奇妙な部屋
四方を清潔感のある白で包まれた病室で、気が付いて初めて目に飛び込んできたのは小雪さんの姿だった。仕事モード全開だなとわかるまでに時間はかからなかった。
身体を起こして窓を見ると、顔を出したばかりの太陽が室内を照らしている。
ぼうっとした頭が次第にはっきりしてくると、昨日の出来事以後、風舞さんがどうなったのかが気になり始めた。
「ところで小雪さん、風舞さんは?」
「あの子なら、簡単に事情を聞いて帰したわ」
「無事でしたか?」
「ええ。まったく無茶するわね。タレコミがあったから良かったものの」
それはまたとてつもない幸運だ。
「凛ちゃん」
「何です?」
「君はしばらく休んでなさい」
ブルゾンのポケットから写真を一枚取り出して、僕に放り投げる。
「私はこれからルーテリア教会を捜査するわ。万が一のことがあるかもしれないから、君にそれを預けておく。場合によっては……でかい証拠になりえるかもしれない」
写真に写っているのは司祭室だと小雪さんは付け加えた。
床にはぽっかりと正方形の穴があいており、そこから地下への階段が顔を見せている。
「こんなものをどうやって撮ったんです?」
「忍び込んだにきまってるでしょ」
「どうして忍び込もうとしたんですか。というか、何であたりをつけたんですか?」
「ほら、あのエセ神父のところに河原田引き取りにいったじゃない。あの時、司祭室の扉だけ鍵こじ開けるのに苦労したのよね。特注品っていうのかしら」
「普通のシリンダー錠じゃなかったんですか?」
「いや、シリンダー錠……だと思うんだけど。ブレードの歯がやたらと多いのよ。ブレードに四つの歯の並びがあって、その断面が十字型になってるヤツ」
入口のドアが開いた音がする。
「失礼するよ」
そこには巨躯の男、権藤刑事が立っていた。
僕たちは彼の方を向く。
彼は静かにドアを閉めて、僕のいるベッドの前で立ち止まった。
「小雪くん。それは多分、型月錠だろう」
「聞いていたんですか、権藤さん」
「ああ」
僕は以前に権藤刑事が言っていた言葉を思い出した。
臨月町の特産品は鍵であると。
「この町にしかない特殊な錠でね。この町の住人はほぼこれを採用しているんだが、他の自治体には広がっていない代物なんだよ」
「そうだったんですか」
「まあ、それでも一見で錠を破ったのは初めて見た。小雪くんはそっちのプロなのか?」
「はあ……まあ」
言えない。
まさかピッキングが趣味だなんて口が裂けても言えないだろう。
小雪さんは
「まあとにかく私にも開けるのが難しいくらいのものだったのよ。だから、何かあるなって思ったの」
と強引にまとめた。
いや、それは小雪さんの腕が悪いせいではないと思うけれど。
「はあ……何か違うような気がするんですが」
「何よ、凛ちゃん。女のカンよ、女のカン」
「いや、カンで疑ってかかっていいんですか?」
「いいの! 間違ってたらゴメンナサイでいいんだから」
なんて乱暴な、と突っ込みたくなったがやめておいた。とりあえず、事件が終わって本庁に帰ったら、この人に一般常識を叩き込もうと思う。
「小雪さん……それはともかくとして、そんな盗賊まがいのことをやらかしていたんですか。もう何か今更ですけど」
「何よ、捜査の一環よ?」
「まあ結果的にはそうかもしれませんけど」
「それにね、あの教会には何かあるに違いないのは確かよ。あの部屋だけ、赤外線センサに監視カメラと厳重な警備体制だったもの。ま、私は引っかからなかったけどね」
確かにそれだけの仕掛があるということは疑う理由にはなる。
「チャンスあらば、あの似非神父をひっ捕らえて尋問にかけるわ」
「いや、それはやめておいた方がいい」
野太い声が制止を促す。
権藤刑事の顔は少し顔を歪ませた。それはまさに苦悶に満ちたという言葉が似合うものだ。
「どういうことですか?」
小雪さんの不満の声が彼に向けられた。
「エルクロス司祭は政界と太いパイプを持つ。この前の衆議院選挙の際には自由憲政党と民主革命党の大物がこぞって司祭に挨拶に来たくらいだ。確たる証拠なしに疑いをかければ、よくて本庁へ帰投させられて減給、最悪免職もあり得る」
いかつい顔をしかめている。
こんなことがまかり通るのか。
僕は呆れを通り越して怒りすら覚えた。
「ですが!」
「だから、ここは抑えておくといい。十六夜くん、遅れたが身体は大丈夫か?」
「お気遣いありがとうございます、大丈夫です。ただ、左腕はしばらく使えそうにありませんが」
痛みは大分治まったが、自由に動かせるほどではない。
ここ数日は、拳銃の使用はまず無理だろう。
「権藤刑事、小雪さん。僕からもお伝えしたいことがあります。事件と関連するかは分かりませんが、数日前に新しく教会職員の募集をしていました」
張り紙に書いてあった条件を簡単に説明する。
「ふむ、奇妙だな」
権藤刑事は顎をさすりながら、頷いた。
「やっぱり権藤さんもそう思います?」
「ああ、なぜ一戸建てに住んでいる人間にこだわるのだろうか。これがどうも引っかかるな」
「酒盛りがしやすくなるから?」
「小雪さん、変なこと言って脱線させないでください。そんなんだから酒臭い――」
「凛ちゃん、右腕も包帯巻けるようにしてあげよっか?」
「いえ、結構です」
駄目だ、遠回しに彼女に禁酒しろと言おうと思ったのだけど、日本国憲法で禁止されない限り無理そうだ。
「まあまあ、抑えて抑えて。それについてはこちらで調べておくとしよう」
「権藤刑事、お願いします。教会の神父が犠牲になった可能性もあります」
「いや、それはないだろう。臨月署にはその情報が来ていない。こんな小さな町だ。そんなことが起こればすぐに伝わる」
小雪さんも何やら考え込んでいる。
「ねえ、凛ちゃん」
「はい?」
「卜部なんだけど、どこから来たの? 地中から湧いて出てきたわけじゃないわよね」
「分かってませんね。まあ、ゾンビじゃあるまいし、地中からってのは……」
「誰にも知られていない地下通路があるとかさ」
「確証あるんですか?」
「言ってみたかっただけ」
まったく、この酔っぱらいは。
ため息をこぼす。
一番可能性があるのは、何らかの手段で僕たちに悟られずに臨月町に入ったということだろう。次に、元からこの町にいて、僕たちがそれに気付かなかっただけとも考えられる。
どちらかが分かれば捜査を進展させることができるはずだ。
権藤刑事にこの調査も依頼して、この場は解散となった。
こんばんは、jokerです。
暑いですね。太陽は本気出したみたいです。まったく、余計なところで働き者になるんだから(笑)
さて、この話ですが、幕間を丸ごと削りました。字数にして数千字。結構短く?なります。多分今後も削りまくることになりそうです。今月中に最終回まで行きたいですから。
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……