フォルモントの指示
三つの影はひたすら森の中を走っていた。その速さは普通ではなく、一瞬のうちにして走り去って行く。その影の正体はフィアとユース、そしてフォルモントであった。
フィアは中央、フォルモントは左側、ユースは右側の横一直線の隊形だ。フォルモントは左をユースは右を注意深く探りながら森の出口へと進む。フィアは外套に包まれた少女を横抱きにしていた。
『副隊長、何故こちらに…?』
『詳しいことは後だ。一先ずこの森から出るぞ。ここは血の臭いが濃すぎる』
『!…わかりました』
フィアはフォルモントの言いたいことを即座に理解した。
"鬼"は五感が鋭い。その鋭さは犬とは比べ物にならないくらいだ。同胞の血となると尚更となる。
今の状況で倒れ伏している"鬼"は2人。血の匂いが濃すぎていた。
フィアは自分の外套を外し、少女を外套で包もうとしたが手を止めた。
『あ…』
しかし、フィアの外套には"鬼"の血がべったりと付着していた。血だらけの外套を自分が使用するのなら構わないが、幼い少女に使用するのは些か気が引けた。
そんな姿を見兼ねて、フォルモントは自分の外套を外しフィアへ差し出した。
『これを使え。俺のなら、血があまり付いていないからな』
その外套を受け取るのに一瞬だけ躊躇したが、少女のことをかんがえて素直に受け取る。
『ありがとうございます、副隊長』
フォルモントの外套に包まれている少女は可愛らしい顔立ちをしていたが、怪我をしているためか表情は硬い。もしかしたら熱がでているのかもしれない。
(早く手当てしてやらないと…)
「フィア、止まれ!」
「!」
突然フォルモントが叫ぶのでフィアは咄嗟に止まった。ユースもフィアと同じ様に止まる。
何事かと思いフォルモントをみると、その目はとても鋭くなっていた。
(まさか…)
フィアは自分の予想が当たっていることに半分気づいている。そして、それがあまりよくないことも。
「ユース、この子と一緒に先に森を出なさい」
「しかし補佐を置いて行くことなど…」
「ユース」
フィアは怒鳴る訳でもなく、穏やかに語りかける。
観念したのか、ユースは少女を抱きかかえた。
「補佐、御武運を」
「ありがとう」
ユースは今迄以上に早い速度ではしっていく。その後姿を少しの間見つめていたが、フォルモントの方へと向く。
「3人…ですかね」
「いや、少し離れた所に2人いるな」
フォルモントが感じたのは"鬼"の気配。きっとフィア達を追ってきたのだろう。しかし、見つかるのはもう少し遅いと思っていた。
「長く留まりすぎてしまったからでしょうか?」
「いや、もしかしたら…」
「副隊長?」
フォルモントの言葉はそれ以上続かなかった。フィアは不信に思ったが、気持ちをきりかえた。
「私が3人引き受けましょう」
フィアは再び剣を抜いた。そして、そのうちの一振りをフォルモントに渡す。
「武器、お持ちでないでしょう。使って下さい」
「ああ。…チッ、持ってくるべきだったな」
フォルモントはフィアの剣を受け取ると、何度か振った。
フィアの剣は通常の剣より随分と軽い。
フィアは素早く、そして確実に相手を仕留める戦い方を得意としていた。それは、女の身では男のように力任せで戦うことが容易ではないことと、フィアの身軽さが関係してくる。
力任せで戦う第八中隊の仲間とは少し違う戦い方だ。勿論、全ての仲間がそう戦う訳ではないが、それでも特徴的だった。
「相変わらず軽い剣を使うな、お前は」
「二刀流で従来の剣を使えませんからこれでいいんですよ」
フィアが半分投げやりの体で言う。フォルモントは若干不機嫌そうな表情をしたが、フィアはそれを無視した。
「フィア」
フォルモントの声は、有無を言わせない声だった。フォルモントは尚、言葉を言い募らせる。
「"鬼"に情を移してはいけない。俺達の存在意義を思い出せ。
何故第八中隊が発足したか、何故俺達が武器を持つか___それを胸に刻んでおけ」
「……わかりました」
消え入る様な声で答えれば、フォルモントは口を閉ざした。そして、何も言わずに剣を持ち直して"鬼"達へと走って行く。
(そんなこと……そんなこと私が1番わかってる)
噛みしめる様に心の中で呟くと、フィアも"鬼"達の方へと走って行った。
"鬼"と人間を同じ存在にしてはいけない。そんなことくらいヴォルムの子供でさえわかってる。
それなのに。
私にはそれが出来ないんだ。
ねぇ、カミサマ。
どうして私だけなの?
どうして"鬼"に情が移ってしまうの?