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悪意の取引

 僕と小雪さんが臨月署に入ると、一人の若い刑事が付いてきてくださいとだけ言って、歩き始めた。

 僕たちは言われるままに歩き、やがて署長室へと案内される。

 ここに入ってください、という無言のメッセージを受け取ったのち、ドアを開けた。

「やあ、君たちがおせっかい君たちかね」

 そこには、痩せこけた頬に銀縁メガネをかけた、キツネのような風貌の中年男が机に肘をついて座っている。

「失礼します。警視庁捜査一課特務係の十六夜凛です」

「同じく、南雲小雪です」

 あからさまな嫌味を受け流して、敬礼する。

「ああ、そこに突っ立ってもらっても迷惑だ。さっさと入りたまえ。設楽くん、君は下がれ」

 案内役の若い刑事は一礼して去る。

 そして、僕たちは応接用のソファをすすめられ、そこに座った。

 署長は僕たちが着席したのを確認すると、自らもソファに腰を下ろす。

 そして、厭味ったらしく自己紹介を始めた。

「私は臨月署の署長をしている小金井こがねいだ。早速だがね、この件から手を引いてもらいたい」

「この件、というと?」

「とぼけないで欲しいねえ。今、君たちが捜査している案件だよ。ほら、権藤の間抜けが死んだだろう。君たちもそうならないうちに本庁に帰った方がいいんじゃないかな?」

「あんた、グルだったのね?」

 怒りに満ちた表情の小雪さんが今にも噛みつかんばかりの勢いで問うた。

「言葉には気を付けたまえ。ほら、特別ゲストもいらっしゃったのだから」

 ドアが開く音がした。

 目の前に意識を集中していたから気付かなかったみたいだ。

 振り返ると、そこには肥満体の初老の男がいる。

「ぐふふ、署長、こいつらか? 例の虫けらどもは」

「はい、金村議長」

 この男が権藤刑事の追っていた金村議長という人物か。

 気持ち悪い笑い声を発しながら、脂ぎった腹を揺らして、議長はソファまで歩を進めた。その姿は醜悪に肥え太った豚のようだ。

「どうぞ、お座りください」

「うむ」

 そして、署長の隣にどかりと腰を下ろす。

「さて、役者も揃ったことだし、話を進めようか。何、簡単なことだ。君たちにはこのまま帰投してもらいたい、ただそれだけなのだ」

 嫌らしい笑みを絶やさずに、小金井は僕たちに告げる。

「お断りします。上司からの命令がありますので。それにあなた方に我々への命令権はないはずですが?」

「そうよ、あんたたちなんかに命令されたって効力ないわ」

「ぐふふ、そうかな? 私は中央政界にコネを持っていてね、今日すぐにとはいくまいが、数日中に帰投せよと命令させるくらいわけないのだよ」

「というわけだ」

「それに、お前たちをクビにすることだって出来る。公安大臣の千葉義男ちばよしお先生とは旧知の仲だからな。ぐふふ、お前たちなぞ命令違反ということで三日でクビにできるぞ」

 僕の横で小雪さんが舌打ちしている。

「そうか、そういうことですか」

 残っていた謎のひとつが解けた。

「河原田を裏から保釈させようとしていたのはあなた方ですね?」

 署長は一瞬驚いたように見えたが、嫌らしい笑みを浮かべて

「何だ、お利口だな。アンダードッグ」

 と吐き捨てた。

 いちいち癇に障るが、意識的にそれを無視しようと努める。

 ここで怒りに感情が支配されては、それこそ彼らの思うつぼだ。

「河原田が逮捕されても余裕の表情だったのは、そういうわけだったのですね。やはり」

「そうだよ。我らが盟主の力によるところが大きいがね」

 あっけない。

 こんなに簡単に認めるのなら

「ここで僕たちを殺すつもりですか?」

 ということも当然あり得る。

 しかし、返ってきた答えに

「いや、君たちを殺すなと盟主から厳命されているのでね。それに、この程度はいくらでもひねりつぶせる」

「ぐふふ、金とコネさえあればな」

 醜悪な事実に僕は怒りを覚えた。

 統治機構せいふや警察組織はここまで腐っているのか。

 これでは国民の安全など守れるはずがない。

 いや、守るために作られていない、と言った方が正しいか。

「さて、以上で終わりだ。早々にこの町からお引き取り願おう。何か言いたいことはあるかね?」

 重苦しい沈黙。

 ここで撤退せねば、僕たちは職を失うかもしれない。

 いや、本当に中央政界に繋がりがあるのならば、間違いなく免職になるだろう。

「ぐふふ、市民の安全など二の次だ。お前たちはお前たちの生活があるだろうぐふふ。それを守ればいいのだよ。見せかけだけで構わんのだ、警察というのはな。若造、理想は理想だ。夢と現実の区別もつかぬようでは、この世界では生きていけんぞ。弱い者は切り捨てろ、強い者につき従え。それがこの世界の摂理ではないかぐふふ」

 歯ぎしりをする音が横から聞こえる。

 俯いて、唇を震わせている小雪さん。

 それを気にも留めることなく、議長はぺらぺらと軽い口を動かした。

「お前たちは選ばれた人間なのだ。ぐふふ、いいかね。今、こうして職業に就いているのもそうだ。支配者たる我らから選ばれたから、こうして仕事を得て安穏と暮らしていられるのだ。選ばれなければ、職はない。ニートとかフリーターとか呼ばれる連中は我々に認められなかった、唾棄すべき存在だ。いくらくたばろうと価値など虫の死骸ほども見いだせぬ連中だがな、ぐふふ。誰のおかげで生きていられると思っているか、よく考えるがいい」

 僕の目の前で、だみ声が高笑いしている。

 鬱陶しい。

 煩わしい。

 社会的地位とか、立場とか、そういうのを全部かなぐり捨てて、目の前の男をぶん殴りたい。今までにない感情が奔流となって表出しようとしている。

 こいつには矜持プライドはないのか。

 こいつには信念がないのか。

「さて、決断してもらおうか? 支配者たる我々、『世界人口調節協会』に逆らわぬ、と」

 やれやれ、頭の中を整理する時間すら与えてくれないのか。

こんな腐った政治家に言われるまでもない。

 僕が取る道。

 それは――。

こんばんは、jokerです。

そろそろ終わりが見えてきた頃あいでしょうか。


最近ようやく涼しくなってきました。

新潟では37度とかヒャッハーなことになってますが。地震起こらなければいいんですけどね。


ではまた次回お会いできることを祈りつつ……

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