吹雪く中に
木々が生い茂る森の中は、まるで夜のように暗い。幸いにも地面の雪は外よりも少なく、走っていて足を捉えられる心配はなさそうだ。
しかし、慎重になりながら進まないと、いつ"鬼"が出てくるかわからない。フィアは右側を、ユースは左側を特に警戒しながら森の中を詮索していた。
フィアは走りながら、腰に帯びている2本の剣の柄に触れた。
(この状況で私とユースだけで"鬼"を相手に出来るだろうか…)
フィアが、今この状況で危惧していたのはそのことだった。いくら第八中隊の中で実力派の2人でも、実力の過信は死を招く要因となってしまう。勢いで突っ走ってきてしまったが、別に待機させていた部下を連れてくるべきだったろうか。
「補佐」
「っ!…ごめん、もう一度言ってもらってもいい?」
何度もユースに声を掛けられていたみたいだが、全く気付かなかった。考え事のしすぎで周りの声が聞こえなくなるなど、新人以上に使えない。
(あぁ…こんな失態を副隊長に見られたら、どんな小言を言われるのだろう)
考えただけでも鳥肌が立つ。フィアは、頭の中の雑念を取り払いながらユースの言葉を聞いた。
「待機させていた部下はこちらに向かうように手配してありますよ」
「へっ?」
予想外の言葉に、フィアは力の抜けるようなみっともない声を上げてしまった。まるで心の中を読まれたようだったので、思わず変な声を出してしまったのだ。ユースは言葉を続ける。
「こんなことがあると思って、あいつ等に待機命令をだした時俺と補佐の姿が見えなくなったら森へはいるように指示しておいたので」
「ははっ、上司よりかよっぽど部下のほうが使えるね。ありがとう、ユース。…ごめんなさい、勝手な行動してしまって」
フィアは自分の行動を恥じた。本来ならフィアが行うべき行動であるのにユースに行わせてしまったことに。それに、何一つ説明をしていない。しかし、ユースはあまり気にしていないのか、
「いえ、貴方直属の部下ですから」
その一言で片付けてユースはふっ、と笑った。
そしてユースは前方に気配を感じたのか東洋の剣と言われる刀を抜刀した。フィアもユースにならって2振りの剣を抜く。
次第に2人の走る速度は自然と落ちていき、何と無く気配がする場所の近くに来ると完全に止まった。
お互い黙って気配を探ると、周囲でも一際目立つ樹の下に何かがいる。フィアはユースの肩を叩き、自分が行く、と合図した。ユースはこくりと頷き、その場に留まる。
気配を悟られぬように足を運びながらフィアは考えていた。
(この先にいるのは"鬼"か、それとも…)
これといった確証は何一つないのだが、この先にいるのはどうも"鬼"とは違う気がした。
そしてそれは、歩を進めて行くう
ちに、フィアの疑問は確信へと変わる。
辿り着いたフィアが見たものは、樹の下で荒い呼吸をしながら目を閉じている少女だった。
「ユース、ちょっと!」
「補佐、なんですか?声を出すと森にはいったことが感づかれますよ」
ユースは小言を言いながらもフィ
アの近くへと走ってきた。しかし、少女を見ると足を止めて顔色を変える。
「この子は、一体…?」
ユースのつぶやきにフィアは言葉を返すことができなかった。フィアは少女の近くに膝立ちになる。
迷いの森には、数多くの"鬼"が存在している。こんな子供が森の中にいたら、すぐに襲われてしまうのに。
その言葉を、フィアは口にしなかった。今、この場では口に出してはいけないような気がしてしまったのだ。
「とりあえずこの子を保護するにしろ、しないにしろ、森から出ないと何も出来ないわ」
幸い少女に大きな怪我はなく、腕や頬に軽い擦り傷程度だった。足をみると泥だらけでよくわからないが、もしかしたら足を痛めているかもしれない。
「そうですね…私が運びましょうか?」
「じゃあおねがいしても…ユース伏せなさい‼」
フィアの突然の鋭い声に、ユースはほぼ条件反射でその場にかがんだ。ユースがかがむと、フィアは腰に帯びている剣の一振りを今迄ユースのいたところへと投げた。
ユースの後ろにいたのは、狂気的な笑みを浮かべていた"鬼"だった。
「っ…!貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
フィアが投げた剣は、"鬼"の脇腹をかすった。"鬼"がフィアを見て叫ぶが、ユースが瞬時に刀を抜刀し、"鬼"の心臓に一突きした。その手つきは鮮やかなもので、的確にそして素早かった。
"鬼"は恨みのこもったような表情でフィアとユースを睨みつける。
「…っあが、け、よ…精々、なにも、出来、ない…腐っ、た…人間ど…も…が‼」
"鬼"はそういうと後ろに倒れこむ。その拍子にユースは刀を"鬼"の身体から抜き、刀についた血を一振りして拭い去った。
ユースのその行動はフィアにとって、とてもゆっくりに見えいた。
"鬼"を見るととても苦しそうな表情で倒れている。
フィアはなんとも言えない顔で"鬼"に目をむけた。ユースはそれに気づいたが、何も言わずに目を逸らした時だった。
「覚悟‼」
「「⁈」」
完全に油断をしていて、もう一人いたことに気がつかなかった。フィアと少女を纏めて斬ろうとしている。
突然のことにフィアは勿論のこと刀を持っていたユースでさえ動けなかった。フィアは自分を盾にして少女を抱え込む。
「フィア!」
ユースが叫ぶのが聞こえた。フィアは、これからくるであろう痛みに備えてギュッ、と目を閉じた。
ザシュッ
肉の立つ音が耳に届いた。
それと同時に殺られたとも思った。しかし、予想していた痛みはフィアに襲いかかってこない。
(死ぬ時って痛みを感じないのかな?)
そんなとき、視界の端に血が飛び散った。その血は、人より色の濃い"鬼"の血だった。
ハッ、と気づいて後ろをゆっくりと見ると、"鬼"が苦悶の表情をしてその場に倒れ落ちる。
"鬼"のいた場所には1人の青年がいた。その青年は不機嫌極まりない顔でフィアを見ている。
ユースよりも長身で、濃紺色の髪とフィアよりも深い紫紺の瞳はまるで夜に咲く花のように見えた。
そして、フィアその人物を知っている。
「フォ、フォルモントさん…」
やっとの思いで絞り出した声は僅かながら震えていた。
「この馬鹿者が。戦場での迷いは即座に死に通じることを忘れたのか」
突き放すような言い方だが、 久しぶりに聞いたためか、フィアはそれを懐かしく感じた。棘はあるが、本当のことを言っているので否定は出来ない。
彼の名前はフォルモント=エルンズ=クランノート。彼は第八中隊副隊長で隊内でも屈指の実力者。そしてフィア直属の尊敬する上司である。
「早く立て、この馬鹿者」
口が悪くなければ最高の上司なのだが。
やっと主要キャラを出すことが出来た…