夜の少女 Ⅱ
僕は駅前にある喫茶店で昼食をとってから、ルーテリア教会に足を運んだ。エルクロス司祭に状況報告をするためというのもあるが、風舞観月の件についても調べたかったからだ。
けれど、結局教会は留守だった。
こんな内容の張り紙一枚が入口のドアにくっつけられて、寂しく風に吹かれている。
神父募集
条件……①臨月町内の一戸建てに一人で住んでいる二十歳以上の方
②住み込みができる方
③室内業務に抵抗のない方
④プロテスタントの方
日付は今日、十二月十八日となっている。
人手が足りなくなったのだろうか。
「ああ、十六夜刑事。留守にしていて申し訳ありませんね」
僕が踵を返した時、エルクロス司祭は笑顔で僕の前にいた。両手に野菜やパンをいっぱいに入れた買い物袋を抱えている。
「いえ、買い物でしたか。少し報告したいことがありましたので」
「事件のことですか?」
「はい。とりあえず事件は一件落着しました」
エルクロス司祭は満足そうに頷いた。
「わかりました。お疲れ様です。そういえばディナーにお誘いしようと思うのですが。どちらにご滞在なのですか?」
「Aビジネスホテルです」
「わかりました。では、また日時を改めてお誘いします」
「ところで、風舞シスターはどちらに?」
「仕事でまだ戻りませんね。戻ったらそちらに行くよう、伝えておきましょう」
「よろしくお願いします」
僕は頭を下げた。
「十六夜刑事、野菜食べてますか? ちゃんと食べないと老化が早まりますよ」
「大丈夫です。それに、別に老化したって、誰が悲しむわけでもないですし」
「いえいえ、世の女性の何人かは悲しむかもしれません。いいですか? どこでどんな女性が貴方を見ているか分からないのです。ちゃんと自分磨きはしておかないといけませんよ」
僕は胸の内で苦笑した。それはありえないと思ったからだ。
「まあせっかくです。アロエを差し上げますから、召し上がってください」
エルクロス司祭は教会の中に入っていき、数分してから出てきた。
彼の両手の上にはアロエが植えられた小さな花瓶がある。
「ありがとうございます。わざわざ」
「いえいえ、観賞用としてもなかなかの逸品ですよ。私の自信作ですから」
僕はそれを頂いて、帰ることになった。
やれやれ、世話が面倒くさいのだけれど。
結局アロエはホテルの僕の部屋に置いておくことになった。
予想外に、来訪者は夜にやってきた。
その合図は
「十六夜様、やはり部屋におられましたか。ロビーにお客様の友人という方が来ておられます」
とのコールだった。
誰かと思って降りると、そこには法衣姿の銀髪の少女、風舞観月がいる。
「こんにちは」
いや、今は八時だからこんばんはが普通じゃないかな。
「こんばんは、お聞きしたいことが山ほどあるのですが。なぜここに僕がいると分かったのですか?」
とりあえずはこれが知りたい。
確か彼女に僕の滞在先は教えていなかったはずだ。
「司祭様からお聞きしました」
ああ、そうだった。エルクロス司祭には滞在先を教えたんだった。
それにしても、昨日と随分違う。何が違うかって、雰囲気。人との距離の取り方。別人といってもいいだろうってくらい違う。昨日少し言葉を交わしたくらいで、こんなに接し方が変わるのだろうか。
やっぱり女性はわからない。
国家公務員試験をパスするよりも女性を理解することは難しいかもしれない。
「ところで、この町にはいつまで滞在されるんですか?」
「一週間くらいですね。上司から無理矢理休暇を使えと命令が下りましたから」
「まあ、それなら二十五日にある聖夜祭もご覧になれますね」
風舞さんはつつましい胸の前で艶めかしい両手の指を絡ませながら、上目遣いで僕を見る。
「お祭りは好きではないんです。人ごみにまみれて、っていうのがね」
「でも、十六夜さんならお誘いがかかったりしませんか? その……きれいな顔立ちしてますし……」
お誘いがかかっても多分断ると思う。仕事で潜入捜査しろというなら別だが。
「残念ながら。お誘いがかかれば光栄なんですが」
心にもないことを言ったことが仇となった。
「じゃあ、私と行きませんか?」
どうしてそうなるのだろう? 僕と出かけても得られるものなんかない。面白い話ができるわけじゃないし、女性の扱いに長けているわけでもない。
「いや、僕と行っても何もありませんよ。それにこんな面白味のない人間を誘っても退屈なだけでしょう?」
「そんなことありませんよ。ね、行きましょう?」
僕の腕を引っ張る、その細い腕に力はなかった。
「わかりましたよ。じゃあ今度はこちらの用件を聞いてくれますか?」
「何ですか?」
「ここでは話しにくいので、場所を変えてお話ししましょう」
僕たちはホテルの屋上に上がった。
ここなら話を誰かに聞かれることはないだろう。
「単刀直入に聞きます。その頬の痣、どうされたんですか?」
昨日も聞いたことだ。
しかし、これは聞きださなければいけない。
彼女は僕を観察するように見ている。
そして、僕の問いに対する答えは
「大丈夫です」
だった。
やはり僕は信用されていないのか。
結局、この日も聞き出すことはできなかった。それどころか、他の誰にも言わないでくださいとまで言われたのだ。そして、彼女を教会まで送ってから眠りにつく。
これは初めて彼女と出会った日の焼き直しのようだった。
こんばんは、jokerです。
投稿してすぐご覧になった方は見られたかもしれませんが、重大なネタバレを含んだまま投稿してしまい、書き改めた次第です。プログラムを作った経験のある方はすぐに分かったかもしれません。
暑いですね。もう勘弁してくれって感じです。体重がガンガン減ります。不自然なくらい減ります。毎年そうですが。
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……