副隊長の憂鬱
「__以上が現在判明している事柄です。これで私の報告を終了いたします」
豪華な調度品が並ぶ部屋の中で、静かに口を閉じたのはフォルモントであった。
フォルモントが行った報告は、この時期に異例の”鬼”の行動と、リュミエールのことだった。
フォルモントの報告を受けたヴォルム皇国の重鎮達は、あまりにも衝撃的な報告に、開けた口を閉じることが出来ない。
口を閉じていたのは、フォルモントとあらかじめ報告を受けていたリュシオル、そして歴代の宰相の中でも最年少且つ切れ者として有名な、グーフォ=ラー=セトリトリアだ。グーフォは無表情で腕を組み、部屋全体の様子を伺っている。
グーフォの様子を、フォルモントはこっそりと盗み見ていて冷や汗をかいていた。
(これで嘘の報告をしていたってバレたら、俺の首が飛ぶだけじゃ済まないぜ。リュシオル…)
フォルモントは、会議に来る前に上司であるリュシオルと元帥のエテとの会話を思い出していた。
仮眠室からリュシオルの執務室に来た時に、元帥であるエテ=ヴェーチ=マルディーラが共にいた。
リュシオルとエテは、どうやらリュミエールの事について、報告するべきかしないか話し合っていたようだ。フォルモントの詳しい報告を聞いたリュシオルは、何か悪戯を考えついた子供のような笑みを浮かべた。フォルモントは、経験上この笑みが自分にとって良いものではないと理解している。
フォルモントは、早々に立ち去ろうとする。
『じゃあ、俺はこれで…』
『まぁ、待て。お茶の一杯でも』
『離せリュシオル!俺はお前の酔狂に付き合って大切な職場を失いたくない!』
リュシオルに強く肩を掴まれ、逃げようにも逃げられない。
『マルディーラ元帥閣下!このクソ上司をお止め下さい!』
フォルモントは、この場で唯一リュシオルを止めることが出来るエテに助けを求めた。
エテは、静かにフォルモントへと近づいてくる。エテが助けてくれると思ったフォルモントは、小さく安堵のため息をついた。
エテはにっこりと笑い、フォルモントの肩にポンと手を置いた。
『やれ』
エテの笑顔は、フォルモントに有無を言わせない雰囲気を醸し出していた。
しかし、往生際の悪いフォルモントは尚抵抗を続けた。
『俺に嘘の報告をしろってか⁈』
『嘘じゃない。現在の段階で判明していないことを言わないだけだ』
『判明していないって…。あの小娘がドルトゥーイの姫さんだってことはわかってるぜ』
『だから、あくまで姫君はドルトゥーイの少女。姫君とはまだ判明していないと報告すればいい』
しかし、リュミエールの瞳を見ればドルトゥーイの王族であるとは一目瞭然だ。人との接触を避けたとしても、長く隠し通せるものではない。
『ちょっとだけ時間稼ぎだ。陛下には儂が内密に報告する』
それ程までにエテに言われると、やらざる負えない。
『しかし、宰相殿には報告しないのですか?』
『いくら愛弟子と言えども、国際関係に関することはまだまだひよっこよ。余計なことを口だして面倒臭いことに発展させとうない』
エテの言い分には確かに説得性がある。しかし、グーフォからしてみたら厄介な話だ。
『奴も儂がこういう性格なのは知っておる。詳しいことを言わんでも、あいつはわかるじゃろ』
それは、グーフォをよく理解してるからこその言葉だ。だからこそ、エテはグーフォに真実を話さないのかもしれない。
『…仕方ない。ここまで聞いたら皆共犯者だ。乗ってやる』
フォルモントは、諦め半分呆れ半分で答えた。
(さて、宰相殿はどう動く?)
ヴォルム皇国一秀才と名高いグーフォ=ラー=セトリトリア。
幼い頃から周囲に才覚を示し、10歳の時にヴォルム皇国の公官学校を卒業。それから8年間ドルトゥーイ国に国際留学し、帰国後には伯父である元帥直々に教えを受けた。そして、6年前の23歳の時に宰相へと就任した。学問で名高いドルトゥーイ国の者も、グーフォの才能を認めている。その証拠に、グーフォが留学した国立学問校では在学中全てにおいて一番で、ドルトゥーイ国へ滞在した最後の年には、ドルトゥーイ国で一番の才人と王自らが称した。
そんな男に最初から勝てるなどと、フォルモントは思っていない。
グーフォに勝つためには、勝率を気にしてはいけない。如何にグーフォを納得させてエテとリュシオルの望む結果にするか。
フォルモントは頭の中で自分の望む結果になるか必死に組み立てた。
「クランノート殿。其方、嘘の報告などしてはいないだろうな?」
(来やがった…!)
フォルモントの予測通り、グーフォはフォルモントへ問い掛けた。若干眉を寄せている。どうやら、この男から簡単に逃れることは出来ないようだ。
グーフォの問いに周りの人々は騒ぎ立て始める。
「嘘だと…?」
「まさか、我々を謀りおったのか?」
「なんと…!」
今まで”鬼”に対して抱いていた恐怖や憎しみ。その全てがフォルモントへと突き刺さってくる。一身に敵意を受けながらも、フォルモントは心を動かさなかった。浴びせられる罵声の中から、解決することの出来る何かが見出せそうな気がしたからだ。
「セトリトリア殿。クランノート殿が言った何処が嘘なのかね?」
エテの隣に座っていた将軍はグーフォへ問いかけた。その言葉の端々からは、周りの人々から感じるような敵意は一切ない。ヴォルム皇国へ純粋に忠誠を誓うこの男の声を聞いた時、フォルモントはとうとう打開策を見つけた。
「フォルモント殿。貴殿は保護した少女はドルトゥーイ国の者だと言ったな?…しかし、我の聞いた話はドルトゥーイ国の『姫君』と伺った。真相は如何に?」
フォルモントは目を閉じて、ゆっくりと息を吸い、そして深く吐いた。
再び目を開けた時、フォルモントの目には強い意志が宿っていた。
(一世一代の賭けだ!)
