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鬼人とカミサマ  作者:
1/11

初まりの雪に

周囲をオルバ山脈に囲まれているヴォルム皇国にも冬がやってきた。冬の厳しさは、東の大国・緋煌(ひこう)帝国や西のドルトゥーイ王国などの近隣諸国と比べものにならないくらいだと有名な話だ。

その話を疑う者も少なくない。が、現にヴォルムの民達は正午を回ったばかりにも関わらず、あまり人々は外に出ていない。そのことから、やはりヴォルムの冬は厳しいことが伺える。外に出ている者など、旅人や旅人目当てに商品を売りつける商人くらいだろう。

そんな中、薄茶色の外套を纏った若者が歩いて行く。笠を被っているため顔は見えないが、足取りから急いで進んでいることはよくわかった。その証拠に、汗のせいか首元に張り付く髪の毛を鬱陶しげに払いのけていた。


「オイ!なんのつもりだ⁈」


突然聞こえてきた男の叫び声に、若者は足を止めた。声が聞こえた方向に体を向けると、いい年をした男の2人組が口論になっていた。


「うっせぇな!黙れよ、オッサン‼」


「んだとコラぁ!年上に文句つけるのか青二才‼」


どうやら、年配の男と青年が口喧嘩となっているようだ。男達の周りを見ると、少し離れたところに何本もの酒瓶が転がっている。

ヴォルムの民達は、あまりにも寒いため冬に出来る仕事は少なく、大抵の者達が酒場で飲むか家にいるかで冬を越している。恐らく昼間から酒場で飲んでいて、ふとした時に諍いが生じ、喧嘩までもつれ込んだのだろう。

(面倒なことになりそうだ)

男達は、今にも殴り合いが始まりそうな勢いで、互いで睨み合っている。

周囲の人々は、男達の喧嘩を冷めた目で見ている者、怯えている者と様々だったが、喧嘩をしている当人達に野次を飛ばしている者の方が多かった。


「やれやれ!もっとやれ!」


「そうだ!一発殴ってやれよ!」


と、明らかに男達を挑発している。

このまま続けば、例え小さな喧嘩でも段々と大きくなり当事者のみならず周囲にも被害を与えかねない。傍観を決め込み先に進もうとしたが、そこまで考えが行き着いてしまうと進むことを躊躇った。

(仕方がない、か…)

そう思った時には既に体は男達の方に進んでいた。野次を飛ばしていた者は突然割り込んできた若者を不審に思い、喧嘩の当事者達は怒りの矛先を若者に変えた。


「「オイ!一体何のつもりだ‼」」


(仲がよろしいようで…)

内心そう思いながら若者は男2人に、なるべく刺激しないように言った。


「ここら辺にしてはどうでしょうか?これ以上騒ぎを大きくすれば、憲兵達がやってきてタダでは済まないと思いますよ。」


男2人の間に入り年配の男を正面にして言うと、年配の男は何かに気づいたように呟いた。


「アンタ、まさか…」


「ガキが邪魔するんじゃねぇ!」


しかし、年配の男の言葉は、青年の叫び声により遮られた。青年の手によって、若者の体の向きは反対側へ変えられる。


「だいたい、俺は皇国軍第4中隊の中隊長だぞ!平民如きが逆らってもいいのかよ!」


その言葉に周囲は騒然となった。皇国軍と言えば、ヴォルムを守護する屈強な兵士達の集まりだ。その中で中隊長ということは、それなりの実力と地位を持ち合わせている。下手に手を出せば、反逆罪で罪に問われるかもしれない。


「…そう。」


身動きが取れない中、最初に動いたのは若者だった。そして次の瞬間、青年の右腕を掴み背負い、そして投げた。青年は、思いっきり地面へと叩きつけられる。あまりにも突然でそして素早く決まったため、青年のみならず周囲も驚き、感嘆の声を上げた。


「ってーな!何しやがる!」


「それっぽっちか?やれやれ、どうやら口だけのお調子者が騒いでいただけだったのか。」


その言葉に反応した青年は、体を起こし反撃しようとしたが、若者の笑みを見て動きを止めた。否、止めたというより身体が止まったのだ。

若者が見せた笑みは、まるで獲物を狩ろうとしている狩人のような冷たい笑みだった。そしてその笑みは、青年を黙らせるのに充分な効果があった。


「ひっ…!」


恐怖心を感じ、身体だけでなく喉を凍りつかせて声が出なくなったその時、第三者の声が辺りに響き渡った。


「貴様ら、一体そこで何をやっている‼」


その声によって身体の怯えが消え去り、青年は静かに笑みを浮かべた。声の方向には、皇国軍の黒い軍服を纏った兵士2人とその上官らしき男がいた。

(少し騒ぎを大きくしすぎたな。早くずらかろうとしたのに…)

