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鬼人とカミサマ  作者:
3/11

複雑な



「はぁ…」

ゆっくりと息を吐くと、その息は真っ白に変わり、空へと昇っていった。先程まで穏やかだった雪は、天気の気まぐれのせいか暴風雪へと変わっていた。


「補佐、まだ動かないのですか?」


フィアを補佐と呼んだ彼はユーストラム=レイン=アラビン__仲間達からは"ユース"と呼ばれているフィアよりも年上の部下だ。

後ろに撫でつけたアッシュグレイの髪と、暗い所でも爛々と輝く金色の瞳は、まるで捕食者である狼を思わせる。

口もあまり良いほうではないので、初対面や子供などには毎度の如く恐れられている。そのため、本人はあまり好ましく思っていない。


「ええ。まだ動けないわ」


フィアは高台から、見下ろすように森を見つめた。

風で視界が閉ざされているため、下手に動くと見知っている場所でも迷う可能性がある。そこが、ヴォルム皇国では有名な迷いの森なら尚更だ。


「あと少しだけ待ちましょう。それでこの雪が止まなかったら、今日は引き返すしかない」


フィアの言葉にユースはもどかしそうに森を睨みつける。

(お願いだから止んでちょうだい)

内心、天候を操る神に祈りを捧げながら、フィアは先程のリュシオルとの会話を思い出す。





「"鬼"が…出たんですか?

この時期に?」


フィアは動揺を隠せずにリュシオルに問いかけた。

それもその筈、この時期の活動は前列がない。"鬼"の生態は不明だが、冬__特に雪が降り続く間、"鬼"はまったくと言っていいほど活動したことがなかった。

そのため第八中隊の冬は、執務かせいぜい見廻り程度だったのだ。

それが今になって何故…?


「そこでお前とフォルモントを呼び戻したんだよ。前代未聞のことだからな」


「上層部は何と言っていますか?」


フィアは、書類をリュシオルに返しながら尋ねた。


「上は"鬼"に関して逃げ腰だ。今回は俺達しか動けないだろう」


リュシオルは書類を受け取りながら答える。その表情は、まるで苦虫を噛み潰した様だった。

元々、上層部と第八中隊(主に隊長と副隊長だが)は折り合いが悪い。そのせいもあるのだろう。

フィアはあえてそこには触れずにリュシオルへ問いかけた。


「"鬼"の発見当時のことを詳しく教えてください」


リュシオルは別の書類を引き出しから取り出した。

それは一枚のみの書類だったが、両面にびっしりと細かい文字で

発見当時の詳細が書かれていた。

リュシオルは事細かく説明を始めた。


「最初に気付いたのは迷いの森の近くに住む農夫だそうだ。

毎日家の周りを散歩するらしいんだが、その時幾つもの足跡を見つけたらしい」


「それが"鬼"の仕業と言える証拠は?」


決して農夫の証言を疑っているわけではない。フィアはまだこの時期に"鬼"が出たという事実が実感しきれていないのだ。

しかし、リュシオルはフィアに追い打ちをかけるように言う。


「農夫が足跡を見つけて家に戻ると馬や豚の家畜が全て殺されていたんだ。しかも、その方法は残忍で人とは思えない仕業だった」


「ご自分の目で確かめられたんですか?」


「…あれはいつもより惨殺な現場だった。本当に"鬼"が行ったことか疑いたくなるくらい」


その時の惨状を思い出したのか、リュシオルは眉を顰めた。場慣れしているリュシオルでさえ、こうなるのだから余程の惨状だったのだろう。


「そこでお前に少人数でいいから森へ行ってもらいたい。現場把握のためにも、な」


「わかりました。連れて行く人はこちらで調整します。

隊長はこれからどうなさるおつもりですか?」


「俺が行ってもいいんだが、少し引っかかることがあってな…」


リュシオルは席を立つと近くのハンガーに乱暴にかけてあった外套を羽織った。それはリュシオルだけてなく、第八中隊の全員が身につけていりものだ。


「これから元帥のジイさんの所に行ってくらぁ。何かあったら早馬で知らせてくれ」


「了解しました」


「あぁ、それと…」


フィアが部屋から出ようとすると、リュシオルは引き止めた。訝しげに彼を見るとやけに真剣な眼差しで言った。


「"鬼"が出たら容赦無く、斬れ」












再び空を見上げると暴風雪は収まりつつあった。先程まで見ることのできなかった青空が雲の合間から顔を出す。

今なら、森に入っても迷いはしないはずだ。そろそろ頃合いだろう。しかし、その時だった。


__…け……


頭の中で何かが聞こえた。それはフィアよりも高い綺麗な声。そして、今まで聞いたことのない声だった。


__…た……け……!


その声は何度も何度も繰り返される。


「…ユース、今何か聞こえなかった?」


「いえ、特には聞こえませんでしたが」


(気のせいなのか?それとも…)

頭の中で聞こえている声は、次第に何を言っているか明確になってくる。そして、何かから逃げるように、その言葉は頭の中で繰り返される。


「っ‼ユース、行くよ!」


「えっ…ちょっ、補佐‼」


突然森へと走っていったフィアを追いかけるか否か迷ったユースだったが、急いでフィアの後を追う。







__た…す…けて…!




その声が、フィアには一体何を指すのかがわからなかったが、ただ救いたくて走った。

Twitter、始めました@taki_utukiで出てくると思います。気になる方は遊びにきてください

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