい部屋をとり、食事もチップを上乗せして豪華な物を頼んでいた。

 最初は僕に気を遣っているのかと思ったが、サリサ曰くいつも通りだとか。

 何の気なしに懐から金貨を取り出した時は本当に驚いた。

 故郷で見た事があると言えば、精々銀貨位である。

 もしかして僕の暮らしは極貧なのかとも思ったが、周囲の反応を見た限りではサリサが異常なんだろう。


 部屋でサリサと食事を摂っていると、今後の方針について話し合う。

 何でも例年はどこかで腰を据えて、数ヶ月ほど旅の資金を貯めるのだとか。


「まず稼ぐなら、ここから西のミズガルズね」

「…父さんの生まれ故郷、か」

「言っておくけど、エルフがみんなゼフみたいな人だと思っちゃ駄目よ?」

「ああ…うん、分かってる」


 エルフと言う種族は、はっきり言えば高慢ちきな輩が多い。

 王族貴族などと呼ばれる生き物が、その豪華絢爛な暮らしをするために好き放題しているのだ。

 圧倒的な魔法の力で、周囲を飲みこんできた歴史を持つミズガルズ王国。

 鬼人族は下等種族だと見下し、ドワーフの国を亡ぼして属国化させている。

 奴隷の売買も盛んで、サリサも元々はコロシアムで戦わされていた奴隷の一人である。


 悪いイメージだけでは無く、僕にとっては何かと縁の深い国だ。

 僕がこの異世界に召喚された時に降り立ったのが、他でもないミズガルズ。

 北の地に住み着いたドラゴンを倒すために、僕はこの世界へ呼び出されたそうだ。

 当然待遇は素晴らしいもので、元の世界に帰るのが一瞬馬鹿らしくなるほどの物だった。

 そして当時はまだ若かったゼフィールと、ドラゴン退治の旅は始まったのだ。


「それで、どうやって稼ぐつもりなの?」

「何でもよ、行商のや要人の護衛に…ああ久しぶりに武芸大会に出てもいいわねえ」


 懐かしいと言ってしまうと怪しまれるので黙っておこう。

 ミズガルズでは季節ごとに、その実力を競う大会が催されている。

 血の気の多い話だが、戦いに明け暮れていたミズガルズならではだ。

 有力者たちがお抱えの傭兵を出場させたり、名を上げたい武芸者が参加したりする。

 僕とサリサが出会ったのは仲間の中で最後だが、当時サリサは闘奴枠として参加していた。

 あの時の結果は僕が優勝で、サリサは準優勝。

 たしかエルシアが三位で、ゼフィールは予選落ちだったような。


 当面の旅の資金を稼ぐために、僕とサリサは西へ…ミズガルズへ向かう事になった。

 聞けばそこで、僕の装備も揃えたいのだとか。

 ただしその資金は自分で稼げと、しっかりと釘を刺されてしまった。

 サリサが受けた依頼に同行するか、もしくは自分の力で稼ぐか。

 借金は可能だが、ちゃんと返すようにとの事だ。

 そこらへん、サリサは相変わらずシビアなんだなあ。

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