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鬼人とカミサマ  作者:
10/11

神の救い手

「あのー、何やってるですか?」

フィアが部屋に入るとそこは惨憺たるさまであった。布団は床に落ち、飾ってあった花瓶も倒れ水がポタポタと床に垂れている。極めつけは半分割れている窓硝子だ。

いくら空き部屋だったとはいえ、この《西の塔》は万が一敵に攻め込まれた際に籠城出来るようになっており、それなりの強度を誇る特別な硝子を使用している。

そんな特別な硝子が割れているのはフィア自身も見た事がなかった。むしろ何を投げた、何を。

そして、部屋の中央にあるベットの近くで、恐らくこの状況の元凶である少女と男が睨みあっている。

少女は、一週間前にフィア達第八中隊に保護された隣国ドルトゥーイ国の王女、リュミエール・ドルトゥーイである。

保護した当初は、血の気が失せていて回復するかとても心配していたが、今では健康と思えるほど血色がよくなっていた。そろそろお医者様に毎日診察してもらわなくても済むかもしれない。

一方、男は自分の腹心の部下であり兄のような存在であるユーストラム=レイン=アラビンであった。

ユースは顔に小さなひっかき傷が幾つもあった。恐らくリュミエールがつけたのだろう。

常におとなしく静かなリュミエールは、異常と言って良い程大人(特に男)を嫌っていた。嫌っていたというよりも、敵視しているといったほうが正しいかもしれない。そして、それと同時に女を恐れていた。

その姿は、まるで人に慣れぬ獣のように感じた。それがリュミエールが目覚めてからわかった数少ない印象である。


「それで?姫君とユースは何をなさっていたのですか?」

とりあえず二人を止めたフィアは、呆れた様子で尋ねた。しかし、優しくそして有無を言わさぬ語りかけに二人は何も言うことが出来ない。

「ユース、副隊長と隊長を呼んできて。姫君の部屋を移動させる旨を伝えて指示を仰ぐこと。わかった?」

「…了解」

他に何か言いたそうなユースだったが、フィアの指示を素直に聞いた。

「姫君、何かありましたか?」

ユースが部屋から完全に出て行ったことを確認すると、フィアは優しくリーフィアに問いかけた。

「…なんでもない」

リーフィアはフィアの胸に飛び込んでくるように顔をうずめた。フィアはその様子を柔らかい表情で見ている。

「フィアさん。一つ聞いてもいい?」

「ええ、いいですよ」

リーフィアは遠慮がちにフィアへと尋ねた。

リーフィアは決してフィアのことを呼び捨てで呼ばない。王族でありながら、階級などにとらわれず自分より年長者を敬う癖があるらしい。最初は敬語で話をしていたが、フィアが治させたのだ。一国の王女であろう彼女が下々の者に敬語で話していたら色々と問題である。

「ヴォルム皇国の人ってどれが名前でどれが家名なの?」

「あぁ、そういえばヴォルムの名前は他国では珍しいですよね」

「うん。どれがフィアさんの名前なのかなって」

あとユースの、ととても小さな声で呟いた言葉にフィアは目を見張った。大人の、しかも男嫌いのリーフィアが興味を持つなんて今までなかった。もしかしたら、ここで生活しているうちになれてきたのかもしれない。

ともかくそれは置いておいて。

「うーん…。どこから説明いたしましょうか…」

「難しいならいいよ?」

「いえ、そうではなく…」

リーフィアからせがまれ、フィアは小さくため息をついた。

「少しややこしいですよ?」

「それでも知りたい」

リーフィアの探究心は山よりも高く、海よりも深い。フィアはいつもその心に折れて、様々なことを教えてしまう。もしかしたら、そのうち国家機密を教えてくれなんて言ってくるかもしれない。

「お教えいたします」

フィアは立ち上がり、部屋の隅にある本棚の方へと向かった。

その本棚は、リーフィアが生活するようになってからつけたもので、リーフィアが読んでいる本が置いてある。

その中の一冊を取り出したフィアは、リーフィアへと手渡した。

「これは…?」

「ヴォルム皇国の人々が信仰する神々が記されている本です。ヴォルムの者の名前は神々に関係があるのですよ」

「どんな関係があるの?」

相変わらず探究心が衰えないリーフィアに苦笑しながらも、フィアは一つずつ頭の中で整理しながら話す。

「大抵は名付けた神々を自らの守護神とするため、または名付けられた神々のように育ってほしいという親の願いが形になったのですよ。それを、私達ヴォルム皇国の者は『神の救い手』と呼んでいます」

フィアはページを捲り、一番最初に描いてあった神をリーフィアへ見せた。

「例えば、このヴォルム皇国で一番名のしれている神です」

「これって…オルバ神?」

「はい」

フィアはページを捲りながら話し出す。

「このヴォルム皇国ではオルバ神は決して負けることのない戦女神として崇められています。その理由は、神代の時に人間を救うため神々達に刃を向けたのからです…ここまでは御存知ですね?」

リーフィアはコクリ、と頷いた。リーフィアの目はフィアの話をキラキラとした目で聞いている。そんなリーフィアに微笑ましくおもいながらフィアは続ける。

「しかし、ヴォルム皇国の者でオルバ神を名前の中に入れる者は殆どいません…女でありながら戦うなど考えもしないからです。オルバ神が名前に入っている者もごく僅かにいますが、それはオルバ神信仰者ぐらいでしょう」

そして、フィアは軽く自嘲的な笑みを浮かべながら悲しそうに言った。

「…それが私の、神の救い手ですよ」


遠くで、誰かが笑ったような気がした。

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