「恐れながら申し上げます」
フォルモントの澄んだ声が広間に響き渡った。
ある者は恐れに満ちた目で、またある者はフォルモントの様子を伺うような様子でフォルモントの次の言葉を待った。
「確かにあの少女はドルトゥーイ国の姫君、の可能性がございます」
「可能性?断定ではなく?」
グーフォは反復するように尋ねた。その尋ね方は、フォルモントの発言で不可解なところがあったら、すぐに言及しそうな雰囲気だった。
「はい。…ドルトゥーイ国の使いがシュルフトに来たことはご存知ですか?」
「もちろんだとも。『光姫』と崇められている、第三王位継承者のリュミエール=ドルトゥーイ王女が行方知らずとなった件だろう」
「シュルフトで聞いた件を思い出し、もしやと思いました。しかし、保護した少女は未だ目を覚ます気配はなく、確証を得られないためにこのような報告をした次第です」
フォルモントは話をしている間、一瞬もグーフォから目を逸らさず答えた。
「…」
グーフォは答えることなくただフォルモントを見つめている。
しばらくの間、静寂がその場を支配した。将軍を始め、一同はグーフォとフォルモントの成り行きを黙って見守っている。
「なるほど。なら、其方のことを信じよう」
グーフォのその言葉を聞いた瞬間、フォルモントは周囲に聞こえぬように小さく息を吐いた。
「騙しましたね、伯父上」
「はて?なんのことやら」
「とぼけるのはおよしください。クランノート殿のことです」
会議終了後、グーフォはエテの部屋を訪れた。
エテは机の上で腕を組み、ニヤニヤとグーフォを見ていた。
「伯父上がおっしゃったではありませんか。クランノート殿が我等に隠し事をしている、と。しかし、実際はどうです。クランノート殿は隠していることなどありませんでした」
グーフォは思い出す。フォルモントのあの眼差しを。あの眼差しからは真実以外のものを見出すことが出来なかった。
「ということは、大方私とクランノート殿__いえ、フォルモントを試していたのでしょう?」
「…感が鋭すぎると嫌われるぞ」
エテは溜息を軽くついた。
それを見たグーフォは眉を顰めた。
「何故、と問うてもよろしいでしょうか?」
「問うてもよろしいでしょうか?じゃなくて、お前の場合は聞かせろってことだろう?」
「おや、私はそこまで言っていませんが。…ともかく、どのようなおつもりでそのようなことをしたのか教えてください。伯父上」
グーフォは問い詰めるようにエテに言った。
「やがてお前やフォルモントが先頭に立って国を引っ張る時がやってくる。それが、少し早まりそうだったからな」
「…?」
エテの意味深な言葉にグーフォはますます眉をひそめた。
再び問い詰めたグーフォだったが、エテはそれ以上のことを言わず黙ったままだった。
「騙したな、リュシオル」
「おっ!ばれたか」
《西の塔》に戻ってきたフォルモントは、隣に歩くリュシオルへ問い詰めた。すると、リュシオルはあっさりと認めカラカラと笑い出す。
ここで潔く言われてしまうと、怒る気持ちも失せるものだ。
「ったく、元帥閣下も巻き込んで大事にしやがって…」
「まぁ、怒るな。それと、発案したのは元帥のじいさんだ」
「元帥閣下が?」
「おう。__だから、俺はあの人が何考えてるのか知らねぇ」
いつもフォルモントを巻き込み、面倒事を起こすリュシオルだが今回は全く違ったようだ。
リュシオルの表情は少しばかり固い。
「元帥閣下が、ねぇ…」
フォルモントは顎に手を添えながら考えた。エテが何を企んでいるのかを。
「そういえばフォルモント」
しかしフォルモントの疑問はリュシオルの突然の言葉に遮られた。
リュシオルを見るとニヤニヤと何かを含んだような笑みを浮かべていた。
「…あんだよ」
フォルモントはリュシオルから一歩身を引いた。確か、この笑顔は少し前に見た気がする。
「お前さ、あの時言ってたろ。『大切な職場を失いたくない』って」
「まぁ…。それがなんだよ」
フォルモントは訝しげにリュシオルへ問いかけた。リュシオルはフォルモントの耳元で小さく呟いた。
「それってフィアがいるからだろ?」
フォルモントは微かに肩を震わせた。しばらく黙ったままでいると、リュシオルがフォルモントの顔を覗き込もうとした。
フォルモントはすぐに顔を逸らし、リュシオルからはどのような表情をしているのかわからなくなってしまった。が、フォルモントの耳はまるで熟れた無花果のように真っ赤だった。
「え、お前。まさか図星なんじゃ」「アンタにかまってる暇なんてない。さっさと執務室戻って仕事しろクソ上司」
リュシオルが冗談で言った言葉はどうやら図星だったようだ。その理由に、口が突然悪くなった。フォルモントは図星になると、これでもかというくらい口が悪くなる。
「へぇー。まぁ、フィアは競争率高そうだから気をつけろよ」
「いっぺんアンタの頭かち割ってやろうか?」
「そんなこと言うなって!」
フォルモントは心の中で小さくため息をついた。
それと同時に、リュシオルに何を言ってもからかわれる対象となるということに気がつき、再びため息をついた。