血塗れなのは
「…なんでそんな悲しそうな顔をするの?」
散々悩んだ挙句、リーフィアの口から出たのはそんな言葉だった。
フィアはなんともいえない苦笑を返し、リーフィアをみた。リーフィアは、その目に苦しみが混じっていた気がした。
「悲しくなどはありませんよ。むしろ嬉しいくらいです。この道を進むのに、普通の女神の名前だったら名をつけてくれた両親のことを思ってきっと躊躇ってしまう。しかし、私はオルバ神を守護神として祀っています。それが後押しとなっているのです。勿論、この道に進んだことを後悔したことありませんよ」
それでもフィアの目から苦しみが消えることがない。
「フィアさん。オルバ神は戦女神じゃないよ」
その言葉にフィアは目を見開いた。そんなフィアの様子に気付くことなくリーフィアは必死に言い募った。
「オルバ神が戦女神になったのは、神々から人を守るためでしょ?でも、神々から助けてもらいたいからオルバ神を生み出したんじゃない。もともとオルバ神は別の神様だったの!」
頭の中で上手く話がまとまらない。それでもリーフィアは必死にフィアへ伝えたいことがあるのだ。
「あのね、オルバ神は人を慈しむ慈愛の神様だよ。だから、きっとフィアさんのお母様はフィアさんがオルバ神のように色んな人に優しくしてほしいいからオルバ神にしたんだよ!絶対!」
感情に任せて思ったことを言い終わったリーフィアは、その直後に満足感と気まずさに襲われた。
(だって、フィアさんがオルバ神を好きかどうかわからないもんね…)
しばらくその場を沈黙が支配したが、それを破ったのはフィアだった。
「ありがとうございます。そう言って頂くととても嬉しいですよ」
泣きそうな顔だったが表情はとてもスッキリしていた。
フィアはその理由を教えてくれなかった。それはきっと話せない理由があるからだ。リーフィアにも話せないことがあるように。
そう思うと、リーフィアは心の奥底でズキっと痛んだが、リーフィアはそれに気づかないふりをした。
「ねえ、フィアさん。もっとたくさん教えて。この国のことも、色々な人のことも」
「残念だけど、それは一旦打ち切ってもらいますよ。姫君」
暗い気持ちを払拭させるように言った言葉は、フィアではない第三者の声だった。
「あなた様は…!」
フィアはその第三者を見ると同時に、床へ膝をついた。そして、右手を胸の前に置く。
「ああ、堅くならずともよい。我も堅いのは嫌いだ」
男はそう言ったが、フィアは礼を崩さなかった。むしろ、より一層深い礼をとっている。
リーフィアは、第三者である男を観察をする。
フィアは勿論のこと、フォルモントやユースより背が高い男は、見る限りとても質の良い服装をしていた。ヴォルム皇国の正装はわからないが、恐らく正装ではないだろう。正装にしてはとても簡素なものだったからだ。
そして、一番目を引くのはフィアと同じ銀色の髪と海のように美しい青い眼だ。
「初めまして、と言った方が良いのか。はたまた久しく、と言った方が良いのか…。我の名はアイディール=ヴォルム」
告げられた名に、リーフィアは体が強張った。まさか、自分の所にヴォルム王がやってくるとは!
(…アイディール=ヴォルム。ヴォルム皇国始まって以来の賢さと人望を持つヴォルム皇国の王)
そして__。
(最も血の気に溢れ、最も戦好きの王)