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鬼人とカミサマ  作者:
8/11

正体と疑念

リュミエール=ドルトゥーイ。

ドルトゥーイ国の王女が、何故ここに?それに"鬼"に追われていた理由がわからない。


「やはり…」


フォルモントの小さなつぶやきをフィアは聞き逃さなかった。


「副隊長、それは一体どういう意味で?」


フィアは、疑念と非難を混ぜた声で、フォルモントに問うた。

フォルモントは『やはり』と言った。それは、少女の正体を勘付いていたことから出た発言だ。普段、必要以上に仕事の機密情報を漏らすことのないフォルモントからすると、かなりの失言であったに違いない。

今のフォルモントの表情は、苦虫を数十匹潰したような顏をしたからだ。


「…リュシオルからの連絡が来た時、俺はドルトゥーイとヴォルムの国境にいた」


暫く無言だったフォルモントだったが、仕方なしにフィアへ話した。


「国境と言うと…シュルフトの街ですね」


フィアの言葉にフォルモントは軽く頷いた。フォルモントは椅子から立ち上がり、少女の所へ歩み寄って来た。

少女は、フィアとフォルモントをただじっと見つめている。その眼は、信頼に値するものか定めているような眼だった。

フォルモントはその眼を見ながら話し続ける。


「シュルフトの軍部に知り合いが居たもんだから、そいつと少し共にいたのさ。その時、使者が来た」


「使者?」


一体誰からの使者だったのだろうか?

先ず、国王が出した勅使ではないだろう。勅使が出る時は、皇族の慶弔の時のみだ。秘密裏に出される密勅ならば考えられるが、その場合は一軍人であるフォルモントには知らされないはずだ。

と、すると__


「《七宮》からですか?」


七宮とは、古代ヴォルム皇国から存在している国王直属の家臣達のことだ。

宰相、御典医、将軍、将校、大隊長二名、そしてそれ等を纏める元帥から成り立っている。

その《七宮》が出した使者なら納得が行く。だが内容は?

それにシュルフトの軍部に使者が来たのなら、ルーシャンの手前にある軍部に連絡が来ていてもおかしくはない。ルーシャンに行く度に世話になっている軍部に顔を出したが、何もいわれなかった。

フィアは自分の眉間に、皺が寄るのを感じる。ますます疑問は深まった


「《七宮》じゃない。

__使者はドルトゥーイの者だった」


「!」


フィアは驚きで息を飲んだ。

フィアだけでない。リュミエールも眼を見開き、気まずそうに小さな手をギュッと握り締めた。


「内容までは知らん。が、使者は『光姫』とつぶやいてた」


フォルモントは鋭い眼でリュミエールを睨みつける。その眼はとても鋭く、フィアでさえ射すくめられる。リュミエールは恐怖に陥っているに違いない。

フィアは少しでも、恐怖を和らげるために手を優しく握った。


「では、副隊長はこの子が光姫様だと、初めからわかっていたのですか?」


「んなわけない。今、落ち着いて考えたら、その話が一番しっくりきたんだよ」


フォルモントは鋭い言葉と眼で、少女を見下ろすように立った。

流石に少女が震えていて、見ていられなくなったので、助け舟をだそうとする。


「お前は何も言うなよ。これは上官命令だ」


しかし、フォルモントから先に、口止めを食らってしまった。上官命令となるとフィアは口を出せない。

フィアは喉まで出かかった言葉を、苦々しく飲み込んだ。


「お前が誰であろうと構わない。が、あの森に入った理由は?」


フォルモントの言葉は、リュミエールに対する疑問だけでなく、非難も混じっていた。

答えないリュミエールに、フォルモントは眉を寄せた。眉間の皺はますます深くなって行く。


「…今はまだ言えないのなら、後で言え。__間違っても死のうとしたなんて言うなよ」


フォルモントはそう言うと、フィアとリュミエールに背を向ける。フィアは慌てて声をかける。


「副隊長!どちらへ?」


「リュシオルに報告だ。__それと医者の催促にな」


フィアが再び声をかける間もなく、フォルモントは外へと出ていった。

部屋に残されたフィアとリュミエールは、茫然とフォルモントが出て行ったドアを見ている。フォルモントが作り出した微妙な雰囲気に支配され、お互い一言も声を発することが出来ない。