憲兵団に捕まると厄介なのは、最早経験済み。急いでいるのに邪魔されるのは、腹が立つが元は自分も関わったので、ここで無視も出来まい。


「クランセ=アートス、貴様は何をしていたのか答えてもらいたいな」


上官らしき男は、値踏みするような鋭い瞳で若者ークランセ=アートスを睨みつけた。


「バトラー団長…何故、こちらに…?」

「上官の質問を質問で返すとはいい度胸だ。

まあ、いい。」


瞳と同様に、鋭い言葉をクランセに浴びせながら、バトラーは一歩一歩歩いてくる。周囲で野次を飛ばしていた者達も、バトラーが通る道を作るように身を引いた。


「最近昼間から姿が見えないからまさかと思ったが、酒を飲んで騒ぎを起こしているとは思いもしなかったな。」


傍から見ると、まるで悪戯がばれた子供のようにクランセは震えていた。それを視界にいれながらも、バトラーは非難し続ける。


「実力があるからお前を補佐にしたが、どうやら俺の目は節穴だったようだな。同僚や部下から素行の悪さが報告されている。」


「なっ…⁈」


実力や地位を持っていても、彼は人望が薄いようだ。その証拠に、彼の部下と見られる兵士2人は、上官の助けを求める視線に応えようとしていない。クランセと若者の正面に辿り着いたバトラーは、クランセの胸倉を思いっきり掴む。


「部下だけが訪れたなら、露呈することがなかったと思うか?残念だが、その考えは甘いぞ。」


バトラーはクランセの胸倉を掴んでいない方の手で若者の笠をとった。周囲やクランセ達も驚いたが、若者自身も予想外の行動をされ、動きが止まった。


「そうだとしても、きっとお前の話は俺に届いていただろう。

なんせ、コイツに見つかってタダで済むわけないからな」


ヴォルム皇国では珍しい白銀の髪は、まるで今この瞬間舞う雪の様に美しく、微かに動くだけで結った毛先が揺れる。

バトラーを見つめる不機嫌そうな瞳は、紫水晶より深い色をしていた。

ホッと息をついたのは誰だったのかわからない。クランセかもしれないし、周囲の野次馬だったかもしれない。

ふと、若者が口を開いた。


「バトラーさん、許可を得ずに笠を勝手に取らないでもらいたいです。」


「久しぶりだなフィア。見せつけるには丁度いいだろう。」


バトラーは先程までの鋭い気配ではなく、不意に柔らかい気配に変わった。それだけで、それまでの雰囲気が一掃され、そして彼がそれなりの力を持っているということを伺わせる。

一方、フィアと呼ばれた若者は、バトラーの言葉に尚更不機嫌となる。


「お久しぶりです、バトラーさん。しかし、

状況を考えていただきたいですね。」


「避けよう思えば避けたはずだ。それをしなかったのは、気を配っていないからだろう」


確かに気を配っていなかったのは、フィアの過失だ。フィアが知っている上官の中でも、不意打ちが得意なバトラーには言われなくなかったが、バトラーの口に勝てる自信がないので、反論はしない。


「…まあ、そうですけど」


渋々認めるとバトラーはフィアの頭をポンポン叩き、笑いながら言った。

「悪かったな、うちの馬鹿が迷惑かけて。」


たいして悪びれる風もなくバトラーが言い、少々気に食わなかったが、そこは考えないでよそう。とにかく、今は急いでいるのでかまっている暇はない。

「そう思うなら部下の躾けぐらいきちんとしてください。他のことで貴方が出来ることなんて少ないですから。」


地に落ちている笠を拾いながら言うと、バトラーはバツの悪そうな顔をした。


「お前さんも相変わらず、手厳しい言葉を言うな。」


「褒め言葉として受け取っておきましょう。

では、失礼します。」


そうしてフィアは一礼をして、その場から立ち去って行った。今まで通り、早足で。

その姿を、人々は見えなくなるまで見つめていた。


「クランセ、お前はフィアを知っていたか?」


突然のバトラーからの質問に、クランセは「いえ」といい言葉を続ける。


「しかし…あの紫の瞳に睨まれた時、心の臓を素手で掴まれた様に感じました」


「どんな愚行に走ろうとも、軍人としての器量はある様だな。

まあ、あの瞳を真っ正面から見れば、そう思うのも無理はない。」


「では、隊長も…?」


クランセの問いにバトラーは応えなかったが、恐らくその沈黙は肯定だろう。

その事実にクランセは絶句した。

皇国軍の中でもかなりの実力を持つバトラーでさえ、あの瞳を恐れるというのか?バトラーより、一回りも二回りも年が離れているあの若者が?


「一体、あの若者は何者なんでしょう。

教えていただけませんか?」


「アイツは、このヴォルム皇国の名家・エーデルシュタイン家の養女だ。」


「えぇ⁈アイツ、女だったんですか⁈それにエーデルシュタイン家って…」


エーデルシュタイン家は、ヴォルム皇国が建国された時から仕えていて、臣の中でも皇帝から全幅の信頼を寄せられている一族だ。

その養女だと考えると、クランセの中に一つの疑問と噂が頭の中に浮かんだ。


「もしかして、アイツって…」


「流石にそこまで聞けばわかったか。

お前が思ったように、アイツの名前はフィアールカ=オルバ=エーデルシュタイン。皇国軍第八中隊の副隊長補佐だ」


クランセはフィアの後ろ姿を、呆然と見つめながら小さく呟いた。


「鬼狩の、双剣…」


そう呟いた時、遠くにいたフィアが、こちら側に振り向いた気がした。





ヴォルム暦683年。

これは、ヴォルム皇国の歴史が塗り替えられた事件より、少し前の話である。


そして、図らずともフィアールカ=オルバ=エーデルシュタインは、決して穏やかとは言えない時代の波に呑み込まれることとなることを、まだ知らない。


ヴォルム皇国の雪が静かに降る昼下がり。

そんな穏やかな日。






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