聖夜の決戦 ~手のひらの上~
「いやいや、バッドエンドは予定していないのでね」
涼しげな声が僕の後ろから聞こえる。この余裕たっぷりの声。いつも見慣れている人物のものだとすぐに気付いた。
「エルクロス、だったかな。私の息子に手を出すのはやめてもらおうか?」
「テメエ……化け物!」
エルクロス司祭の持っていた拳銃は撃ち飛ばされている。
「酷いな。私はただのまじめで優秀な刑事の一人なんだが?」
緊張など微塵も感じさせない足取りで歩を進め、義父――十六夜煌は風舞さんをかばうように立ちふさがった。右手には拳銃が握られている。
「さて、幕にしようか?」
涼しげな声で冷酷に宣言する。銃口はエルクロスの心臓に向けて。動けば躊躇なく撃つ、と言外に述べている。
「……テメエが来たということは……」
「そうだ。最初から最後まで、すべて思惑通りだったよ」
ゆったりとした歩調でエルクロス司祭に近づき、義父は被疑者に手錠をかけた。
司祭はがちがちと歯を鳴らしながら
「……掌の、上だったのか」
と呟く。
「残念ながら」
本当に残念そうに義父は返事した。
「凛をここに送れば、きっとこうなると思っていたよ。君がここにいることは既に紫電に探ってもらっていたからね。それに、連続殺人事件の真相も大まかには掴めていた。いかにも、君が考えそうな安いシナリオだ」
警察の一部とグルだったんだろう? とつまらなそうに付け加える。
「目的は何だ? 栄誉か? 昇進か?」
「おしゃべりだね、エルクロス。もう君は協会には戻れまい。知ったところで意味はないと思うんだが……教えてあげよう。私の目的は、君たちの始末だよ」
義父となってから初めて聞く、人を恐怖に陥れるような、ぞっとする声。
一辺の温かみもない、その声は続けられた。
「私は君たちの存在を許さない。君たちの居場所を残さない。ただ、それだけが私の目的だよ」
「そうかよ……だが、まだ手は残ってるぜ。セントラルビルにしかけた爆弾がな!」
「本当につまらないよ、君は。計画士としては失格もいいところだ」
「何だと?」
「函南雄一、彼は今どこにいると思う?」
「セントラルビルに決まってるだろうが!」
荒げた声の正体が不安でしかないことを義父は分かっているだろう。
「いいや、違うな。風舞シスター、教えてあげると良い」
義父は風舞さんに背を向けながら、促した。
少し息を飲んでから
「……二日前、私は函南に襲われました。そして、あの男を撃ちました」
と消えそうな声で告げる。
「その通り、函南は負傷しているのだ。彼がいるのは病院だよ。彼は腕が使えない。そうだね、風舞シスター?」
「……はい」
「というわけだ。事情は飲み込めたかな? エルクロス」
返事はない。
畏怖にまみれたその目が答えだった。
「さて、続けよう。私の部下に、爆弾解除の専門家がいてね。彼に爆弾は解除してもらった。エルクロス程度が作ったプログラムだったので、解除は簡単だっただろう。それから……」
「待ってください」
風舞さんが俯いたまま、声を上げた。
「その先は、私に話させてくれませんか?」
「いいだろう、話すと良い」
「ありがとうございます」
彼女は僕に背を向けて、まっすぐ前を向く。その目が何を語っているのか、その表情が何を示しているのか、僕には分からない。
「函南は言っていました。今日、この日、警察署長と議長と共にセントラルビルに入り、地下の一室に行くようにと命じられていたことを。そして、その部屋でパソコンの操作をすることになっていたと」
エルクロスの顔が凍りついていくのが分かる。
「おそらく、あるプログラムを作動させるものだということは想像できます。そして、私はそのことを言いました。昨日、髪の毛を逆立てている、とても怖そうな男の人に」
「というわけだ、エルクロス。後のことは紫電と小雪くんに任せて、私はここに来たというわけだよ」
髪の毛を逆立てている、怖そうな男は間違いなく紫電さんだろう。
「運も実力もなかったな」
「待ってください」
僕は痛みに耐えながら、声を上げた。
「まだ、推理は残っていますよ、次長」
「ほう?」
「証拠が足りないでしょう。いや、もう一つ言っておきたい。亡くなった権藤刑事のために」
血が足りなくなっている。少しだけ時間を欲しいと、頭の片隅で神様に祈りながら、僕は最後の推理を始めることにした。
こんばんは、jokerです。
一応全部書きました。いや、こちらには載せていないのですが。
残業続きで、今帰ってきたところです。
過労死はしないけど、新作書かせてくれえ……
というわけで、次回またお会いできることを祈りつつ……