フィアは心の中でどう接するべきか思案していると、リュミエールが小さく呟いた。


「なんだあいつ…」


(そりゃあ、目覚めてすぐにあんな風に言われたら怒るよねぇ)

怒気を孕ませた声に内心に同意しながらも、フィアはフォルモントとは別に穏やかに話しかけた。


「姫君。先ほどの無礼をお許しください」


フィアが頭を下げると、リュミエールは戸惑いながら見下ろした。

その反応は、自分より年上の者に頭を下げさせることになれていないように見えた。大国の姫にしては珍しい反応だ。

大抵王族の者は、昔から王族に相応しい教養を身につけさせられる。その中には、自分より身分の低い者との接し方も学ぶはずだ。ましてや「学問の都」と呼ばれるドルトゥーイでは王族としての自尊心が高い。風の噂では臣下に対する酷い行いをする時もあるというと聞いた。

(姫君ともあろうこの子に充分な教育が施されていない…?)


「あの者は…?」


「あの者は、皇国軍第八中隊副隊長・フォルモント=エルンズ=クランノートです」


「あれが、『月の狩人』…」


フィアは、フォルモントの異名を知っていたリュミエールに内心驚いた。一国の姫君が知っているのだから、おそらく近隣諸国でもかなり有名なのだろう。流石何でも出来る上司だ。


「無理をせず横になられてください。まだ目覚めたばかりで、気持ちに整理がついていないでしょう?」


フィアはリュミエールに休むように促す。が、リュミエールは首を横に振り休もうとしない。


「何故か伺ってもよろしいでしょうか?」


「__一人は、いや…」


リュミエールは弱々しくフィアの軍服の袖を掴んだ。

その腕は、とても一国の姫君の腕の太さとは思えなかった。森から助け出した時も思ったが、リュミエールは同年代の少女と比べるととても軽い。姫君なら論外だ。

それほどまでに病的に痩せていた。

そして、その姿はいつかの光景に似ていた。




__おいていかないで‼




フィアはハッ、と気づかされたようにリュミエールの眼を見た。

翡翠色の眼は、不安と恐怖とそして孤独が彩られていた。とても、幼い少女がする眼ではない。

フィアは気付くと、衝動的にリュミエールを抱き締めた。リュミエールは咄嗟のことで体を硬くしたが、フィアが優しく背を撫でると少しずつ力が抜けていく。


「リュミエール様。そんな顔をしていると折角の可愛らしい御顔が曇ってしまいますよ」


フィアはリュミエールから少し離れ、頬に右手を添える。

頬は相変わらず熱かったからまだ熱が高いのかもしれない。冷たいフィアの手は、今のリュミエールにとって丁度気持ちのいい冷たさなのだろう。


「私が傍にいる。リュミエール様が望むのなら、貴方が再び眼を覚ますまででも。だから__安心して眠りなさい」


フィアの言動は、とても一国の姫君に対するものではない。

誰もいないから出来ることだが、本来なら打ち首騒ぎの行動だ。しかし、人がいたとしてもフィアは同じ事をしただろう。

少しでもリュミエールから孤独を消し去るために…。

それが伝わったのか、はたまた疲れが出たのかリュミエールはゆっくりと眼を閉じ、フィアの胸に顔をうずめた。少し時間が経つと微かに寝息が聞こえてくる。

フィアはリュミエールをベットに横たえさせた。

顔色は目覚める前より悪くない。しかし、まだ治りきったという訳ではない。

(まだまだ油断したらいけないね)

リュミエールの柔らかい髪を撫でながら、フィアは窓の外を見た。


窓の外は、赤く彩られていて長い一日の終わりを告げていた。

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