後日談
その後聞いた話だが、僕の両親は『世界人口調節協会』から追われる身で、あの事故もエルクロス司祭が仕組んだことだったらしい。
司祭の計画に気付いた両親は僕を後ろに下がらせ、自分たちが犠牲になったと次長は僕に告げた。それに、幼いころの虐待は実験のためだった、とも。その実験に耐えきれなくなった両親は僕を連れて組織からの脱走を企て、その結果死んだ。
次長が言うのだから、おそらくそれが真相なのだろう。だが、今となってはそれを検証する手立てはない。
引きずっているものが何もないといえば嘘になるが、そこまで気になることではないと自分の中で結論を出していた。一つ、心残りといえば。僕は両親が笑う顔を見たことがなかった。いや、記憶していないだけで本当にあったのかもしれないけれど。だから、笑顔が見たかった。
まったく、僕の周りにいる人間は“芝居”をうって、本当の姿を隠す者たちばかりだ。
「凛、ため息なんかついて、どうしたんですか?」
すっかり僕の家――都内のマンションだが――に住み着いた銀髪の少女は、台所でエプロン姿になって野菜を切りながら、尋ねてきた。今日の夕食はシチューらしい。
「あの、風舞さん? 一ついいですか?」
「はい、何でしょう?」
手を止めて、振り返る。その黒いダイヤモンドのような瞳は僕をまっすぐに見つめていた。
「どうして、呼び方変わったんですか?」
「……凛、覚えてないんですか? あの時、私を下の名前で呼んでくれたじゃないですか。だからです。それに……」
「それに?」
「あのおばさん刑事が言ってたんです。もっと親しくなりたいなら、下の名前で呼び合いなさいって」
この場に小雪さんがいたら、殺人事件が発生していることは想像に難くない。いや、テロ事件に発展してもおかしくはない。
「はあ、余計なことを……」
「余計なこと? 凛は私と仲良くしたくないんですか?」
ちょっと不機嫌そうな顔になった。本当に女の子はよく分からない。
「いえ、そういうわけじゃないんですけどね」
「私は凛と仲良くしたいんです。だから、これからも凛って呼びます」
「はあ……」
そんなところに、義父が仕事から戻ってきた。
「今夜はオムライスか。うんうん、観月も私の好みが分かってきたようじゃないか」
「どこをどう見たら、そう理解できるんですか? 一回頭を精密検査した方がいいんじゃないですか?」
「おお、冷たいな。義理の娘とはいえ、冷たすぎるぞ」
「あなたを義父にした覚えはありませんが?」
「保護者になんということを!」
血のつながらない父と娘の漫才は今日も平常運転だ。何故か、この二人は仲が悪い。馬が合わないのだろうか。
シチューが出来上がって、台所に置いてあるテーブルで三人で食事を始める。
話題は(どうでもいいものが大半だが)勝手に義父が持ってくるので、沈黙の時間はほぼないのが、十六夜家の日常だ。
「凛の傷もそろそろ治ってきた頃だし、そろそろ頃合いだな」
一足先に食べ終わった義父はそんなことを言いだした。
「何が、ですか?」
僕の質問への答えは
「ああ。観月の転入先の高校を探していたんだ。で、今日それが見つかってな。校長とも話をつけてきたから、早速来週からでも通ってもらおうと思うんだが」
「……」
当の本人は黙ったままだ。賛成とも反対とも言わない。
「で、どこなんですか?」
まさか、お嬢様学校?
「うん。私立三田丘学園ってところだ。教師もそれなりに良質だし、まあ大丈夫だろう」
「彼女の学力、知ってるんですか?」
「いいや? 多分大丈夫だろう、はっはっは」
絶対知ってる。この狸親父め。
「公立でも良かったのでは?」
「当たり外れがあるからな。いや、警察でもそうなんだけどさ、コネ採用とかあるんだよ。警察の場合はそれなりの力のない者は脱落していくからまだいいんだが、学校はそれこそ能力のないロリコン野郎でも務まってしまうところがあってね。そんなところに愛娘を入れるわけにはいかないだろう?」
「確かに、そうですね」
「うむ。理解のある息子で助かったぞ。というわけだ、観月。楽しい楽しいスクールライフを満喫するがいいぞ。ああ、ちゃんと大学まで行く準備はしているから、心配しなくていい」
義父は冷蔵庫から取り出したハーゲンダッツのストロベリーを美味そうに食べ始めた。
「ふむ、意外といけるな。今度はスイカアイスあたりを買ってこようか。おや、観月、どうしたというのだ? この父の心配りに感動して言葉も出ないか?」
「ええ、まあ……」
おかしい。風舞さんが素直に頷いている。痴呆症になったんなら、病院へ行ってくださいとか言うと思ったのに。
「あなたがそこまで配慮してくださるとは思ってもみませんでした。せっかくですから、通わせていただきます」
と頭を少し下げた。
「はっはっは、苦しゅうない。さて、私は次の事件の資料でも読んでくるから、若者同士ストロベリーのように甘い時間を過ごすが良い」
義父は椅子から立ち上がって、本当に愉快そうに笑って、書斎へと消えて行った。
「本当に、あの人には敵いませんね」
ため息と一緒に、穏やかな声で彼女はぼやいた。
「本当に。あれでも、良い義父なんですけどね」
食事を終えた僕たちは食器の片づけを始める。大抵は風舞さんが食器洗い担当、僕はその後で食器を拭く担当だ。
これは僕の腕と足が日常生活に支障ないくらいに治った頃からの習慣と化している。
いつものように、危なげなく片づけをこなしていると
「ねえ、凛。私、一つお願いがあるんです」
と彼女がいつになく真剣に言ってきた。
「何ですか?」
「私のこと、観月って呼んでくれませんか? あの日のように」
<了>
こんばんは、これが投稿されるのは午前零時だと思います。
どうも、jokerです。
これにて、拙作『六十枚のメッセージ』は終了です。
お読みいただき、あるいはメッセージ・アドバイス等いただき、本当にありがとうございました。
あとがきのような呟きは活動報告に書きますので、そちらをご覧ください。
ではまた次回作でお会いできることを祈りつつ……




